恥ずかしながら、佐村河内守さんは、ゴーストライター騒動のニュースで今日初めて知ったんだが、「サムラ カワチノカミ」という芸名なのかと思ったわい。

せっかくなので、烈風伝より、遊佐河内守信教さんにお出でいただいたぞ。
遊佐河内守信教
遊佐河内守信教 (生年不詳〜1572年)

【政治:45、戦闘:47、采配:44、知謀:67】
畠山家臣。河内守護代を務めた。主君・高政を紀伊に追放し、高政の弟・昭高を当主に擁立する。のちに昭高をも殺すが織田信長によって討たれた。

どうだい。
サムラ カワチノカミだと思った奴、俺だけじゃない筈。



さてさて、こちらが、wikipediaを開くたびに「作曲家」だったり「自称作曲家」になってたりする佐村河内守さん。
佐村河内守
佐村河内守 (1963年〜)

外見だけで見ると遊佐河内守より数値が高そう。
今までゴーストライターの存在を隠し通せたのだから、恐らく知謀は高いだろう。
広島出身ということで、知謀100の毛利元就を連想してしまう。
でも、ゴーストライターに裏切られるあたり、陶晴賢とか尼子みたいな気もする。


それにしても、遊佐河内守が一言(画像参照)、
他人なぞあてには出来ぬ 道は自ら切り開いていくものだ
と、お説教しているのが興味深い。

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