青森岩手県境の馬淵川に架かる旧国道4号の青岩橋は老朽化を理由に廃止が検討(デーリー東北記事)されており、現役を退く日も遠くなさそうだが、保存への望みもそこにはあった。

これまでの記事→ 1



DSCF3905DSCF3906
【写真はクリックで拡大します】
【写真左】昭和三十六年十一月竣工 【写真右】青岩橋
4か月ぶりの更新というひどいクオリティであるが、サクサクと。
この銘板に記された昭和36年という竣工年が、青岩橋の正式な開通年がいつなのだろうかと混乱する原因となったわけであるが、その後の調べでやはり青岩橋は昭和36年以前からあったようだ。


DSCF3909【写真はクリックで拡大します】
ちょいと旧道から横にずれて青岩橋の姿を撮ってみる。この橋脚はトレッスルという技術が使われているそうで、わが国では山陰線の餘部鉄橋なんかが代表例らしいが、道路での使用例はあまりないとのこと。なぜ国道4号の旧道にと調べてみたところ、鉄道橋をそのまま転用したかどうか確認は取れていないが、過去にここを東北本線が通っていたらしい。


DSCF3908【写真はクリックで拡大します】
青岩橋の橋脚を撮影していると、ふと足元に623kmの距離標が残されているのを発見。白看といい距離標といい、青岩橋のルートは現役国道時代の遺構が今でも結構残されているみたいだ。木製の本体部分はだいぶボロボロになっているが、樹脂製の文字板に描かれた623の文字はまだはっきり読み取れている。


DSCF3911【写真はクリックで拡大します】
さらに白看。「青森115km十和田41km」の距離表示に加えて、「青森県」の県境標識も残っておった。
上り線側の距離標識で二戸が「福岡」表記だっただけに、十和田が「三本木」表記だったらさらに嬉しかったのだが、さすがに十和田市に改称したのが1956(昭和31)年なのを考えると古すぎるか。


DSCF3914DSCF3916DSCF3912
【写真はクリックで拡大します】
【写真左】下流側、現道の青岩大橋。
【写真中】二戸側を向いて撮影した青岩橋。
【写真右】上流側、馬仙峡から続く馬淵川の峡谷。
崩壊の恐れがあるといわれる青岩橋だが、いよいよ渡ってみることにする。対岸は岩手のはずだが、やはり旧南部藩領で生活圏も文化圏も同じであるせいか、県境という感じがあまりしない。

最終話へつづく

blog_rankingクリックでブログランキングに投票!