小生が物心ついたころは全国各地にダートの国道があり、青森県内にもR338R394、海の向こうの北海道には道路地図最大手の昭文社に「オフ派が泣いて喜ぶダート」と称されたR336など、全国各地に多くのダート国道が存在していた。
しかし舗装化の勢いは予想以上に速く、気がついたら山形の国道458号が唯一となってしまった。
R458については秀逸なレポートがネット上に多数存在し、今さら記事化するのもどうかとは思うが、ダート国道を自分の運転で走った経験があるという自身の記録として残すことにした。

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前回の記事で触れたmixi日記を読み返すと色々と記憶がよみがえってくるから面白い。前日、仙台で高校の同級生同士の結婚式に出席し、この日はコンビニおにぎりの朝食でスタートし、十部一峠で遊んでいたのは昼を少し回ったあたりであったのを思い出した。十部一峠にはコンビニはおろか茶屋もない。空腹で、里へ早く下りたいと思いながら、グネグネ進んでいる所であったようだ。肘折温泉も考えたが、はるか先の関越の渋滞が気になって、やめたのだった。


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青森を離れて以来、クルマの地デジは「おでかけ」のチャンネル設定にしていたが、かつて青森時代に使っていた「ホーム」に切り替えると、岩木山で受信登録された鶴岡局が普通に映り、081-3chのさくらんぼテレビで「笑っていいとも!!」が流れていた。テレフォンショッキングは松たか子だったような気がする。この4年後に「HERO」が復活したけれど出演はなく、だが「アナ雪」で大ブームを起こそうとは、まるで予想できるわけもない。予想できない話といえば、この2年後の2011年に起きた東日本大震災もあった。福島第一原発事故が起き、浜通りを抜けることが叶わなくなるとは予想していなかった。


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原発事故前は、東北道の渋滞時、僕は常磐道を終点の常磐富岡ICまで走って、福島県道35号・34号と農道を駆使して原町市街と相馬市街をパスして相馬総合病院の所から国道6号に入り、山元ICから常磐道・仙台東部道・北部道と北上するのが得意技だった。このルートはネズミ取りもうるさいけれど、気をつけて走れば常磐富岡ICを降りてから1時間もあれば宮城県に入れる高速コースだった。自分は会社から帰ってひと眠りした後の2時に東京を発っても、GWの渋滞に巻き込まれた22時発のノクターン号を、7時ごろ一関の辺りで追い抜いてしまうなんてこともあった。


高速東京青森(日本海)【左の図はクリックで拡大します】
十部一峠の探索終了後、僕は初めて日本海東北道・北陸道・関越道で東京に戻ることになったが、このルートは、原発事故後、通れなくなった浜通りルートの代用になっている。
関越が渋滞していれば東北道新4号北関東道まで行って、新潟経由で日本海側を行くのだ。
東北道より100kmほど遠回りになるが、渋滞はなく、何より無料区間が多いので、通行料金が割安なのだ。
特に、高速道路無料実験中は、新潟以北がほぼ無料になっていたので、効果が絶大だった。
距離が長いという他のデメリットとしては、新潟以北はほぼ暫定2車線高速という点だ。
一度、大型重機を運搬するトラックの後ろになってしまい、高速道なのに60km/h出ていない大名行列の状況が30分以上続いたことがある。
もう一つ、深夜に利用する場合は、北陸道 黒埼PAで給油をしておきたい。
黒埼以北の高速道は、青森に至るまでガソリンスタンドがあるエリアが1か所もないからだ。
時折、一般道を走る際に給油しないとならないが、24時間営業のスタンドとなると、黒埼の次は150km以上先の山形県遊佐の国道7号沿いのエネオス(セルフ式)である。
ヤバいと思ったら、タイムロスでも途中で高速を降りて、新発田市街や鶴岡市街の24時間営業のスタンドに寄るしかない。


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話はだいぶ脇にそれてしまったが(延々と、同じような状況が続くので、こうやって話を脇にそらすしかないのだが。)、ご覧のとおり、交通量が少ないので国道のど真ん中に駐車して写真を撮ることも可能である。
未舗装部でおにぎりは見ていないが、肘折 5kmの青看が登場してきた。


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肘折へ向けて木漏れ日の美しい砂利道を走ると、いよいよ、未舗装部の最後が近づいてくる。肘折まで道幅は1車線のままであるが、ここから大蔵側は舗装が途絶えることなく、本合海(もとあいかい)で国道47号にぶつかる。
本合海から先の国道458号はというと、鮭川村に北上した後、鋭角に南東に向きを変え、新庄市街地に至るという、これまた変わったルートである。本合海⇔新庄は国道47号で直結しているので、わざわざ鮭川を遠回りするこの区間を通しで走るドライバーは少ないだろう。
コースの指定にどういう経緯があったか知らないが、鮭川村からそのまま北上し、山形県道35号のルートで真室川を抜け、及位(のぞき)で国道13号にぶつけるコースの方が、自然な気もするんだが・・・


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肘折からは山形県道57号で戸沢に抜け、最上川沿いの国道47号を快走し、鶴岡市藤島(旧藤島町)へ。
庄内ラーメンの中で評判だという、田代食堂で「中華そば」を食べて、帰路に着いた。津軽と同じ東北日本海側の庄内の味はやはり舌になじみやすく、美味かった。東京だと、こういう中華そばあんまり食えないからなあ。
まだ日本海東北道が開通前の2009年10月。鶴岡から、反対の→酒田 秋田方面に曲がって行きたい衝動に駆られながら国道7号で鼠ヶ関を越え、国道345号で笹川流れを走破し、当時は新潟最北のインターだった荒川胎内ICで高速に乗り、東京に戻った。
3連休最終日ということもあり、関越渋川伊香保ICで始まった渋滞は、断続的に続いて大泉JCTまで3時間かかった。
当時は、北関東道も繋がっておらず、東北道へ逃げるという技がなかったのだ。
高速道路網の延長も、日々刻々と進んでいるのである。
5年経って、十部一峠は今、どうなったのだろうか。

終わり

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