数年前、青森で飲んでる時に“自分が乗った車で最高速度は何kmまで出たことがあるか”という話題になったことがあった。
その時、180と回答したある人物が下北縦貫道「サーキット」と呼んだのであるが、それに対し、隣で飲んでいた見知らぬ下北出身のオヤンズが「下北にF1が出来るサーキット場があったの知ってるか?中嶋悟って知ってるか?」と絡んできたのであった。
鈴鹿のスプーンで山本左近がスピンしたのを生で見た佐藤琢磨世代の俺でも、中嶋悟は知ってるさ。
でも下北にサーキット場があったって何???
2012年春、ブロ玉取材班が下北半島に飛んだ。

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ピット跡を過ぎ、小高い丘を越えると、ストレート跡が見えてきた。
溜まった水が反射する光が、往年のアスファルトの照り返しを彷彿とさせるとまで言えば言い過ぎかもしれないが、これは確かにデカい!
夢中になってコース跡に降りると、コンクリートのコース壁が健在であった。
そして、実際に立ってみると、ものっ凄く広くてどこまでも伸びるような直線空間に圧倒されるのであった。


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今でこそ東北には菅生、北海道には十勝といったFIA規格のサーキット場もあるが、開業当時の1972年には北日本で唯一無二の超高規格サーキットであったのだという。
若き日の中嶋悟も走行したのだという。
閉鎖された車路であるサーキット場と比較するのはどうかと思うが、参考までに1972年時点で北日本(北海道+東北)で開通していた高速道路は、札幌五輪を控えていた道央道の千歳−北広島と、札樽道(当時は国道5号札幌小樽道路)のみで、東北道はまだ栃木県内までしか達していないのである。


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ストレートから見たスタンド跡。


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スタンドに陣取ってみる。
F1ができるサーキットだったとは言っても、F1開催実績はないし、鈴鹿に比べるとかなりみすぼらしいスタンドであると言わざるを得ない。
ところが、RABが発売したDVD「あの瞬 第2集」に当時の映像が残ってるじゃありませんか!
チャプタータイトルむつ湾観光牧場(野辺地町)昭和46年として。
そこには、レースクィーンのお姉さま方もいれば、見物に押し寄せた多くの観客でスタンドが埋まっているのである!
すごい!RAB!!


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当ブログでは、「あの瞬 第2集」の映像をお見せすることができないので、ほとんど在庫が残ってないらしいDVDをどうにか入手して見ていただきたい。
こうしてお見せできるのは、現在のむつ湾インターナショナルスピードウェイの、自然に還りつつある姿のみである。

・・・・・・と言いたいところだが、むつ湾インターナショナルスピードウェイ並びに、むつ湾観光牧場の生き証人が、今もなお生き永らえており、手厚く世話を受けているという。それも、現在のブロ玉管理人の住まう隣の隣の県で!
ブロ玉取材陣は某県へ向かうことになった!

特別篇へ続く

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