私は2017年11月に宗谷と留萌を巡る旅をしたばかりだが、その記憶もまだ新しい2018年1月20日、また北海道へ行ってきた。

<釧路市街>
11:00〜
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件の急坂を下り、釧路地裁から再び竹老園東屋総本店に戻る。上りはただ息が上がり汗ばむほどの苦しさだったが、下りは恐ろしく滑るもんだから冷や汗もんだ。
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ちょうど時刻は11:00になるかならないかという時で、暖簾が風にたなびいていた。竹老園東屋総本店さんは、『東西の有名そば老舗店の会』として知られる全国新そば会の会員だ。全国新そば会といえば、我が故郷・津軽では弘前から高砂一力と2店も加盟しているが(凄い)、他は八戸に番丁庵があるだけで、青森市には一店舗も無い。わんこそばが有名な岩手県では盛岡の直利庵1店のみ。
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釧路の竹老園は、高砂とか一力で新そば会の季刊誌「新そば」を読みふける度に来てみたかった店の一つなのだ。新そばを読んでると、蕎麦好きの著名人のコラムなどでもしばしばよく名前が出てくる。一見さんの私は奇をてらわず、メニューの筆頭にあった「竹老園特製品コース」を注文した。まずは「かしわぬき」である。鶏のダシが美味ぇ。歩き回って冷えた体に染みるお味。
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続いて蘭切りそば。麺は細くて、冷たいつゆに合わせるといくらでもかきこめそうな滑りの良いのど越し。美味い。つゆは鰹ダシが濃厚だが醤油も濃く、独特な感じ。これは真夏の暑い日に食うと止まらなくなりそう。とはいうものの釧路の夏は東北で云う「やませ」のお化けみたいな強力な「じり」に見舞われ、暑くなることは殆どないんだよな。
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誘惑に負けてサッポロ★黒ラベルの瓶を発注してしまう。まっ、休みの日の真っ昼間から蕎麦屋で呑みながら蕎麦を手繰るってぇのは大人になったらやってみたかったことだね。日本酒は飲めない体質だけど。客も次から次へ入ってくる。席に着いて店員がお茶を持ってくるや否や「カレー南蛮」と「海老天かしわ」と「そば寿司」を即注文する客が複数いたのが印象的。常連さんか。
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続いて、茶そば。こちらは心なしか蘭切りより太いような気がするがどうだろう?コシがあってこれまた良いのど越し。こういう緑色のそばはあまり関東地方では見ない気がする(和食レストランとんでんで、緑色の麺に驚いてる客を見たことがある)。昔は青森でも食堂なんかでよく見たが、最近は関東と同じで緑じゃない色が多いかなと思う。
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いよいよ、楽しみにしていた竹老園の名物が登場。蕎麦屋でお重に入ってるって何だと思うよ?普通は蕎麦屋の天丼でも頼んだかと思いそうなところだが……
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これが竹老園自慢のそば寿司。まさに米を使ったお寿司のガリのような、甘酸っぱい味蕎麦を海苔巻にしているのだ。こんな形態は初めてである。ちなみに、葉っぱはパセリ。パセリは海苔に巻かれているのではなく、バランのような役割を演じている。
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蕎麦と海苔の相性は良いし、かけ蕎麦に海苔を敷き詰める「花巻」なんて蕎麦もあるくらいだが、これほど海苔がアイデンティティになる蕎麦料理もそうそう無いのではないか。海苔好きにはたまらない。甘酢の味をつけず、そのままの蕎麦を巻いたそば寿司もあるならば食べてみたい。まことに、ご馳走様である。釧路まで来てよかった。新そばの会の店舗一覧の地図で、北の端っこに燦然と輝く竹老園東屋総本店、堪能しました。
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これで今回の旅行の目的はほぼ達成。遅れることなく飛行機に乗るため、空港連絡バスが出るフィッシャーマンズワーフMOOまでの経路をGoogleに出させると……やっぱりあの急坂登らなきゃならんのですか。
11:30〜
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食後の運動にしては過酷な急坂を、地裁に通じる路地がある頂上まで登ると反対側の下りも恐ろしい斜度で、この極悪凍結路面でお出迎え。洒落にならない滑りやすさで、摩擦係数がほとんどゼロに近いんじゃないかと思うくらいにトゥルットゥル★スタッドレス履いてる四駆でも、この登りの途中で止まったら発進できないかもしれないぞコレ。
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Google mapは歩行者モードでも出世坂を認識できないらしく遠回りを案内しているので、富士見緑ヶ丘通を経由して最短ルートで戻ると、読売新聞と朝日新聞の同居する新聞販売店が。かつて道東や道北は主要都市でも全国紙がなかなか来ない道新の独壇場みたいな所だったと聞くが、こうして呉越同舟で読売と朝日が販売ルートを共闘することで道新の牙城に挑んでいる。帰ってから気づいたことだが、この先に朝日新聞の釧路支局もあり、そこに北海道テレビ(HTB)釧路支社も同居している。
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出世坂を下る前に、もう一度、幣舞公園に寄って幣舞ロータリーと幣舞橋をみていこう。すると、朝より視界が良好になってきているのか……
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おお、旧制釧路中学・釧路湖陵高校の校歌で歌われる『阿寒山』こと、雌阿寒岳と阿寒富士の山頂が朝よりよく見えているではないか。釧路湖陵高校の校歌のうち、二番の歌詞が幣舞橋から南側の春採湖付近までの地形を見事に表現する歌詞になっているので、引用しよう。
攻学の心 自治の魂(たま)
久遠の使命(つとめ) 胸に秘め
鈴蘭薫る 春採の
丘に微笑む 若人が
誠を雪に 類へつつ
理想は高し 阿寒山


幣舞橋を行き交うクルマの流れを見ながら、富士見地区にあった旧制釧路中学の風景を想像すると、卒業生だけではなく釧路市民の歌としても良いのではないかと思えるくらい良い詞だ。だれか、CD化する歌手は居ないのか。道東の旧制中学由来の伝統校でいえば他に帯広柏葉と北見北斗もあるが、どちらも学制改革の新制高校発足時に新校歌を制定している。釧路が旧校歌を守る決断をしたのも頷けるほど良い詞である。(全くの余談だが、旧制網走中学由来の網走南ヶ丘高校の校歌もまた良いのだ…)
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左遷街道を歩み続ける私らしく出世坂を今度は下って幣舞ロータリーに下りると、釧路川に並行していく市道が妙に風格を漂わせている上に、↑根室 122kmという、市道にしては壮大なスケールの距離表示をしているのにピンときた。国道44号の旧道らしい。帰宅後に調べると、1990年まではまさに幣舞ロータリーで国道38号から国道44号にバトンタッチしていたようだ。
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釧路川。子供の頃に来た時はまだ「旧釧路川」が正式な河川名だった。地元の官民挙げて国に陳情を続け2001年に「釧路川」に名称を戻したという歴史がある。ただ新釧路川との分岐点にあたる岩保木水門は完成以来一度も開門したことがなく、屈斜路湖からの水はすべて新釧路川の方に行ってしまうようだ。岩保木まで行くともう釧路川には水が全くないらしい。
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岩保木水門より下流側にも別保川などの流入河川があるので釧路川に補給される淡水も多少はあるのだが、市街地の幣舞橋とか久寿里橋とか旭橋の辺りの下流部ではほぼ海水に近い汽水だろう。内陸に深く食い込む海の入江みたいな感じではないかと思う。
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幣舞橋の下流側を渡って中心市街地に戻ってくると、「きたかみ」という理髪店を発見する。北上姓は青森の十和田とかむつとか岩手県など旧南部領に多い苗字だが、新潟県にも多いらしい。そういえば北海道方言の有名な単語の一つである「なまら」は津軽や南部では全く使わず、実は新潟方言だと聞く。新潟も北海道に開拓に行ったご先祖様の多い土地。この方のご先祖様はどこだろうか。
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釧路の北上さんのルーツは不明ながら、釧路・根室では津軽よりも南部や伊達方面の苗字が多い気がする、とは(5)でも書いた。そのせいか、稚内に行った際に豊富で目撃したお爺さんのような津軽訛りの北海道方言を話す道民を今回の旅では見ていない。釧路は津軽にルーツを持つ人があまりいないのかもしれない。フィッシャーマンズワーフMOO隣接の植物園に記念植樹があるように、釧路は鳥取から多くの開拓団を受け入れた歴史もある。
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こちらは秋田県湯沢市との姉妹都市を記念した樹木。釧路市のHPによれば「戦前からをはじめ、ワラ工品、木工品の移入などを通じて経済的な交流があった」という。そうか、米の関係か。釧路は稲作限界である留萌の遠別町よりだいぶ南に位置し、日本海側で言えば後志の岩内町とほぼ同緯度にある(札幌市中央区よりも南である)。しかし釧路は「じり」のせいで夏は冷涼で雨が多く、とてもコメの生産ができないのだ。
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フィッシャーマンズワーフMOOに入ると、釧路のお土産品としても人気急上昇の魚政さんのさんまんまのコーナーに、見覚えのあるご尊顔。日高晤郎さんではないか。日高晤郎は2月3日の「日高晤郎ショー」を番組35年の歴史で初めて休んでしまったが、翌週10日の放送は見事に復活。北海道での知名度、影響力は凄まじいものがある。最近では道外でもradikoプレミアムを使えばSTVラジオが聴けるし、爆笑問題太田光とかがラジオで触れるので道外でも日高晤郎の名を知っている人も増えていると思うが、もともと「晤郎ショー」は昼の番組なのでリスナーの分布域は北海道内と青森県とせいぜい岩手沿岸北部あたりまでではないだろうか。これを見て「お、日高晤郎のサインじゃないか」と気づく道外観光客はどのくらいいるのだろう。
いずれにせよ、和商市場の中でも「晤郎ショー」を聴いている店主がいたし、モンキーパンチのふるさと浜中町のラジオCMもあるし、厚岸漁業協同組合やはぼまい昆布しょうゆのCMなど、釧根地区は晤郎ショー人気が高そうな気がする。聴き慣れた函館エリアのCMは、こんなに多くはない。
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和商が休みだというので、ここで実家に帰省中の嫁さんに土産をと考えたのだが、どこも高い……。迷いに迷い、逡巡していると店の方から「値引きする」と言ってきた。周辺に他の市場や魚屋もないので、手を打ち、嫁さんの実家に毛ガニとタラバの脚を発送。前回の稚内の丸善で買ったタラバの3倍近い値段だった。稚内のタラバに感激していた嫁曰く、釧路のタラバは期待に反しほぼ氷、だったそうだ……失敗。
くしろさんぽ
なんだかんだ、釧路市内散策での歩行距離は9.4kmに。
<釧路市街−釧路空港−東京>
12:50〜
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搭乗予定のJAL542便に乗るには13:10発のバスで良いのだが、釧路空港を見て回りたいので1本早い12:50発のバスに乗る。ANA新千歳便に間に合う設定のバスということで、乗客が乗ってくる度に運転手が「4874便、天候調査入ってます」と情報提供していた。釧路は快晴だが新千歳はかなり吹雪が酷いらしい。
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釧路は大楽毛の辺りでぷっつりと市街地が途切れる印象。子供の頃はこのまま国道38号で室蘭港フェリーターミナルまで走ったんだよなあ。うっすらと記憶によみがえる。
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国道240号に入ると道東道 阿寒ICの標識が出ている。道東道の延伸は本当に嬉しい。私は行けていないが、青森に住んでいた時代のバイク仲間は夜発の八戸−苫小牧航路で朝に渡道し、午前中に釧路入りして和商で勝手丼を食べて、摩周湖と屈斜路湖経由でホテルニュー阿寒宿泊、なんて道東弾丸ツーリングを毎年実施している。
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公共交通機関と徒歩の旅の良いところは、飲みたい時にビールを呑めることだが、まりも国道の標識を見るとドライブに行きたくなってしまう。
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『阿寒山』が正面に見えてきた。この景色を目に焼き付けて、飛行機で札幌や東京などの大学受験に出発する釧路湖陵高校の3年生もいるのだろうなあ。そしてふと思い出したのが、北見出身の大学時代の友人。彼は合併前の旧北見市ではない郡部の出身なのだが、自宅からは通学ができない距離にある道立進学校の北見北斗高校に下宿で通うのではなく、私立で全寮制の函館ラ・サール高校に進学したと言っていた。釧路湖陵高校も釧路・根室管内でトップ進学校ではあるものの、釧路市から距離のある浜中町や弟子屈町、中標津町や根室市から難関大学進学を狙う中学生であれば、函館ラ・サールのような全寮制の私立の方を選ぶ方が良いかもしれない。
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青森市にある私の母校にも、下北郡や西津軽郡など学区外から下宿で来ている同級生は少なくなかった。彼ら彼女らの中には地元で「神童」と呼ばれていたくらいの者もいて、中学時代は最低でも5教科で480点は取っていて、高校1年生の1学期も「この調子なら北大、東北大合格は間違いないし東大も狙える」くらいの勢いでをスタートするも、親元を離れた解放感から青森市で遊んでしまって徐々に成績が落ちてしまう奴も結構いたのだ……。まあ、遊びまくっていても成績の落ちない神童はいて、郡部から来て東大まで行った奴もいるが。
そんなことを思い出しながら、バスは順調に流れて定刻でたんちょう釧路空港に到着。
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旭川空港もそうだったが、釧路空港も本州の地方都市の空港に比べると立派である。旭川は特定地方管理空港、釧路は国管理空港の違いこそあれ、どちらも空港法では「拠点空港」に分類される空港ということで、その多くが「地方管理空港」に該当する本州の地方都市の空港より予算が充実しているのかもしれない。
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青森空港も三沢空港もレストランは1軒しかないのだが、旭川同様、釧路空港も複数の飲食店が入っている。
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保安検査場の前には道東道 くしろ急接近のPRも出ている。でも、釧路の道東道って、公団フォントじゃなくヒラギノじゃなかったっけ?それだけ公団フォントが高速道路用として認知されている証かもしれない。
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旭川空港の時と同じく、北海道を離れる儀式として北海道牛乳ソフトクリームを頂く。美味い。なお、搭乗前に「白い恋人ソフトクリーム」もあることに気が付くが、後の祭り。
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サッポロクラシック生も飲む。やっぱ、使い捨てプラカップで呑むクラシックが一番美味いなあ。東京に戻ると缶のサッポロクラシックは飲めても、こうして生をジョッキやカップで呑める機会は無くなる。実に名残惜しい。
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機内の人になり、窓の外を眺めると、『阿寒山』がより大きく見える。弘前市民にとっての岩木山、青森市民にとっての八甲田山のように、釧路市民も釧路を離れる際にこの阿寒のお山を眺めて郷愁に浸るのだろうなあ。
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さようなら、釧路。

乗って軽く昼寝すれば東京という、飛行機独特ののワープ感。
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目が覚めると東京湾上空で、まさに真横にANA機が並行している状態。このままほぼ同タイミングで羽田空港に着陸。稚内・留萌に比べると余裕のあった釧路・根室の旅、これにて完。

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