2017年11月に宗谷・留萌の旅を実施し、2018年1月に釧路・根室の旅を実施してから1年。
道北・道東に続いては道南。2019年1月30日、函館へ行ってきた。

前回までの(1) (2) (3) (4) (5) (6)は、左記リンクへ。


<五稜郭地区>
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さすがに閉店予定もない絶賛営業中の店舗内では撮影がはばかられて写真がぶれておる。とりあえず目的の場所へ向かい丸井今井函館店の地下へ。さすが北海道を代表するデパート、青森のさくら野の地下より華やかである。
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ここが目的のそれだ。五稜郭アーカイブ。五稜郭の交差点の地下道と、丸井今井函館の地下が繋がっているのだ。規模は小さいながらも、何やら地下鉄と繋がる東京都心のデパートみたいな雰囲気も漂う。
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1973年に五稜郭交差点地下道として整備されたものを2016年に改修し、展示スペースを設けたのだという。
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この奥はシエスタハコダテ。こちらも丸井今井とともに五稜郭の商業の核の一つを構成している。
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地下通路にはホームレスがいた。東京のホームレスは雨宿りなどで一時的に地下鉄駅や地下通路に滞在することがあっても、彼らも深夜には必ず追い出されるのを知ってか、地下で見かけることはあまりない。北海道でのホームレスの越冬は厳しいものがあろう。
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地上に出る。「古戦場函館五稜郭街道」の看板と、正面にシエスタハコダテのビルが見える。函館市電は写真の右側─函館駅前電停方面から、写真奥の湯の川方面へと繋がっている。
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五稜郭の交差点から、湯の川とは反対側の万代こ線橋方面へと歩いていく。向こうに五稜郭タワーが見えた。五稜郭タワーは大間からもよく見える。函館のランドマークの一つだ。
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見に来たのはこれ、青森銀行函館支店だ。昔は末広町の方に函館支店があったが、今は五稜郭に構えている。
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青森県内の支店と比べても遜色ないどころか、規模の大きい主要店舗という雰囲気の店構えだ。
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ご覧の通り、函館支店は路面店である。東京支店はすでに空中店舗となってしまい、もはや在京青森県人が預貯金の出し入れをする身近な店舗というより、中央との連絡事務所(FSA担、すなわちかつてのMOF担のための部署)の風情である。
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北海道や函館市、北斗市、七飯町などの自治体の収納代理金融機関になっていたのか、青森銀行函館支店よ。拓銀なきあとの北海道の中でも、函館は金融激戦区のようだ。
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ひとまずこれで、地方都市の銀行支店好きとしては「青銀函館支店を見たことがある」という実績が出来た。即座に五稜郭電停へと向かって戻ることにする。あいかわらず滑る滑る……。
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ところで、千代台公園までは390mで、850mの五稜郭公園まで行くより近いんだな。千代台公園といえば、弘前はるか夢球場が完成する前は、青森最寄りのプロ野球(日本ハム)1軍戦開催球場である函館オーシャンスタジアムのある所である。オーシャンなら函館駅からでも歩けないこともない。ということは、五稜郭も駅前から歩けてしまうのか。
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どうも東京に暮らすようになってから歩く距離が伸びており、たまに地元の人間に話すと驚かれたりする。昨年の釧路の旅では2日間で10km以上も歩いている。歴史ある教会と勘違いした中国人の若い女性から記念写真の撮影をお願いされたが、これは「♪冠婚葬祭ベルコ」のCMで知られるベルコが経営する結婚式場ベルクラシック函館である。
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そして発見、北海道テレビ放送(HTB)函館支社。釧路の旅では釧路支社の目の前を通過していながら後で気づくという失態をさらしたが、函館ではしっかり確認。地方都市にきたら、銀行と放送局は押さえておきたい。
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五稜郭の交差点からは、五稜郭公園方面にレンズを向けて北海道新聞函館支社のビルも映しておく。道新はでけえな。
<五稜郭公園電停〜末広町>
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電停に戻って来た。この奥は湯の川方面。高校の卒業旅行で乗って以来だな。鹿児島熊本長崎など、私は路面電車の有る街が好きだ。

市電の谷地頭行きが来た。どうやら谷地頭にも親戚が住んでいるらしいが、私は会ったことがない。親や祖父母に尋ねると北海道内各地に親戚がいるようだが、ほとんどは会ったことが無い。ともあれ、市電で移動中にどうしても見ておきたいのがもう一軒。

みちのく銀行函館営業部である。
(動画では45秒頃〜)
なんと「営業部」である。みち銀で「営業部」を名乗る店舗は、青森市の「本店営業部」のほかに同行の前身の弘前相互銀行本店のあった弘前市の「弘前営業部」、そして八戸市の「八戸営業部」しかない。東京の「東京"支店"」は別格だろうが、県内の他市や北日本最大都市・札幌市や秋田県大館市、岩手県盛岡市、宮城県仙台市など県内外諸都市で「営業部」を冠する出先は無いのだ。
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みち銀を過ぎ、棒二森屋の前も通過し、谷地頭まではいかず十字街電停で下車だ。十字街は11年ほど前に、鳳来軒の函館ラーメン食べに来て以来かな。ここからは歩き。
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末広町方面へ歩いてほどなく、二十間坂の下に。この辺のはずなのだが。。。
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二十間坂を上がれば函館の東本願寺とハリストス正教会の協会があるという、歴史情緒あふれる函館らしいエリアなのだが、今回の目的地はそっちではないのだ。
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多分ここなんだよなあ、この駐車場、かつての青森銀行函館支店(のちの末広町支店)の跡地のはずだ。もともとは末広町の方に函館の都心があったという歴史を物語る存在だったと思うので、無くなったのが惜しいが今も五島軒がある。
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函館山の送信所群と、五島軒を望むこの空き地の形状からして、旧青森銀行函館支店(のちの末広町支店)で間違いないと思うが、違っていたら失敬。
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まあ、もう見たかな。時間も残りが少なくなってきた。棒二森屋の地下の酒売り場はがらんどうになっていたし、交差点の先のコープさっぽろに行こう。
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サッポロクラシック500ml缶24本パック箱買い。
12kgの重さがあるが気にしていられるか。人力で担いで本州に輸送する。
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十字街電停まで戻ってきて、下北の幹線の印象の強い国道279号のおにぎりを写真に収めておく。小学校の時、函館でこれを初めて見たときは感動したよなあ。
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また同じ写真だが、駅前に戻って棒二森屋地下に潜って、ハセガワストアのやきとり弁当を買い込む。
オーダーして待っている間、制服のグレーのコートを羽織ったJR北海道の女性社員が3人ほど買いに来ていた。ハセガワストアの店員のお兄さん曰く、ここが閉店後はベイエリアの店舗が函館駅から一番近いのではないか、とのことだ。
<函館駅〜新青森駅>
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快速「はこだてライナー」に乗り込む。中国人がきちんとドアの「閉」ボタンを押して閉めるのに、旅行中と思われる標準語の壮年夫婦は乗り込んできた後も頑なに閉めようとしない。寒くて仕方がないので、私が歩いて閉めに行った。一昔前は中国人のマナーの悪さを批判する風潮もあったが、日本人は民度でもいよいよ中国に負ける時代になってきたか。

そんなはこだてライナーの横をトコトコと道南いさりび鉄道の木古内行列車が出て行った。かつての江差線だな。木古内ー江差を乗ったのも懐かしい。
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いさ鉄が出た後、函館ライナーも発車である。さすがは電車だ。加速も滑らかに一気に北上し、120km/h近い速度で巡航していた。新幹線で来た函館への客をいさ鉄のようにキハ40とかに乗せては走れないわなあ。
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はやぶさ東京行。新函館北斗駅の函館→新青森・東京方面の乗り換えは、本当に壁1枚隔てた自動改札を通過すると実現してしまう。これを知らないで、新函館北斗の駅で買い物でもしようと考えていると、いきなり目の前に新幹線がいて面喰いそうだ。
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発車したら、ハセガワストアのやきとり弁当のお出ましだ。
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本当はタレが美味いんだが、今回は気分で塩味に。塩も美味えわ……ビール飲みたい。
ゆっくり食べ終わる頃にはもう木古内を過ぎ、青函トンネルに入ろうかというところだった。
青函トンネル内は、普通に寝た。

青森の上磯の灯りが見えて来たら、あっという間に青森の都市の夜景が見えて来て、新幹線は新青森駅滑り込んだ。海峡線時代は、蟹田からも長かったよなあ…あれも風情はあってよかったが。

新青森でホームに降り立つと、ねぶた囃子が流れはやぶさは東京へと出て行った。
良い時代になったもんだ。早く札幌まで開業してくれ。
これにて函館の旅、終了。


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