ダムに沈んで使命を終えた旧廃道はもはやダムサイトに接近するだけの盲腸線かと思われたが、なんとその先には廃隧道が……。

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253-l1【写真はクリックで拡大します】
親不知第三号隧道の扁額は竹内俊吉青森県知事(当時)の揮毫だった。小生が生まれた頃にはすでに知事職を離れており、「竹内派」という言葉知ってるが誰が竹内派なのか知らんし、あとはRABは竹内」(商売敵のATVは田沢)ということくらいしか知らない。竹内元知事が住んでたという敷地が青森市街地屈指のになってたのでバッタ捕りに行ったことはあるが、小学校の頃はお化け屋敷とも言われていた。


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竹内氏だけで決めたわけではないだろうが、TBS系になった老舗局の状況をみると、RAB日テレ系にしたのは正しい判断だったと思う。何もRABの話ばかりではない。RABTBS系だったらと想定してほしい。JNN協定がある現状でも、UHBAKTが見れる人間にとっては「ちゃんとTBSの番組を流してくれ」と言いたくなるATVのことだから、九州の某O県のように日テレ系なんだかフジ系なんだかよくわからないクロスネットになっていたかもしれない。


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話はそれたが、どこに抜けているのか見当もつかなかった第三号隧道は川内ダムの堤体直下に出た。見上げてみると現道沿いの展望所は見えないし、やはり上からも角度的に見えない位置なのだろう。いつもは廃道を突破すると中島みゆきの「ヘッドライト・テールライト」が脳内で自動再生されるのだが、「白い巨塔〜オープニング・テーマ〜」が流れた。


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振り返って上流側の扁額を写してみた。人の感性によるものだから一概には言えないが、率直な感想として、揮毫された字をみると第二号隧道の中村健次青森営林局長の方が竹内元知事より上手な気がする。まぁどちらが達筆かはどうでもよく、それより第一号隧道の扁額の方が気になる(三人の中でいちばん字が下手なのがだれかは気になるけど)。


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町道林道併用として県が代行工事したのだから、当時の川内町の山内啓助町長による揮毫と考えるのが自然かもしれないが、現地調査後の文献調査でも明らかにはならなかったので現時点では断言できない。それに、過去の地形図や航空写真でも第四の隧道は発見できなかったが、ダムに水没していないとも限らない(たぶん第四号は無いとは思うけど)ので、第四号以降もあったとすれば揮毫者の推定は困難にもなる。まぁ、いずれにしろ川内ダムには複数の橋梁も水没しているわけで、いずれ渇水期に姿を現す湖底の姿を見れればと思う。

【参考文献・引用文献】
青森県土木部:青森県土木五十年史、川内ダム工事史
川内町:川内町史 近現代 林野教育編

終わり(これでネタ切れだー)

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