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熊本が地震で大変なことになっているわけだが、自分が旅をして美味いもん食って歩いてきた土地が滅茶苦茶になっているのを見るのは辛いものがある。

益城町も、高千穂から高森経由で県道28号を走って行ったので中心部を通過しており、ストリートビューをみたら記憶がよみがえってきた。
震度7の甚大な被害を受けた益城の写真を見ると、いたたまれない気持ちになる。



ところで僕は、まだ震度6以上の地震を経験したことが無い。

経験した地震で最も強かったのは、都内で経験した東日本大震災(2011年)の震度5強
経験した震度の中でもこれが最大であるし、身の危険を感じたのもこれが最大か。

震度の上で次いで強い地震は、青森市で経験した三陸はるか沖地震(1994年)の震度5
年末で「とんねるずの生でダラダラいかせてスペシャル」を見ていた記憶があるが、身の危険を感じるほどではなかった。

僕の場合は三陸はるか沖地震よりも北海道南西沖地震(1993年)の震度4(青森市)の方が強く揺れた記憶がある。

一応、日本海中部地震(1983年)の記憶もおぼろげにあるのだが、揺れがどのくらい強かったかはほぼ覚えていない。
東日本大震災まで、僕の中で一番の地震は1993年の北海道南西沖地震だった。
鍋釣岩1
奥尻島で甚大な被害が出た北海道南西沖地震は、青森でも揺れたので、当時まだ小学生ながらずいぶんと熱心にテレビのニュースを見た記憶がある。


その中でも特に、というか一つだけ鮮烈に覚えているのは、アナウンサーの吉川美代子さんが伝えたニュース。
吉川さんは2014年に定年退職なさって、その後はフジテレビに出て「『女子アナ』という言葉は嫌い」だ、と言った人だな。


それはたしか、土曜日の「ニュースの森」(TBS)だったと思う。

中継があり、津波で壊滅状態の奥尻島の映像を見て、吉川さんは「見事なまでの壊滅状態ですね」という趣旨のことを話した(記憶が正確ではないので、細かい表現は違うかもしれない)。

吉川さんは落ち着いた語り方で、僕はそれを特に不思議に思わず見ていた。
奥尻の中継が終わると、CMに入った。


ところがCMが明けると、吉川さんがお詫びをすると言い出す。

「『見事な』というのは不適切な表現でした。」


僕は、このとき、『見事な』という表現を使うことが拙いことだと認識できていなかったが、吉川さんの「こういう被害の場合に使うべき表現ではありません」という言葉を聞いて、机から国語辞典を持ってきて「ああ、そうなんだ」と素直に納得した。

見事
国語辞典が手元になければ、ためしにGoogle先生に聞いてみてもらえばわかると思うが、被害に遭っている人や状況に対して使う場合、「見事」という表現は使うのを避けるべきだろう。

あの時、吉川さんがCM中にご自分で気が付かれたのか、それともスタッフの中に指摘する人がいたのかはわからない。

ただ、視聴者が即座にクレームを入れたにしても、わずか5分くらいの間に視聴者窓口からスタジオまで情報が行くかは疑問が残る。
仮にTBSがそういう体制にあったとしても、本当に間違いで謝罪する必要があるかどうか確認する作業と時間も必要になる。

だから、吉川さんご自身かスタッフがすぐに気が付いたのだろうし、もし吉川さんが指摘された側だとしても調べるまでもなく「まずい表現をしてしまった!」と即座に気が付いたのだと考えている。

ミスをするのは仕方がない。
気付いて訂正しお詫びするまでの速さ、あの時の吉川さんの「ニュースの森」はプロの仕事だと思っている。
普段から言葉を大事にしていないと、できなかった仕事のように思う。


僕は時間の経過とともに言葉の意味が変わることを否定しないけれど、奥尻から今回の熊本までの23年の間に「見事」という言葉の意味が大きく変わったという認識はあまりない。

東日本大震災の時もいたが、やはり今回の熊本城の損壊や南阿蘇村の山崩れの中継でも「見事に」と言っていたアナウンサーないし記者は、民放にもNHKにも複数いた。


「見事に」という表現に違和感を覚えてblogの日記に書くような僕の行動は、僕がジジイになってきて偏屈になっているからなのだろうか?
そうかもしれない。

だけれど、「見事」という言葉の意味通りに「視聴者よ、この崩れっぷりは見るに値する事だぞ」と、どこか心の底で思っている記者やアナウンサーがいて、彼らの口から出てしまった、というのも誰も否定できないんじゃないかとも思う。

あの時の吉川さんのように、すぐに気が付いて「不適切でした」と言うことが出来たアナウンサーは、まだ見ていない。

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