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五所川原から青森に移動し、みちのく有料道路経由のルートにて移動し、国道4号から下北半島縦貫道路を北上する。
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下北道は基本的に片側1車線の対面通行だが、野辺地木明IC野辺地北IC六ヶ所ICと約6kmに1回は追越車線があって、遅い車に塞がれてもすぐに追い越せるのであまりストレスを感じない。
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横浜吹越ICからは在来の国道279号で横浜町、むつ市へと北上する。この数日の青森は本当に天気がめまぐるしく変わり、おおむね南部の方は荒れ気味で、津軽の方は晴れ、そして下北は荒れてるのか晴れているのか、そんな感じだった。
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むつ市内の目的地に着くと、また青空が出ていたりもした。MIT二戸中継局向けの30素子高利得アンテナを見ると、むつは遠距離受信が青森県内でも熱い地域だと思える。青森市内だとこういう景色はもう、ない。
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下北名産センターに移動して昼めしとする。いくら・いか丼。人のお金で食べるものは美味しい。
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釜臥山に登って、海を望む。陸奥湾の中に位置する大湊湾の中に位置するのが芦崎湾だ。形状がまさかりに例えられる下北半島で柄の部分にある吹越烏帽子岳をみていると、地球の丸さを感じる。
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芦崎湾は本当に美しい。南に広がる海から、遮られることなく太陽光が降り注ぐ「陽」の世界だ。芦崎の砂嘴を含む芦崎湾沿岸部は海上自衛隊大湊地方隊の敷地であり、湾内には海自の艦艇が見えている。格好良い。
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芦崎の眺めを満喫して山を降りていったん宿へ。画像処理したが、普通にMIT(岩手めんこいテレビ)が復調している。宿に来ると、ついついチャンネルを確認してしまう癖が相変わらず抜けない。
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宿を出て田名部の中心部に出ていく。むつ市はかつて1959~60年の1年弱だけ大湊田名部市を名乗っていたが、文字通り大湊町と田名部町の合併で成立しており、現在も市街地は田名部と大湊に分かれている。
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少々時代を感じさせるみちのく銀行のATMコーナーで現金引き出し。周辺には他にも銀行支店や信用金庫、信用組合なども建ち並んでいる。
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みち銀を出ると、けんしんようの前を国鉄バス…もといJRバスが走り抜けて右折していく。
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JRバスが右折していく先は、まさかりプラザだが、貼りなおす前に書かれていた行先は田名部駅だろう。なにせ県道273号の路線名が「田名部停車場線」というくらいだ。
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交差点の角に立つ大きな建物は青い森信用金庫。先ほどのけんしんようとは青森県信用組合のことで、ややこしいが全く違う組織である。青い森信用金庫成立前は、ここが下北信用金庫本店だった。
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カドを曲がって、県道273号田名部停車場線に入り、振り返って突き当りの商店を。
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田名部駅通りに入ると、電柱広告に「RFSリサイクル燃料貯蔵」の文字。むつ市は原発こそ立地していないが、原発で使用済みとなった核燃料の中間貯蔵施設が立地する。看板広告を扱う広告代理店は東北電力系の東北電広社だ。
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反対側には蔵造りのような瀟洒な建物の「IZACAFE月うさぎ」。店の名前は変わったかもしれないが、高校時代と免許取り立ての頃に食事をしたことがある。たらこパスタが美味かった。
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続いてその並びの雑貨店のような店舗に近づくと、店番の視線を感じる。
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視線の主は、店先のテラス席に佇むネコ様。
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「お客さんかい?」というような仕草でイスから立ち上がるネコ様がまことに可愛らしい。そういや去年稚内でも店番ネコと戯れたが、元気かな。
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第一生命の営業所も。こうして田名部には保険会社も立地していて、先ほど見かけた銀行や信用組合・信用金庫とともに下北の金融・保険の中心地となっているのだ。
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靴屋さん。営業している個人経営の商店が多く、廃墟や閉店した店舗が多かった稚内より、むつの方が賑やかな感じがある。
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カメラ屋さん。田名部は写真館が多いかもしれない。
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下北交通バスターミナル
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上北郡六ヶ所村の泊に位置する「泊車庫」行きが発車のときを待っていた。六ヶ所村も、南の方の「半島の付け根部分」だと三沢市や八戸市と密接だが、村最北部で「まさかりの柄の部分」の泊だとむつ市との関係が強いようだ。
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むつ松木屋と、おき薬局。おき薬局は30年くらい前だと思うが、RABテレビにCMを出していたような記憶がある。
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むつ松木屋の全景。松木屋といえば青森県の百貨店として青森市と十和田市にもあったが、もうむつ松木屋しか残っていない。1996年に十和田松木屋に行ったことがあったが、その時点で店内に食堂もレストランもなかったし、青森の松木屋も2000年の頃の時点で蕎麦屋(信夫庵)が1軒だけ入っているような状況だったが、むつの現在は果たして。
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この日は営業を終えていたが、蕎麦屋があるらしい。これは食ってみたいな。とりあえず、売り場に行ってみようか。
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えっ。さとちょうなの?
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さとちょうとは弘前市に本店がある佐藤長が運営しているスーパーマーケットの屋号だ。雰囲気は普通の食品スーパーじゃないか。
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お総菜コーナー。いやあ、あまりデパ地下っぽくもない。本当の食品スーパーみたいだ。同じむつ市内でもマエダ百貨店(マエダ本店)は化粧品売り場もあったりとデパートらしさもあるのだが。稚内の相沢食料百貨店みたいに、建物はデパートだが、事実上1階だけの食品売り場営業に特化してしまっているのだろう。
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2階に上がる階段も閉鎖。2階は催事コーナーになっているそうだ。まあでも、往年の青森の松木屋を思い出させる配色が懐かしい。一旦、また街へ出るか。
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むつパークホテルと、とびない旅館。さすがかつては田名部駅があったというだけあって、今度は宿泊施設が立地し始める。田名部の土地利用は面白い。
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むら井旅館。むら井旅館は私が所有する道路地図で最も古い昭和56年の昭文社の全日本道路地図のむつの拡大図にも出てくる旅館だ。ここに泊まればよかったかなあ。
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その向かいにあるのが、まさかりプラザ。下北地域の物産館だ。
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そしてJRバス田名部駅。先ほどのJRバスも停まっている。宇曽利川行きか。
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そしてかつて田名部駅があった場所。
駅舎はもう残っていない。僕は2000年の7月に当時の下北交通の田名部駅→下北駅間に乗ったことがある。硬券も記念に持ち帰った。懐かしい。
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駅舎跡は砂利になっているが、ホーム跡は今も残っているのが見えた。入っても問題ないそうだ。
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下北方を望む。もともとは国鉄大畑線が下北−大畑を結んでいたが、1985年に下北交通大畑線となり、2001年に廃止されてしまった。
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大畑方。大畑線は大間を目指して建設が進められ、ゆくゆくは対岸の戸井線(未成線)経由で函館と連絡する予定があったわけだが、もし青函トンネルが下北半島−亀田半島ルートで建設されていれば、今でも田名部に線路も駅もあっただろうし、田名部駅併設か田名部郊外に新駅建設かはわからないが、北海道新幹線の駅も出来ていただろう。
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国鉄に切られ、下北交通も存続を諦めた鉄道の田名部駅の横に、JRバスの田名部駅があるというのはなんという皮肉か。
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結局、大都市と違って旅客の大量輸送と自動車交通を凌ぐ安定した定時性が求められないような地方部では、鉄道よりバスの方が利便性が高いというのに尽きるのだろうなあ。路線網も細かく設定できるし。
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ストッキングで有名なアツギが運営するカフェ・椿。むつにある東北アツギの工場でアツギ全体の半分を生産し、パンストの生産額は青森県が日本一だという。むつ市は青森県の中でも東京からの遠隔地ゆえいろいろなハンディがあるが、軽量でかさばらず、大量輸送できるストッキングなら勝負できる。
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一方で潰れたお土産物屋。うら寂しく感じさせる。
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駅前通りから折れて、繁華街方面をめざす。スリムドカンの店。まだあるんだなあ。
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さらに折れる。とびない旅館別館という建物が見えてくる。栄えていたんだろうなあ……
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人道橋で水路を越えると…
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戦後の闇市から続くという田名部の歓楽街に入って行く。
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この雰囲気は青森県内の他市の繁華街にはあまりないぞ。
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神社横丁というらしい。
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まだちょっと早かったべか?
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一通り見て、やっぱりお気に入りの店・二合半へ。
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>rettyでは「こなから」とわざわざ難しい読み方をあてているが、電話を受けた女将さんが「はい、ニゴウハンです」と言っているので、普通に二合半をニゴウハンと読んでOK。

何はともあれ、走裕介の「昭和縄のれん」の時間だ。

♪ひなびた路地の縄のれん 焼鳥は世間のすみで味わうものと――
縄のれんじゃないけれど、蚊取り線香の匂いが漂うのれんをくぐるのもいいじゃないか。

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生ビールで乾杯。
アサヒィ!スーパー ドゥラァーイ!
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親父さんは北海道・空知の元炭鉱夫で、むつに移住して開業。焼き魚は北海道や青森県といった北方の魚を使っているという。まずは自慢のカレイを。美味い。
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炉端の店だが、実はカレイの煮つけはもっと絶品。
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走裕介を心の中で口ずさみながら、世間のすみで味わう焼き鳥。うめえんだ。
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〆に特大サイズのエビも注文。
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果物ナイフと並べてもこの大きさ。プリップリを通り越して、ブリッブリの噛み応えである。エビ味噌がまたうめえんだ…
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ごちそうさま。
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神社横丁も日が暮れた。
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田名部の歓楽街は本当に味わい深く、都市の規模でほぼ同じ五所川原の川端町よりずいぶんと店が多く賑やかで、むつ市より規模の大きな十和田市と比べても繁華である。
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青森県でへぎそばの店があるのがすごい。きっと、柏崎刈羽原発から転勤で下北に来た人たちには懐かしい味として喜ばれるだろう。
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洒落た創作和食の店も。これが平成の大合併前で人口5万レベルの都市の歓楽街とは思えないほど充実している。むつの歓楽街は田名部だけではなく大湊にもあるのだ。いったいどこから客が来て街を支えるのだろうかと思うが、遠隔地ゆえの出張宿泊客や単身赴任者の外食需要、そして電力関係の接待や、若い自衛隊員や家族の旺盛な消費活動があるのだろう。
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こうして夜風を浴びながら宿に戻り、テレビをつけると。
なんとめんこいテレビが映らなくなりそうにブロックノイズが出ている!
そして、
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映らなくなったーw
やっぱり限界ギリギリなんだなあ。しかし、アナログ時代のように徐々にノイズが出てきて最終的には砂嵐になってしまうという推移はみれないにせよ、地デジで映らなくなる瞬間とまた映りだす瞬間を見るというのは、アナログっぽくて楽しい。

このあとシャワーを浴び、すぐに寝て、翌朝はまた下北半島縦貫道路で実家へ。
むつへの小さな旅はこれにて終了。

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