東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)とは、五所川原市飯詰に住んでいた和田喜八郎なるペテン師がでっち上げた偽書であり、我が国史上最大の偽書事件である。

東日流外三郡誌や和田喜八郎については各自ググって頂くとして、和田喜八郎がでっち上げた古代王朝の聖地(とされる)・石塔山荒覇吐神社に行ってみることにした。

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【写真左】壊れた鳥居と、林道の入り口にあったのと同じような柱が屹立しておる。これは夜に見たら恐ろしく恐ろしいぞ。
【写真中】東日流古代中世遺跡と書いてあるwwwwwww
【写真右】ある意味、杉沢村(WEB東奥リンク)より怖いぞ。

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【写真左】で、これが、昔からあったということを証明するためなのか、和田喜八郎が重機で建立した荒覇吐神社。前は賽銭箱なんかもあったらしいが、今はない。
【写真中】石塔山大山祇神社となっている。
【写真右】そんで、こちらがもともとあった十和田様で、石塔山の由来になった石の塔(岩)。

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【写真左】この岩のワレメから水が沸いているのが大昔の民間信仰の始まりだったらしい。が、ここに大昔から古代王朝を祭る神社があったということにするため、和田喜八郎が建立したのが荒覇吐神社。飯詰の住民なら和田の大嘘とわかるところだが、昭和薬科大学の古田(元)教授など真書派を説得させるには十分だったということか。
【写真中】石塔から振り返って、荒覇吐神社の全景。晩年、嘘がばれそうになった際、建立中に業者が撮った記念写真を譲るよう、和田は何度も懇願したという。



ということで、十和田様にはお参りしたが、荒覇吐神社は見るだけ見て帰ってきた。


しかしまぁ、稀代のペテン師である和田を擁護するわけではないが、和田自身もまさかここまで自分の付いた嘘が大きくなるとは思ってはいなかったのではないだろうか……。
もしかすると、「ちょいと小金を稼げればいい」くらいの軽い気持ちでいたのに、こんな騒ぎにまで発展してしまい、最後は「騙しきる」というより、後悔の念にかられていたのでは、とも思ってしまう。

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