ダムに沈んで使命を終えた旧廃道はもはやダムサイトに接近するだけの盲腸線かと思われたが、なんとその先には廃隧道が……。

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253-51【写真はクリックで拡大します】
作業員の安全守さん(の絵)が隧道内の崩落で圧死している!第二号隧道は第一号に比べて道路関連遺構が残されており、ご覧のように工事現場の標識が埋もれている現場にも遭遇した。関係ないけど、トリビアの泉でやってた安全守さんの声のオーディションはおもしろかった。桜木花道の声で「お願い!」ってのはツボだー。


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隧道やトンネルというより、洞窟みたい。こうして原チャのサイズと比べてみると、でかいのがわかると思う。小泊の七ツ滝の公園で林鉄の隧道を見たが、あんな小さいものじゃない。素掘りで内壁はボコボコ、路面も崩壊してきた落石で中央部がすり鉢状になっている。そして、そろそろ県道番号は253号(長後川内線)であることを公開しようと思う。


253-53【写真はクリックで拡大します】
隧道を抜けたら警笛鳴らせの道路標識が坑口に寄りかかっていた。以前、この路線は町道林道併用による地区開拓道路として、県代行工事により1966(昭和41)年に開通したと説明したが、当路線が晴れて県道に昇格したのは1975(昭和50)年3月27日の青森県告示254号(奇しくも県道番号と連番)によってである。以降、むつ市から佐井村牛滝や仏ヶ浦に抜ける最短ルートとして今も県道253号は重宝されている。


253-54【写真はクリックで拡大します】
海岸を走るはずの鉄腕DASHのソーラーカーも国道338号ではなく県道253号を選択した(北海道から青森に帰ってきたのが初冬で国道338号が冬季閉鎖中だったのも原因と思う)。この路線は陸の孤島であった旧川内町の野平地区と川内川中流の畑地区を結ぶばかりでなく、脇野沢を経由する国道338号をショートカットする形で佐井村南部とむつ市方面を結ぶという重責をも担っていたわけである。


253-55【写真はクリックで拡大します】
野平地区や佐井村南部の住民にとって、県道253号の隧道群による親不知の突破は悲願であっただろうと思う。野平側にも畑側と同じく中村健次青森営林局長の揮毫による扁額が誇らしげに飾られていた。だが、地域住民の念願であった当路線の開通は1970(昭和45)年の川内森林鉄道の廃止に直結し、さらに1975年の県道昇格からわずか5年後の1980(昭和55)年には川内ダムの着工に伴い、隧道群も世代交代を余儀なくされることになるのである。

6へつづく

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