私は2017年11月に宗谷と留萌を巡る旅をしたばかりだが、その記憶もまだ新しい2018年1月20日、また北海道へ行ってきた。

<釧路市街>
09:45〜
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美味い正油ラーメンを食べた「まるひら」は浦見城山通の西の終点付近にあり、この先は南埠頭方面で行き止まりだ。南埠頭付近にも米町とか知人町とか興味深い地区があるが、時間がないので引き返す。
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釧路大橋通に移動し、再び南下していくと創業から百年を経過しているという銭湯・春の湯さん。毎週日曜日は朝風呂を実施ということでクルマが既に何台か停まっている。これを知っていたら、朝イチで風呂に入りに来たのになあ。なお、この先頭の裏手には帯広刑務所の釧路刑務支所がある。同じ国の組織でも刑務所や自衛隊などは、釧路は帯広の管轄下にある。
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春の湯から少し歩くと、太平洋が見えてくる。南向きの海岸は本当に明るい。丘の向こうに広がる明るい大海原、これだけを切り取ると湘南のようでさえある。
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幣舞橋から出世坂などの勾配が稼いだ分の標高が、一気にマイナスに転じて行く爽快な下り坂。幣舞橋をはじめとする中心市街地や釧路湿原など、海に面した平地の印象が強い釧路市街に、こんな起伏にとんだ景色があったとは。
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この先に見えている低地は千代ノ浦地区。海跡湖である春採湖へと続く低地である。春採湖はかつては入江のような地形だったのだろう。その先は海際まで丘陵地帯になっていて隣接する釧路町に入っても延々と、厚岸湾口の尻羽岬まで似たような地形が続く。
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海沿いに太平洋石炭販売輸送臨港線の線路が伸びている。向かって奥は南埠頭方面で、石炭積出を行う知人駅に至る。貨物のみとはいえ、今や北海道唯一の私鉄だそうだ。

以前は頻繁にピストン輸送していたらしいが、最近は滅多に線路を列車が走ることはないそうな。これは道道113号釧路環状線の踏切だが動画を見て頂ければ一目瞭然で、全てのクルマがノンストップで通過している。すわ踏切一時停止違反が黙認されるローカルルール踏切かと思ったが、信号機付なので合法である。都内では亀戸から越中島までの貨物線の越中島支線と踏切で交差する葛西橋通りなんかでほぼ全てのクルマがノンストップで通過しているわけだが(一本南の永代通りだと釧路のように信号機がある)、ほとんど列車が走らない踏切なら信号機方式でも良いのではないだろうか。
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踏切から至近の位置に春採湖があり、湖岸は公園として整備されている。釧路川に架かる幣舞橋から見て出世坂を登った先の丘陵の上に旧制釧路中学は置かれ、その丘陵の先にはこの春採湖。この地形から「湖陵」という言葉が生まれたのだろう。
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釧路湖陵高校は戦後の学制改革後に成立した校名だが、釧路中学時代に制定された同校の校歌には湖陵に建てる我が学舎」の詞がある。旧制中学から親しみのある「湖陵」という言葉を釧路湖陵高校の校名に引き継げたのは同校にとっての誉れであると思う。良い校名である。

日テレ関東ローカルの「音のソノリティ」を真似して、春採湖の自然の音を動画にしてみる。
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湖岸の遊歩道を東進していく。湖の対岸には臨港線が伸びているがこちらからは線路は見えないし、貨物列車の運行を目撃できることもなかった。ところで上の写真で、湖畔に三角形の尖塔を擁する学校のような建物が建っているのが見えると思うが、児童数減少で2007年度で廃校になった旧柏木小学校だという。ここはその旧柏木小学校の横の辺りであるが、市街地で比較的新しそうな校舎が廃校の姿を晒しているのはさすがに寂しい。
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釧路も子供が減っているようで、旅行から帰ってきて読んだ道新の高校入試出願状況の記事によると、釧路湖陵高校の普通科の定員は200、理数科を合わせて240だという。十勝の進学校の帯広柏葉高校普通科の定員は280なので、釧路の方が少ないことになる。釧路管内の人口が十勝管内より少ないのもあるだろうが、私が気になったのは志願者数の方。2月1日の時点では、釧路湖陵の普通科は志願者が199とわずかに定員割れだったのだ……。2月9日時点では志願者数が定員に達したが、応募段階とはいえ地域トップ進学校で定員割れとはヤバい気がする…。全面結氷の春採湖も静かすぎて寂しい。
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岸辺に近づいてみると僅かに溶けている部分もあり、湖面を覆っているのは薄氷のようだ。とても歩いて行けるような結氷状態にはない。ここ春採湖はヒブナの生息地として天然記念物指定されており、ヒブナはこうした岸辺の植物がある場所に来るのだが…いない。
そして。この奥、釧路市博物館の方まで行くつもりだったのだが、11月に稚内の北防波堤ドームに居た時と同様に、なぜか戻らないと行けないような気に。こういう場合は直感に従って戻るようにしている。
10:30〜
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春採湖岸から目的地の一つである竹老園東屋総本店の前まで徒歩で戻る。営業開始までまだ時間がある。ということで、もう一つの重要目的地に行くことにする。それは、竹老園の建物の背後の崖の上の大きな建物。ちょうど竹老園の赤い三角屋根の頂点の上に見えるのが、それである……。
竹老園釧路地裁
すぐそばに見えるのだが、春採湖岸に近い竹老園の標高は約3.5mだが、その建物に至る坂の頂上の標高は約27.6m。距離は約160m。なんと平均勾配にして15%超の急坂である。15%と言われてピンと来ない人のために説明すると、箱根の国道1号の平均勾配が約10%である。
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旅行のリュックを背負い、一思いに上がるが、さすがに、息が上がる。竹老園からは見えなかった春採湖の水面が見えている。
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坂の頂上まで来ると、麓が見えないほどの角度である。路肩には危!急勾配 スリップ注意の看板も出ている。いやいや、凍結路面が日常茶飯事の北国でこの急勾配はやべえぞ…
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目的地には、坂の上の住宅街の路地の突き当りから歩行者が出入りできる遊歩道のような形で門が開放されている。綺麗に芝生が敷かれているようだ。
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丘の上から、千代ノ浦の低地越しに南西方向を眺めると、『日本』というより『極東』の都市という雰囲気が出ているような……いや、そりゃ日本も極東の一部ですけどね。敗戦後、ソ連が北海道の釧路−留萌線以北を領土にするよう要求しアメリカに断られたという話があるが、もし、釧路市街地に日ソ国境が引かれ釧路が分断されるような事態になっていれば、幣舞橋を渡ったこちら側(根室寄り)がソ連領だったかもと思うが、そういうパラレルワールドを見ているかのようだ(釧路の人に失礼な話で大変申し訳ない)。
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遊歩道経由で反対側に出る。本当は、こちらが表玄関に至る正式なルートだろう。斜面に、青木総合法律事務所という弁護士事務所が看板を出しているのが見える。
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そう、やってきたのは釧路地方裁判所である。都道府県庁所在地以外で地方裁判所があるのは、函館と旭川と、そしてこの釧路のみである。
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思っていたより新しく立派な建物だ。1993年の釧路沖地震や翌94年の北海道東方沖地震など震度6を観測する地震に二度見舞われて旧庁舎に被害が出て、2001年に新築が完成したという。丘の上の閑静な住宅街に囲まれた広大な敷地で、法律系のドラマや映画のロケ地にも「持ってこい」のように感じる。
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だいたいどこの都市でも地裁とセットの家裁と簡裁も。ところで、前回の(5)でNHKの放送局の話をしたが、北九州市はNHK放送局はあるが、この地方裁判所は無い。あくまで福岡地裁の小倉支部があるのみだ。北九州市は再三にわたって小倉支部の地裁昇格を国に働きかけているが、実現の目途は立っていない。
地方裁判所日本銀行支店みずほ銀行支店国立大学国立工業高等専門学校(高専)警察方面本部NHK放送局JR支社釧路運輸支局(釧路ナンバー交付)と、官民問わず普通は県庁所在地でなければ揃わないような施設が釧路にはある。
これが釧路の都市としての格かと思う。
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釧路地裁の隣には釧路弁護士会館もあり、司法関係機関が地裁の周辺に集まってきているのがわかる。釧路は道東の司法の中心地であると、改めて知らされる。釧路地裁の管轄範囲は釧路、根室、十勝管内と、オホーツク(旧網走支庁)管内のうち紋別市と紋別郡を除く地域となる。紋別地域は旭川地裁の管轄だ。
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地裁があれば、当然、それに対応して地方検察庁もある。地裁の向かいには、釧路地方検察庁の入る建物が。地検も地裁がある都市でなければ立地しないから、都道府県庁所在地以外では釧路の他には函館と旭川のみである。県庁所在地に準ずる都市・釧路の姿を見たいというこの旅行の目的はこれで叶えられた。

いよいよ釧路を離れる時が近くなってきた。(7)へつづきます。

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