青森県は平成の大合併を機に、67あった市町村が40に再編された。
2004年7月に旧五戸町と旧倉石村が合併して五戸町になったのを皮切りに、2006年3月の旧下田町と旧百石町の合併によるおいらせ町の成立まで17件の合併があり、現在に至る。

かつてあった67市町村の現在の人口は現在どんな感じなのだろうか?
合併後も毎月旧市町村区域別の人口統計を発表してくれるありがたい自治体もあれば、統合された総人口の発表しかしてくれない自治体もあり、最新の2018年7月期の数字では比較ができないが、5年に一度ながら地域別の人口統計を出してくれる国勢調査のデータを利用しようと思う。

前述のとおり平成の大合併の青森県第一号となったのが2004年の五戸町だから、そのひとつ前の国勢調査である2000(平成12)年当時の67市町村の人口を100とした場合の、最新の国勢調査である2015(平成27)年の人口がいくつになるのか計算し、まとめてみた。

青森県旧67市町村2000年人口比
【図はクリックで拡大します】

青森県全体で見ると、2000年の人口の1,475,728人を100とすると、1,308,265人に減少した2015年の値は88.7ということになる。

2000年よりも人口が増加したのは、旧下田町のみで116.1にのぼる。
北東北最大の工業生産額を誇る中核市・八戸市と、米軍・自衛隊や六ヶ所の原子力関連産業従事者の居住地になる三沢市に挟まれる好立地が影響したのだろう。
下田と隣接する六戸町も99.4で、ほぼ横ばいという数値にとどまった。

一方、津軽地方からは旧柏村が98.9と善戦
もともとの村域面積がわずか14.3k屬噺内で最も狭く、土地も平坦で、中山間地域など限界集落が発生しがちな「僻地」らしい地域も存在しないという地形条件があり、さらにイオン柏ショッピングセンターなど大型商業施設が立地し、五所川原市に隣接するという好条件が揃ったのが要因か。


一方、減少した中では旧脇野沢村が54.9と、2000年から45%も減少という数値に。
次いで旧三厩村が60.6とほぼ4割減、旧平舘村も64.6と35%以上減。
さらに旧小泊村旧川内町が68.0と、下北半島と津軽半島の先端に近い方で、それも合併で役場がなくなった旧町村がワースト5を独占する事態に。

報道では「今別町の人口減少率が最悪」とか言われがちだが、同じ半島先端部でも合併をしない選択をしたり、合併後も役場所在地であり続けることが出来た町村はワースト5入りを免れる結果になっているのだ。

合併前から衰退が激しくて、そもそもそこに役場を置くという意見が多数派を取れないような状態だったのか、合併後に役場を喪失し公務員経済が冷え切って衰退したのかは詳しく検証が必要だと思うが、大合併の陰に隠れた激しい衰退が進行する旧町村があるというのは間違いなさそうだ。

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