城ヶ倉大橋の開通で廃止された国道394号旧道.
徒歩散策路として転用が図られるも,落石や斜面崩壊などの危険のため現在は封鎖され,事実上の廃道となっている旧道に潜入.

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水曜日です.見ましたでしょうか,日曜日の臨時更新?えっ,見てない!?でしょうね.日曜日のアクセスは一見さんと昔ながらの常連さんが多かったですからw水曜日だけしか見てない皆様(それも歓迎ですよ),実はもう本報告書は谷底を越えてしまいました.こないだまで下りだったのに,いつの間にか登りになっていて,しかも荒れてきています.そうです,右岸側の方が廃道化が進んでいるのです.


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路外から流入した土砂によって路面がマディーになっていて,場所によっては10cmもの泥が堆積している.写真で見る以上に勾配は急で,わざと泥の上で1速×1速に入れて漕ぎ出すと見事に後輪が空転した.右岸の方が荒廃している理由は後述するとして,右岸の方が左岸よりも幅員が狭い.そのせいか,道の両側で繁茂するフキやその他の植物が,道を狭くしているかの如く強く印象づけられる.


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雑木林の木漏れ日の中を進む.夏の急な登りではあるが,心地よい.最近の青森226は,ワインレッドの原付を買って以来,登り坂を恐れぬようになり無敵艦隊の如く林道へ駆けだしている.当たり前のようにチャリで行っていた青梅や五日市を通るたびに「ここまで来たのか!?テラワロスwwwww」と過去の自分をバカだと思っているwゆえに,チャリを漕ぎながらの登り坂の木漏れ日を心地よいと思うという感覚はもはや感じないかも知れぬ.


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路傍に目をやると,石垣が残っている.国道394号が国道指定されたのは1982年であり,それ以前の主要地方道黒石七戸線時代からの遺構だ.1982年当時の394号の単独区間(一部が102号と重複)は黒石市から七戸町までの60kmだが,そのうち35kmが未舗装というトンデモ国道であった.もっとも,60kmのうち10.5kmは青森県道1号として国道指定以前から整備されていた区間なのである.


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そう考えると,国道指定された残り49.5kmのうち,35kmがダートという路線であったのだ.実に70%以上がダートである.舗装率3割いきませんって,どんな酷道だいw 今どき林道でも35kmのダートなんてそんなにねーぞ(恥ずかしながら青森県には44.5kmダートの県道があるwww). と,ここで真新しい補修の跡が見えてきた.どうやら斜面災害の補修の跡のようだ.しかも改修とともに幅員も広がっている.


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土砂災害の生き証人である落石注意標識が,小首を傾げてお迎えである.後頭部に落石の直撃を受けたそうだ.カラダを張ってまで,我々に危険を伝える姿勢を忘れていない.そういえば「遺書」だったか「松本」の中で,松本人志氏が落石注意の標識を見てどないせいっちゅうねん的なツッコミを入れておられたと記憶している.当時小学生だった青森226も松ちゃんの発言に同感であった.


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そもそも落石する前に急げなのか,落石するから止まれなのかと.しかし後に男塾に入塾し,その真意が判明する.男児たるもの落石を恐れるなかれ,ひたすら直進あるのみ直進行軍である.これは男塾名物の試練で,きっと民明書房を探せば出てくるはずだと.以後,廃道において通報されたとしても「官憲につかまっても男塾ここの名前だけはゲロするんじゃねえぞ」との飛行帽の教えを守るべく,いつも行動しているのだ.


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落石注意の写真をよく見ると,転がってくる石の塗装がやや削れ,足りないようもに見える.つまりアレか!!「独眼鉄が無眼鉄になっちまった!!」−意味を問われ,そう答えたのが5年前の自動車教習所の学科教習.実は「路上に石が転がっているかも知れないから気を付けろ」が意味として正しいらしい.お,俺が間違いだと!?な,何たることか!?教習後,図書館に急行し文献検索サービスに「民明書房」をかけたが1件もヒットしない!なんてザマだ,国会図書館でも見つからぬのか!?あの初夏の日,僕はすぐに集英社へ全力でチャリを向かわせた.

 「国道394号」レポは写真ノーカット版のため,標準の5コマ編成ではなく,8コマ前後の変則編成で投稿しております

6へ続く

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