このレポートを見る前にこれまでのレポートを見てくださいませ.

田代元湯3@8月の雪中行軍
田代元湯2@8月の雪中行軍
田代元湯1@8月の雪中行軍
今日は写真多めで公開させて頂きます♪


226-28
先ほどのパイプ橋をはるかに凌ぐ規模の吊り橋である.と同時に恐怖度もはるかに凌ぐレベルだ.落ちたら死ぬやも知れぬ.なんったって脇の方の板が抜けているじゃないか.現在は駒込川にかかる中では3番目に上流の橋である.というのも,序盤の白看板に橋流出ってのが書いてあった通り,この上流にはこの林道の流出した橋があるわけで過去には4番目に上流の橋であったわけだ.橋の名前はわからないが,とりあえず渡ってみないことには田代元湯へは行けないのだ.


226-19
かつて橋があったという上流側である.しかしこの橋を見るとやっぱり,橋を架けた段階で林道の車道化を断念していたのではないだろうかと思ってしまう.将来的に車道化するのなら,吊り橋の幅も3mは欲しいところだが1mほどしかない.これじゃあ4輪車はもとよりかつてのオート3輪あたりでも渡ることはできない.あるいは最低限,田代元湯まで橋を歩いて渡る場所まで車道化しようとしていたのかも知れないが,それならば橋の袂に転回や駐車が可能なスペースがないとおかしいのだが,それらの痕跡はない.


226-20
こちらは鉄骨越しに撮影した下流の様子である.江戸時代の地震の影響で火山性の毒水が流れるようになり魚が住めなくなった駒込川であるが,その昔は見ても想像できるとおり,サケ科魚類がものすごく遡上したんだとか.そして紅葉の美しそうな渓谷である.さて,本日写真を多めに更新するのは,昨日までの更新状態の悪さに対応するのは勿論ながら,明日,青森226自身が東京都内某所に紅葉を見に行くからに他ならない.もちろん女子とである


226-22
さてこちらが吊り橋を渡って振り返った写真である.田代元湯が営業をしていた頃はこの橋を渡って客もやってきたし,食材なども運ばれてきたわけだ.ネット上にて,当時宿泊したことがある人によって食事の割には値段が高いというふうに評されているものがあるのを見たことがあるが,この交通条件ではサービス料が高いのもしょうがないであろう.八甲田のメインルートにある酸ヶ湯でさえ,自販機のジュースは120円じゃ買えないのだ.それにしても早くパソコンを切り上げてチェホンマンVSボンヤスキーを見たいのだが,明日の紅葉狩りを考えれば今,こうして突貫工事にてブログを書かねばならないのだ.


226-23
これが例の廃屋である.ネット上で旅館の看板付きの写真が出ているのを見ることができるが,2005年夏の時点ではごらんの有様である.もはや看板は消えてしまった.しかし東京都心での紅葉狩りって発想が素晴らしいよね.さすが有名私立大学の大学院の女子の皆さまです最初に「今日の紅葉狩り交流会は駒込川の谷底です」なんて言ってこんな所に連れてきたらきっと空気悪くなるんだろうね.
…ていうか確実に遭難する


226-24
廃屋の中身にはお湯か涙を1醗幣緡したと思われるホース類が散乱しているが,田代元湯現役当時のものか,後から持ち込まれたものかの判断はできない.かつて大館鳳鳴高校の登山部4名が凍死したことをきっかけに建てられた岩木山の鳳鳴ヒュッテみたいに入口に南京錠がかかっていて遭難時にどうやって逃げ込むのかわからない建物と違って(1996年秋当時),日本陸軍100名以上が犠牲になった八甲田山中のこの廃屋は真夏でもドア全開である.遭難時にも気軽に待避できそうだが,同時にヒャダルコ級以上の吹雪にも襲われそうだ.


226-25
さて,こちらがいよいよ露天風呂である.すぐ近くの八甲田温泉と同じ青系の色をしている.ただよくわからないが泉質は違うみたいだ.今でもお湯がどこからかコンコンとわき出ているらしく,近づくと水流が吹き出す様子も見える.触ってみると熱すぎずちょうどいい感じだ.ここは津軽弁で言うところのトスベ(西津軽郡での発音に最も近い表記)が飛んでいる.2cmくらいの吸血アブの一種だ.こいつに刺されると大いに腫れ,跡には染みや痼りが残る.実際,全裸でここを徘徊歩いていた僕はこいつにやられた.未だに右足のふくらはぎには傷跡が残ってしまっている.


226-26
こちらは鶴の湯というらしい.誰かが管理しているらしく綺麗である.僕も散らかさないで現状維持のまま帰りたいところだ.川沿いにあり,水のせせらぎも聞こえるし,立ち上がると駒込川の渓流が見える.アサヒビールの提灯がぶら下がっているがこれは最近誰かが持ち込んだものだろう.この鶴の湯のロケーションでビールでもあるならもう,最高ですよ(飲酒後の入浴は危険).ただビールなんてありません.ここまでのチャリで減りまくった温いアクエリアスと1箸領泙靴残ってません.


226-27
そしてこちらが内湯の跡である.もう一度言おう,内湯の跡である.ネットで田代元湯を見たことがある人や,2004年までに田代元湯に行ったことがある人なら,これを見て疑うはずだ.そう,今は白日の下に晒されるこの内湯はその字の通り,もとは建物の内側にあったものなのだ.なお,こちら左の浴槽は女子用である.僕は廃墟とはいえ女子風呂を……しょうがない,壁がぶっ壊れてるんだ.男子と女子のベルリンの壁が崩壊しているのだ.まさにジェンダ一フリ一を地でいくこの温泉なのに,虫の息の某野党の青森県支部は全く保護運動をする気配もない(されても困る).虫の息の彼らはここを視察する前にヤブキリにでも食われてしまったのだろうか.

<最終回に続く>
blog_ranking←ご愛読ありがとうございました。