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青森県道269号@8月その3
青森県道269号@8月その2
青森県道269号@8月その1
最後の写真はおまけです.


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Tゾーンを左折するとすぐの場所に高森山林道の入口があった.この写真はその高森山林道分岐のすぐ先の場所だ.いずれ高森山林道を紹介する日が来るであろうことから,高森山林道の入口は紹介しないでおこう.路面はアスファルトが剥げたダートであり,道路サイト最大手のORRの道路調査報告書では「ダー舗」と表現されている路面形態だ.しかし一緒に探索したことのある土木畑の友人によると,とりあえず埃が飛ばないようにするための簡易舗装・すなわち「土に衣だけ軽くかぶせとけ」的な発想による舗装を業界用語で天ぷら舗装というらしい.こいつはおそらく天ぷら舗装のなれの果てだろう.


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さて,上の写真をクリックして拡大すると白い廃車と,小屋らしきものがみえる.これが青森県道269号浅虫増田線の名の由来である増田集落である.建物は指で数えられるくらいしかなく,寂しい集落だ.はっきり言おう,平内町大字増田は人口・世帯数ともに0である.これは2000年度の国勢調査の結果である.中には農作業のために使っているような家もあるので廃村とは言い難いが,人気がない.一応個人の家なので,増田集落の写真を掲載するのはとりやめさせて頂きたい.これは増田集落を抜けて振り返った写真だ.平内側から来たなら,浅虫方面は右側となる.


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増田集落を過ぎてやや進むと県道269号ではなく,平内町道となる.かつてここにゴルフ場を建設する計画でもあったらしく,ゴルフ場の名前の看板もあり,関係者以外,山菜採りの入山は禁止だとか書かれていた気がする.そして,ゴルフ場の看板以外には昭和51年に平内町に差し押さえられた大規模な土地であることを示す看板がある.何らかの事情がありそうだが,とにかく夏泊半島や浅虫温泉に近いこの場所にかつて開発計画があったというのは間違いなさそうだ.太宰治の芸妓,千田郁司アニータ14億,差し押さえなど何かと話題がつきない路線だ.


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町道区間となりこのまま進めば平内町山口の国道4号に抜けられるが,国道4号からは接続点が結構見つけにくいはずだ.例によって青森めんこいブログはその案内はしない.それにしても,平内町山口の国道4号まで県道指定するなら国道4号の代替路として理解できるのだが,浅虫から,人口0のほぼ廃村・増田までの中途半端な指定というのはどうも理解しがたい.浅虫ダムを造ることに伴い,無理矢理指定した感が否めない.僕が走行した経験のある青森県道史上に残る不可解路線である.まああんまり堅いことを考えなければ,楽しいサイクリングコースであることには間違いない.なんたって,浅虫から山口までクルマには全く遭遇していないのだから.


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あまりに中途半端なレポートになったので,浅虫にある廃隧道の写真を掲載させて頂く.すまん.青森では超有名な国道4号の廃隧道・善知鳥隧道だ.付近の廃屋・ホワイトハウスとともに心霊疑惑も尽きないが,ここでは東京都道32号旧線の小峰トンネルのような不気味な感じはしない.非常に短く,とりあげるような物件でもないが,そのうちレポするかもしれない.東北を代表する道路系サイト・山形の廃道(リンクなし)が全国に誇る資料・隧道リストによると,総延長112m,竣工は1933年である.新道のうとうトンネルができる1980年まで47年に渡り,善知鳥隧道が青森・盛岡方面間の交通を担っていたのだ.当時はみちのく有料道路もないし,県道40号も未舗装だし,東北自動車道も開通していないし,秋田県鹿角経由で盛岡を目指す碇ヶ関の坂梨峠も未舗装の時代だ.よくこんなちっぽけな隧道で青森と首都圏を結んでいたものだ.廃止された畑トンネルに対して保存を呼びかけた埼玉県の元飯能市長の言葉を借りれば「お疲れさまと言ってやりたい」である.

<青森県道269号 終>

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