たぶんネット上 初登場物件!!
青森県内でもトップクラスの廃道出現.
かつて自動車(ダンプカー含む)が通った廃道としては最凶か!?



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通行止じゃない廃道のレポートは初めてじゃないだろうか.この豆坂は,青森226が小学生の頃,青森弘前間チャリ往復計画を立て,地図を開いたときから浮上していた路線なのだが,今日まで調査する機会はなかった.1981年および1993年の昭文社『全日本道路地図』(25万分の1)では黄色でなぞられている一般道.1994年の人文社『オンロード東北道路地図』(10万分の1)では夏坂と記されている「その他の車道」.しかし,幼少時代の自分には発見できなかった道なのである.そこで2006年初夏,最新版の聖書『ツーリングマップル』を持って,いざ突入.


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夏坂という名称について文献調査したが,夏坂という表記をしているものは発見できなかった.ただ,文献に『夏坂』が無いから夏坂という呼び方も無いと言い切るのは乱暴すぎるので,現時点では夏坂には放置プレーをする.旧道との分岐から50mほどで一筋の踏跡を残し上原浩治名物雑草魂に覆われた豆坂.1983年の,青森県の旧街道を調査した青森県教育委員会の報告書の中では,この豆坂について『灌木に覆われて通行は困難を極める』と記されている.廃道入口付近で農業をしていた男性の方も「もう抜げらいねぇんでねぇがぁ」と否定的だ.


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左への小ヘアピン.こうしてみると1.5車線幅はあったようだ.江戸時代,青森の漁師が陸奥湾で獲った魚を弘前へ運ぶには,羽州街道(現在の国道7号)経由よりも近いということで開発された豆坂.しかしその急勾配がネックとなり,羽州街道の整備が進み奥羽本線が開通する明治までに一度荒廃している.その後,旧日本陸軍などが代替路として再整備するも,42年前の青森空港開港によって,現在の旧道が開通し廃道化した豆坂.2005年には登坂車線付きの急勾配・急カーブの旧道に代わって,長距離緩斜面の高速道路並みのバイパスが開通し,旧々道となった.


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豆坂の序盤部分では教育委員会の報告書にあるような灌木はあまり気にならない.灌木よりは,ぬかるむ足もとと,おびただしい数のカタツムリやオオナメクジ,雑草についた毛虫の方が強敵だ.進むたびにカタツムリの殻を破壊する音が聞こえてきて鬱な気分になる.パリパリグチュグチュネチャネチャパリパリ(←擬音語から,現場の生の音をご想像下さい)……藪に逃げようとすると,毛虫祭り開催中.来るんじゃなかった〜orz.


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我が愛車はかろうじて立っているが,駐める場所を選ばないとスタンドからヌプヌプと沈んでいき転倒するくらい踏跡はぬかるんでいる.一方で平場が割とはっきり見えているので,なんとなく往時の道幅が伝わってくる.もしかしたら1.5車線どころか2車線分のスペースが確保されていた部分もあったのではないだろうか.トマソンディフェンダーの携帯ラジオ君にもFMラジオがバリバリ入感し,クマーは防御できそうで,カタツムリ系の生き物を気にしなければ安心して進むことができる.

2へ続く

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