今でこそ青森市と十和田湖を結ぶメインルートたる八甲田十和田ゴールドラインは国道103号に指定されているが、そもそもは青森県道1号であった当路線青森・十和田湖間唯一のトンネルである蔦トンネルの旧ルートを報告する。




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写真ではうまく伝わらないが、ここが原チャリスクーター泣かせの段差ポイントである。見た目以上に急で、斜度は30度ほどだろう。後輪ブレーキをロックし、やっとこさスタンドが立つ状態で、バランスを取るのにたいへん苦戦した。嘘ではない。見た目以上に急激な段差となっているのだ。十和田側からトライした場合はただの急な下り坂に過ぎないが、青森側からの場合はちょっとしたポイントとなる。


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事実上、上の写真の段差ポイントが青森側から四輪車で突入した際の限界点なのかも知れない。段差を過ぎると、ご覧の通りのダブルトラックが出現する。とはいえ灌木が伸び放題で、最近でも車両が入り込んでいるとは到底思えないが、廃道となった後もここまで四輪車が入ってきていたことは容易に想像された。


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この写真にて、左側のコンクリート壁と右側の木の幹との間の道幅に注目してほしい。全長425mの蔦トンネルが開通したのが1980年で、調査を行った2007年時点で27年の時が経っているとはいえ、幹の太さから察するに、蔦トンネル開通以前からここに木は生えていたのではないだろうか?だとすれば、十和田湖青森間の一大観光ルートでありながら観光バスはおろか、3ナンバーサイズのジャンボタクシー同士でもすれ違いは楽でなかっただろう道幅が想像される。


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路面のアスファルトが復活したところで(廃道になってから新しく舗装したもののようだ)、久々に道路遺構らしきものを発見。道路標識のなれの果てらしく、できませんと書いてあるようだが、主語・修飾語の部分が破壊されていて、何ができないのかはよくわからない。道中で、標識の遺構はこれ以外に発見できなかった。


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蔦トンネルが開通した1980年は、みちのく有料道路が開通した年でもある。ちなみに、国道4号うとうトンネルが開通したのは1979年で、1981年発行の昭文社全日本道路地図にはうとうトンネル付近は,「連続雨量100mmで通行止」との記載がある。当時は東北道も全通してないし、山岳ハイウェイ県道40号も秋田県境の坂梨峠(現在の国道282号)も未舗装なので・・・・・・なんと、1979(昭和54)年までは連続雨量100mmを越えた場合、青森東京間をあずましぐ(津軽弁)抜けるエスケープルートはこの蔦の旧道か、秋田県の大館を迂回し鹿角へ抜ける花輪線沿いのルートだったことになる!ひょえ〜旧県道1号よお前もか!

最終回へ続く

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