本記事は2015年9月11日23時20分に投稿した記事「銅像茶屋の山菜そばは美味い」を再編集した記事です。

2019年5月14日付の東奥日報に、銅像茶屋が閉店の可能性という衝撃的なニュースが報じられた。
以下、東奥日報紙面より手打ちで書き写した本文を引用したい。

八甲田の「銅像茶屋」休止、閉店の可能性も

2019/05/14
 十和田八幡平国立公園内、主要地方道青森田代十和田線沿いにある食堂兼土産物店の銅像茶屋=青森市横内、千葉勝幸さん(75)経営=が今シーズン、営業を休止している。経営者の高齢化や施設の老朽化などが要因。経営再開をにらみ、引き受け手を探しているものの、見つからなければ事実上閉店となる可能性が高い。食堂のほか八甲田雪中行軍遭難事件資料の展示室もあり、関係者から惜しむ声が上がっている。

 同茶屋は、千葉さんの父が昭和40年代、八甲田・十和田観光の要衝として八甲田山系の青森市側に当たる現在地に建設・開店した。日本の山岳事故史上最悪の犠牲者を出した八甲田雪中行軍(1902年)で生き残った後藤房之助伍長の銅像が茶屋の近くに建っていることから、銅像茶屋と命名。青森市と十和田市の中間点にあり移動時の休憩所として利便性が高く、地場産の山菜そばや特製のみそおでんなど素朴なメニューが地元民に愛された。八甲田観光に訪れた登山客のほか、雪中行軍に関心のある愛好家らも訪れる観光スポットとして知られるようになった。

 千葉さんによると、公務員を辞めて経営を引き継いだ87年から数年間はバブル景気の影響もあって経営が好調だった。しかし、バブル崩壊後は不景気で客足が遠のき、インターネットの普及などで土産物販売も低迷、ここ20年ほど売り上げは落ち込んでいたという。千葉さんは「雪に閉ざされた半年(11月〜翌4月)は収入がなく、建物など設備を更新しようにも資金がない。自分も高齢となり、これ以上続けるのは厳しい」と話した。

 同茶屋には、生前、茶屋に足しげく通った雪中行軍研究者の小笠原孤酒(こしゅ)(十和田市出身、1926〜89年)が集めた行軍関連の資料など約400点を展示した「鹿鳴庵(ろくめいあん)」が併設されている。従軍した当時の兵士の写真や孤酒の手記など貴重な資料も収められている。資料展示などで協力してきた、「八甲田山雪中行軍を語り継ぐ会」(十和田市)の蛯名隆会長は「店や資料館が閉まってしまうのはもとより、千葉さんが一線から退くことになれば八甲田の観光振興にとって大きなマイナス」と残念がる。

 千葉さんは「店を引き受けてくれる人がいれば預けたい」としながら「もし現れないなら、行軍関係の資料はしかるべき場所へ寄贈したい」とも語っている。
(東奥日報 令和元年5月14日付記事)


以上、引用ここまで。



率直にショックである。

雪中行軍のルートでも知られる県道40号青森田代十和田線沿線の北八甲田の温泉や茶屋、またかつての田代平開拓に携わった人々は今でも互いに連絡を密にしていると聞く。

実際、私は某所でかつての田代元湯を含めた電話番号が書かれた連絡網を拝見したことがあるが、あの一帯で群を抜いて大きく立派な建物と駐車場を有し、中核的な存在の一つが銅像茶屋である。
銅像茶屋が無くなってしまうとしたら、田代平周辺の北八甲田のコミュニティの衰退がまた一つ進行するようで切ない。

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実は新聞記事が出る前日と、当日記事を読む直前にも銅像茶屋を通過していたのだが、まさか閉店とは……

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駐車場にあった外トイレも冬季の雪除けの板で封鎖されたままだった。

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子供の頃、親父と上北鉱山付近の山へキノコ採りに出かけた日の昼飯は決まってここの山菜そばだった。

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到着時刻が17時をとうに回っていたので、何も知らずに来たなら「今日の営業は終わりか」と片付けてしまいそうだ。

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コカ・コーラの自販機もよくみると硬貨投入口はもとより紙幣投入口も塞がれていた。
自動販売機も営業を終えていたのか……

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いつになく静まりかえった大駐車場と、白樺林の向こうに聳える前岳。

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ふと足元をみると、誰かが採集したバッケ(フキノトウ)の若芽が寂しそうに肩を寄せ合っていた。

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夏至まで間もなく1か月。北西に斜面が開けた銅像茶屋を夕陽が照らしていた。

銅像茶屋
山菜そばだけではなく、山菜ラーメンもまた美味の一杯。
昆布出汁でとったそばやラーメンのつゆが美味く、山の茶屋らしくワラビやネマガリダケなど山菜の美味い食堂だった。
これがもう食えないかもしれないと思うと深刻だ。

東北新幹線八戸暫定開業時にここを越えて八戸駅に行った日や、子供が生まれここを越えて運転した日など、思い出は尽きない。
(2019/05/15 aomori226)

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津軽⇔南部の移動時によく使う県道40号青森田代十和田線
雪中行軍の後藤伍長の銅像へ向かう地点に、大駐車場と共に店を構えているのが銅像茶屋だ。

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頂点が鈍角の三角屋根が特徴的な建物が銅像茶屋だ。
大変な豪雪地帯なので、閉鎖する冬季の雪対策も兼ねているんだろう。

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店内は広く、向かって右側が食堂で、左側はお土産品などを置く売店。
奥には資料館へ続く廊下もある。
桃川の暖簾が印象的なカウンターで、山菜そばを注文する。

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これが銅像茶屋の山菜そば。
八甲田好きの友人や同僚と話をすると、酸ヶ湯の「鬼面庵」派と、田代平(箒場平)の「又兵衛の茶屋」派と、見事に好みが分かれる。
食べログを見ると、3軒の星の点差は0.10以内の範囲に収まるようだが、僕の好きな順に並べると食べログの点が低い順になってしまう()

銅像茶屋の、昆布がかおるかけつゆが美味しくて好きなのだ。

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もう一つ、軒先で売っているしょうが味噌おでんも美味い。

山菜そばもそうだけれど、具のネマガリダケがたまらない。

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県道40号は津軽と南部を結ぶ快速路であるけれど、たまにはこうやって美味いもん食って山を眺めて、のんびり休憩するのが気持ちいい。

ああ、青森に帰りたい。

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