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通称「国鉄五川目線」関連歴史年表

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 市道との交差箇所に架かる跨道橋の部分だけ、現役さながらの様相を呈している(写真左)。市道は上久保の住宅街を抜ける生活道路だが、三沢市街地を避けて上北⇔六戸・おいらせ方面を移動できるので、見ていると八戸ナンバーのみならず青森ナンバーの4ナンバーバンも通り抜けていく。跨道橋自体は昔からあったようだが、廃止の数年前に改修したようだ。
 跨道橋はバラストの下がコンクリートなので雑草が根付かないようだが、跨道橋を過ぎてしまえばまた雑草が復活し始める(写真右)。そして、写真でもわかるようにグイグイと登坂していく。
廃道と廃線の廃踏切 廃道と廃線の廃踏切2
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 カーブしながら坂を上って行くと、踏切が見えてきた(写真左)。2006年の米軍専用線廃止以降も、しばらく県道8号などに踏切の設備は残っていたが、さすがに昨年2014年に久しぶりに通った時には撤去されてしまっていた。「まだ踏切あった!」というのが最初の感想だが・・・・・・。
 交差する道路も廃道じゃないか(写真右)!
 どうやら、歩行者と自転車や軽車両程度までの通行を想定した簡易型の踏切(第4種?)のようだ。踏切部分だけアスファルト舗装されているので、ここもまた雑草が生えず、前出の跨道橋同様に廃線上で異彩を放っている。
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 踏切の上から、三沢方を撮影(写真左)。廃の良い景色だ。廃道の線形もよく見えていて、米軍専用線に並行して三沢駅方面へ向かって下って行くのがわかる。線路にしては、結構急勾配じゃないかと思う。
 同地点で、五川目方を撮影したのは写真右。見事に踏切を境に杉林になってしまっている。これでも廃道の線形がすぐにわかった人は、廃道探索の素質があると言っていいと思う。
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 踏切を通過し、三沢方を振り返って撮影(写真左)。
 しばし踏切の観察をしたところで、五川目方への進行を再開する(写真右)。ここからはしばらく、直線で登って行く。三沢駅は間木川の谷底に位置しているが、間木川は姉沼に注ぐ。姉沼は小川原湖に隣接しているので、高瀬川水系となる。
 一方で、三沢基地や三沢空港の南側を流れている三沢川は、小川原湖に注ぐことはなく太平洋に直行である。言ってみれば、米軍専用線が向かっている三沢基地なんてのは高瀬川水系と三沢川の分水嶺上の台地にあるのだ。
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 三沢の市街地や基地が位置する台地を、切り通しにて登って行く米軍専用線(写真左)。撮影していた時にはまったく意識していなくても、これほど勾配が伝わる写真が撮れるとは思わなんだ。
 廃線になってメンテナンスを全然していないのはあるにせよ、こんなしょぼい枕木で石油満載のタンク車が走っていたと思うと不思議な気持ち(写真右)。ここからは、しばらく直線上の同じような景色が続いていくことになる。

(3)へつづく

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