これを突破できたらめんこいブログもランクアップできそうなんだがなぁ……
本日は番外編,旧日原トンネルのさらに旧道の廃道です.



nippara
日原トンネル周辺の概略図である.クリックで拡大されたし.30日に紹介したのは,日原トンネルの西側から,旧日原トンネル西側の進入禁止マークまでだ.今日は,廃橋の跡と,廃橋完成前の旧道旧日原トンネル完成前の廃道を軽く紹介しようと思う.なお,会社敷地となっている東側からのアプローチは不可能だ.参考までに,早慶MARCHレベルでも,地図上で右左のどっちが東西かわからないバカ大学生人がいたので,絶対に覚えられる方法を伝授しよう.みぎ(2文字)+ひがし(3文字)=5文字ひだり(3文字)+にし(2文字)=5文字である.要は足して5文字になるように左右東西を組み合わせるだけだ.分数の足し算が出来ない大学生もいるようだが,さすがに整数の3+2=5くらいの計算は出来るだろう.


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日原トンネル西側の小さな谷をかわすように,北側に崖づたいを進む旧道跡である.全長で100mあるかないかだ.左側には小さな祠もあるようで,鳥居が立っている.右側の谷を現道の橋が越えていて,直線でショートカットしているのがわかると思う.旧道上にはドラム缶などが置かれていて,もはや道として機能していないようだ.もしかしたら既に私有地かも知れない.よくみると,旧道崖側にはガードレールがない.今でも檜原の奥の方に行くとガードレールのない道があるが,ここもかなりの難所・であったことだろう.


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日原側から奥多摩側を望んだ廃橋跡の写真だ.写真中央にコンクリ製の橋台の跡が見える.その先は切り通しで,旧日原トンネルへ向かっている.実に谷が深い.現在の日原トンネルと橋が完成する前は,ここに橋が架かっていたわけだ.この廃橋によって,上の写真の道は旧道となったようだが,皮肉にも橋が先にこの世から消え,旧道は今も残されることになった.この橋を元祖と名付ける.青森ベイブリッジが横浜ベイブリッジの二番煎じだと揶揄されたのを見た旧首都高公団と東京都が,元祖は最初から無かったことにして,お台場にを架けたという話を,めんこいブログ西沢孝氏から受け取っているとの情報もある.


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さて,旧日原トンネル西側坑口の谷側を進む廃道跡である.路肩にはガードレールの支柱のような白い金属棒が数本残されているのが見える.斜面の崩壊が進んでいて路面跡がはっきりしない.また上を向いているはずの支柱も横を向いている.普通の人が見たら,道ではない.これが道に見えるのが,青森226が変人たる所以である.この廃道を突破すれば,封鎖された旧日原トンネルの東側に行けるはずなのだが,,,


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こんな大崩壊斜面を越えて行かなくてはならぬ……前方には山肌を縫うように伸びる白いガードレールが見えているだけに惜しい.私の尊敬してやまない山チャリスト・ヨッキれん氏(山さ行がねが管理人)は,秋田県の国道108号松の木峠大崩壊地を越えているが,その比ではない.彼でも越えられるとは思えないほどの大規模崩壊だ……ちなみに,山さ行がねが(リンクフリー)と,めんこいブログは相互リンクではない.

旧日原トンネル 終わり

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