2017年 宗谷・留萌の旅(1)はコチラ


<稚内市街>
17:50〜
稚内駅をあとに、まずは宿に荷物を置きに行く。
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この時間で既に気温が氷点下5度を下回っていたらしく、道に積もった雪はサラサラで、蹴り上げると粉のように足元で舞うような状態であった。稚内は11月中旬だというのに、真冬の1月下旬から2月上旬頃の青森のような状態だ。
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クロネコヤマトのトラックからamazonの段ボール箱を抱えた配送員がマンションに入って行った。札幌まで5時間強、旭川でも3時間以上、旭川までの間に稚内より大きな都市が無いとなれば、インターネット通販への依存度が高くなるのはやむを得ないのかもしれない。

この後ホテルにチェックインし、フロントで「東京からですと寒いでしょう」と言われ、「青森出身だから大丈夫」と答えると、「稚内は昨日あたりから急に真っ白になっちゃって。でも青森なら稚内より雪が多いんでしょう?今日もう積雪61cmってテレビで言ってましたよ」と。
うん、それは八甲田山中の酸ヶ湯ね。しかし東京のマスゴミが酸ヶ湯の積雪を「青森市で61cm」と報じるのはどうにかならんものか。
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部屋に入り、天気予報がてらさっそくテレビのチャンネルチェック。アナログ時代は中継局のなかった稚内市でも、地デジ化でめでたくテレビ東京系列のテレビ北海道(TVh)が放送されている。
稚内はテレ東も見れるしamazonで買い物すれば何でも手に入るし、首都東京にも航空機の直行便があるし、道都札幌にも直通特急と航空機の直行便(新千歳便)があるのだ。
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早速、街へ出てみよう。↑ 旭川 Asahikawa Асахикава 250km
と英語の他にロシア語も書かれた稚内ならではの道路標識。しかし、ロシア語表記より、着雪具合が稚内らしいと思えてくる。
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稚内駅前、稚内の街の顔のような存在になっているのが、相沢食料百貨店。食品スーパーマーケットということだが、建物の外構えを見るに、昔は2階や3階で衣料品や化粧品や服飾雑貨、生活雑貨なども売っていたのでは?という気もする。「百貨店」と名乗るくらいだし。
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黒字に白く光るAIZAWAの看板も、食品スーパーと言うよりはデパートらしい趣がある。お洒落をして休日などハレの日にお出かけする場所、としての百貨店の風情をそこはかとなく感じるのは自分だけだろうか。
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しかし、その並びの建物はご覧の通り。稚内駅前にして4車線を確保する大動脈・国道40号の沿線である。なのに、まったく明かりも無ければ人の気配も感じられない廃墟のようなビルと、土曜の夕方6時過ぎだというのに営業していない大型の海鮮料理店。最近だと東北地方の青森や盛岡などの県庁所在地でも繁華街の廃墟は珍しくないが、さすがにこれは……
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国道40号は翌日に走行する予定なので、徒歩では海手から街を見ることにした。日本最北の踏切である「大通り踏切」を越えて東側の通りに向かう。
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煌々と明かりをともすセイコーマート稚内中央店稚内駅ビルにも稚内駅前店があり、200メートルと離れていない。多すぎるような気もするが、よく考えれば100メートルも離れていない所でセブンイレブンとかローソンとか競合他社同士が火花を散らしているケースは他の地方都市でも普通に見られる。稚内にはセイコーマートしかコンビニが無いのだから、このくらいの密度でも不思議ではないのだ。
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稚内市街地の一部で宗谷本線は1975年に高架化されている。高架化前の航空写真や地形図をみると、旧線はこの写真の国道40号を跨ぐあたり(写真奥)から、現在より西側の国道40号に隣接するように中央4丁目のあたりまで走っていたようだ。高架化前の国道40号は対面2車線だったようだが、廃線敷を転用し4車線化したのかもしれない。
そのまま港側の道路を南下し、裏から稚内副港市場に入るべくさらに歩くと……。
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営業時間19:00までじゃないのかw
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魅力的な商品もあるのだが、ネットに覆われた閉店の陳列棚。市場コーナーには営業している店舗が一軒もなかった。出入口の角でまだ蛍光灯が灯っていたクリーニング店の女性店員に声をかけると「冬時間だからねえ。閉まるの1時間早いのよ。」と。アチャー…
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毛ガニと活タラバガニタラバ、7,000円/kgもするのかよw 蟹、高くなってしまったなあ。ってそれにしても高い気がする。閉店してなくてもこりゃ買えないな。
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結局、何も買わずに国道40号側の正面へ。レストラン街は営業しているようだ。ちょうど副港市場で客を降ろしたばかりのタクシーの運転手が、旅行者風情の恰好をした私に目線を送っているのがなんとなく感じられたが、そのまま徒歩で歩道に進むと諦めたのか、後輪を豪快に空転させて軽くドリフト気味に稚内駅方面へ走り去っていった。冬場はFRだと期せずしてドリフトしてしまうものだ。
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今度は山手側の道道106号で北上することに。高野山最北大師 真言寺の丁字路を右に折れて稚内駅方面へ向かうと、また凄い建物が。。。もう営業はしていないらしい。ただ、トリップアドバイザーの口コミをみると、評判は良かったみたいだ。2014年以前に閉店したようだ。
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コカ・コーラとファンタの看板、懐かしい…しかし開いてる店がない(一応、普段昼間は営業している店のようである)。
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稚内市役所。土曜の夜だというのに明かりがついており、市職員も休日残業お疲れ様、大変である。一部上場企業や大規模な工場など目立った産業のない地方都市の場合、街にとって公務員経済が重要な所も少なくない。役所の周りにメシを食えるような店が集まっている街もままある。そろそろ、飲食店街に期待できるか。
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嗚呼、せちこォ……売店舗かよぉぉ。。。
こちらのサイトによれば2014年5月頃に開店したようだ。駅前の「はせ川」といい、稚内市には新しい廃墟・廃業物件が多いような。そろそろ、明るい所はないかぁ稚内。
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あった♡
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ありがたや、ラーメン大王様!気が付けばまた稚内駅の近くまで歩いて戻ってきたわけだが、こうして明るいお店を見かけると嬉しくなってしまう。ここでラーメンを食べて暖を取ろうかとも思ったが、大王様は飲んだ後の〆にするとして、もう少し散策してみることにする。
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ラーメン大王の角から南を向いて撮影した、稚内中央アーケード街。かつて連絡船のあった港町の駅前のアーケード街、なんだか青森の新町通りを思い出してしまう。
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稚内中央アーケード街を北側の中央一丁目方面へと転進してみる。アーケード街の看板はロシアのキリル文字の併記で統一されている。水産の貿易で稚内に滞在するロシア人は稚内経済にとって重要なお客様であることを窺わせる景観だ。ピーク時に55,000を超えていた稚内市の人口は4万を割るところまで減少しているし、周辺町村から買い物に来る客も決して多くはない。隣町の豊富町でさえ40km(青森〜弘前の距離に相当)も離れており人口4,000強しかいないのだ。
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青森県で人口4万くらいの市と言えば三沢や黒石が相当するが、三沢は下田(おいらせ町)と市街地が連続しているし、黒石も隣の田舎館のコミュニティFMが普通に届くほど近接している。三沢も黒石も近隣町村を含めれば軽くプラス数万の人口の商圏を持つのだ。秋田の旧横手市も人口4万くらいだったが、近接町村を合わせれば10万以上の商圏だった。宗谷地方は日本屈指の人口希薄地帯で、稚内市はあまりにも孤立した都市なのだ。本州の同規模の都市とは一概に比較できないし、本州の同規模の都市よりはるかに厳しい経済環境にあるだろう。
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20年くらい前かと思うが、おそらくNHKで、稚内の東隣の猿払村のホタテ漁師のドキュメンタリーを放送しているのを見た。猿払のホタテ漁業と言えば村の平均所得を村の部で全国1位にするほど大成功をおさめているわけである。その猿払の漁師たちが漁で得た収入で飲みに行く場面も放映されたのだが、彼らがタクシーで向かった先は稚内の繁華街ではなく、札幌のススキノだった。信じられないような話だが、漁が終わった後の昼頃に猿払をタクシーで出て、夕方5時過ぎにススキノに着いて飲み始め、翌日の漁が始める前に戻ってくる、というものであった。彼らも毎回毎回ススキノまで飲みに行くわけではないだろうが……豊富や猿払、利尻、利尻富士、礼文の5町村を足しても人口14,000ぐらいしかなく、札幌や旭川に取られてしまう分もあるし、近隣5町村から稚内を訪れる人たちの消費活動はあまり大きくないだろう。そうなるとやはり経済はロシア頼みか。
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今度は裏側から相沢食料百貨店を。アーケード街のこの角度から見ると、やっぱり元々は食品スーパーと言うより、衣料品や雑貨も扱う総合スーパーないしデパートのような形態だったのではないのかなと思う。私は地方都市のデパートが好きなので、稚内に相沢食料百貨店は末永く残って欲しいと思う。
19:00〜
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こうして市街地を歩いていると、稚内市は本当に青森市っぽい街だと思う。
人口規模は4万弱と30万弱と大きな開きがあるが、共に連絡船基地だっただけあって駅と駅前のアーケード商店街が海にほど近く、海手には水産関係の倉庫や工場が立ち並び、中心商店街と隣接するように寺や神社が並ぶ街並みは稚内と青森でとてもよく似ているように感じる。雪を纏った冬景色もまた、青森市の沿岸のどこかにいるかのようだ。地形こそ、青森は後背地に青森平野が広がるのに対し、稚内は市街地のすぐ背後に海岸段丘の崖が迫っているが、それ以外は青森市を縮小したかのような街だと感じる。私は稚内市を初めて訪れて、ものの1時間かそこらで好きな街になった。
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飲み屋街もようやくみつかる。下手に南下しない方が良かったのか。おでんの「おまん」さん。これも魅力的。ちょうど、成人の地元の家族らしき3人が笑顔で店を出て来た。しかし稚内でおでんというのも、もう少し考えてからでも良いか。一旦、見送ろう。
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そうしていろいろ考えながら歩くと、なんとも雪化粧が似合う、良い雰囲気の店が。
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縄のれんがぶら下がる飲み屋なんて最高じゃないか……!つい、走裕介の「昭和縄のれん」を口ずさみそうになる。

♪ ひなびた路地の縄のれん 焼鳥は世間のすみで味わうものと――
焼鳥屋ではないが、走裕介の「昭和縄のれん」がこれほど似合う店も今じゃそうあるまい。
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♪ 人の邪魔にならぬよう 人を押しのけ生きぬよう――
吉幾三の「酒よ」や「雪国」もこういう場面に合う演歌として大好きなのだが、すっかり「昭和縄のれん」の世界である。それぐらい、私は今、走裕介の演歌にはまっている。
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一応、入る前にサ●トリーとかの他社じゃないだろうなとは確認しながら入ったが、このお店はサッポロクラシックではなく普通の黒ラベルの生。だが、それが良い!お通しはベビーホタテのカレー和えだった。美味しい。
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さらにホタテの刺身をいただく。かなりの肉厚。青森のホタテも美味いが、北海道の宗谷のホタテもまた絶品なり。ホタテのひもを噛み締めながら生をキューッとやったら、女将さんが「ひもも美味しいでしょう」と言う。はい、とても美味しいです♡
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続いて稚内名物のたこしゃぶをいただく。冷凍することで、ご覧の通り薄切りに出来るという。このルイベ状態でも美味そうだったので女将さんに聞くと「お刺身みたいに醤油付けて食べても美味しいです」と。はい、とても美味しいです♡
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女将さんの教えに従って、まずは野菜類を一気に鍋に。一旦、温度が下がるので、再び煮えるまで待つ。
テレビはフジ系のUHBの野球日本VS台湾が流れており、オーバーエイジ枠で出場している台湾の陽岱鋼の打席を見ながら女将さんと「ファイターズにいたのにねえ」「大谷君も出て行ってしまうでしょう」「中田は残るみたいですよ」「中田は残るの?」「増井は出て行きそうですね」「青森の人もファイターズ応援してるの?」「北海道と青森は隣ですし」なんてファイターズ談議。
それにしてもフジテレビの竹下アナ、郭源治に「郭泰源さん」と呼びかけるとか酷い実況であった(笑)
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同時進行で、このお店・網元さんの自慢料理だという磯辺焼も注文する。ホタテの貝殻にスープと具を入れて炙って煮込むのは青森の郷土料理・貝焼きみそにもよく似ている。
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煮だったところで、ルイベ状態の薄切りのタコを入れると、ご覧の通りあっという間に火が通る。
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そして、網元特製のたれにつけて、食べるのだ。はい、とても美味しいです♡
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磯辺焼の方も、貝殻で綴蓋がされ、ぐつぐつ言い出した。湯気が凄い。
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こちらが磯辺焼の全景。予想以上に貝焼きみそとは明らかに違う料理が出て来た。
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かに〜♡
ところで、魚介はもちろん美味いのだが、たこしゃぶや磯辺焼の野菜が美味いので「美味しいですね」と言うと、女将さんは「つゆのだしの味だよ、そりゃあ」と言う。まあ、そりゃそうかと思っていると「野菜はね、全部本州の方のよ。ここらじゃ野菜なんて採れないもの。稚内も農家さんも居るには居るけど、採れるのはジャガイモくらいよ」という。
なるほど…そうか。
稲作限界(留萌の遠別)を越えた先にいるのはわかっていたが、野菜類は南の方に依存しているというのを聞くと驚きであった。江戸時代、松前藩に弘前藩津軽家が米を送っていたし、戦前の樺太航路の物資も北海道以南からの米や野菜類が多かったとは聞くが、稚内は今でも農産物の自給が難しいのだ。女将さんとの何気ない野菜についての会話というひょんなことから、北の最果てまでやってきたのだなあと実感したのであった。
会計を済ませると、ふたたび夜の街に。
20:00〜
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来るときには気が付かなかった飲食店跡をまたみつける。赤ちょうちんだったのかなと思わせる半球状の骨組が風雪に晒されていた。ただ、クルマも車庫に入っているし、廃墟ではなさそうだ。
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稚内版・青森市新町商店街のような稚内中央アーケード街を、先ほどのラーメン大王に向かって歩くが……電気が消えてるorz別なラーメン屋探そうかな。
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稚内中央アーケード街の一本山手に、稚内版・青森の本町みたいな飲み屋街。位置的には中央2丁目となる。一軒目の「網元」のすぐ近くである。身体も冷え切ってしまった。さっさとこっちに来れば良かったぞ。
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稚内市料理飲食店組合の入るビル。一階のテナントの居酒屋も元気に営業中。
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演歌が聞こえてきそうなスナック街。嫌いじゃない。
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そんな白黒の世界に、赤い光と共に何やら湯気と共に良い匂いが。ラーメン屋発見なり。これは暖を取りたいぞ。
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ラーメン広宣さん。真っ赤で大きな立派な暖簾。赤い色は外に晒すと色あせしやすいので、新しい暖簾だろう。年季の入った暖簾も良いが、綺麗な暖簾もまた嬉しくなる。
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メニューの一番上にあったのが塩ラーメンなので、それを注文する。トイレに行って戻ると、もう着丼。早いw底まで見えるくらい澄んだスープだが、コクがあって美味しい。そして特筆すべきは「麩」の存在か。ラーメンに麩を載せる文化は津軽や秋田や北海道など北日本の一部でみかけるが、津軽に隣接する青森の南部(八戸方面)や岩手県ではラーメンの麩はあまり見かけない。やはり、津軽や秋田から北海道に行った先人の文化が、稚内にも影響を与えているのかもしれない。もっとも、青森の場合は青函連絡船を介して函館方面から入ってきた文化もあるので、青森と北海道に共通する文化を見つけた際、そのルーツをたどるのは難しいのであるが。
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ラーメンを食べて〆が済んだところで、目線を感じる。
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広宣の猫様。寒くねえのか、ねこさん。
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飲み屋街に出ると、先ほどまであまり降っていなかった雪がまた吹き始めた。夜半から翌日、翌々日と大荒れになるとの天気予報だ。

身体が冷えないうちに次に向かわねばと、港方面へ向かった(3に続きます)

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