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 8月19日に下北地方を代表する祭礼行事の一つであり、京都祇園祭の影響を受けているという「田名部まつり」を見に行った。まずは夕刻、旧大畑線田名部駅前の「むつかさまい館」付近に陣取り、みこし祭りを待つ。青森県内の主要な祭りは山車が多く、神輿はあまり見たことがない。
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 祭りが始まるまでの間、旧田名部駅前周辺を散策すると、以前むつへの小さな旅でも見ていたお土産屋が電気をつけているではないか!?売り物もあるようだ。営業しているところを初めて目撃したぞ。
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 お土産屋の前で写真を撮っていると、かさまい館の方がにわかに賑わってきたのを感じ、急いで戻ると、宮下宗一郎市長(写真左)を殿に神輿渡御が始まろうとしていた。
 宗一郎市長は1995年3月に田名部中学校卒業後は青森高校、東北大学法学部と進んで国交省キャリア入庁。外務省出向中の2014年に父親の順一郎前市長が脳卒中で急逝し、ニューヨークから帰郷し選挙に打って出てむつ市長に就任した。
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 むつ市長に続いてはミスおしまこの美女も登場。おしまことはむつ市田名部付近が起源とされる流し踊りであり、田名部まつり期間中にはおしまこ踊りも出てくる。神輿に山車に流し踊りと、田名部まつりは実に様々な要素が複合した祭りなのだ。
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 そして第一田名部小学校を先頭に、みこし祭りの神輿渡御がやってくる。田名部と大湊という二つの市街地を擁す旧むつ市内では、表立った喧嘩や仲違いは聞かないが、それでも田名部と大湊の二大勢力派閥があるように思う。宮下市長は大湊小学校卒だが卒業した中学校は田名部中学校であり、両方に顔が利くという。


 かさまい館を出発するみこし祭りの神輿渡御を動画にて(約12分)。
 場所はむら井旅館の向かい。大畑線現役当時は田名部の玄関口だった田名部駅前の宿泊施設を代表する旅館の一つだ。神輿は田名部駅前通りに曲がって、とびない旅館やむつパークホテルの前を通過し、むつ松木屋方面へ進む。
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 「わっしょい!」の掛け声とともに神輿渡御は田名部駅前通りを西へ進んでいく。松木屋や下北交通バスターミナルのある当たりが大いに盛り上がっているのか随分と明るい。鉄道がなくなれば普通なら寂れてしまいそうな駅前通りだが、バスターミナル機能は残ったし、下北随一の繁華街に隣接し、宿泊する出張客や旅行客も集まるエリアのため今でも一定の賑わいのある通りである。


 むつ松木屋付近での神輿の披露の様子も動画に(1分以内)。
 「わっしょい!」が掛け声の祭りは青森県内では珍しい気がする。
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 駅前通りから田名部神社方面へと移動する。この先、右側に田名部神社があるのだが、なんだか賑やかなお囃子が聞こえてくるので先を急ごう。
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 むつ市田名部の繁華街は普段でも、県内3市(八戸、青森、弘前)の次なんじゃないかと思わせるほど賑やかで規模も大きいのだが、普段絶対に夜中に飲み屋街に来ないような人たちもたくさんいて、活気のあふれ方が違う。


 お囃子の山車が五台並ぶ田名部神社前まで徒歩で移動し、約5分ほどお囃子の様子を動画にて。
 ねぶた・ねぷた・立佞武多と三社大祭が知名度では突出しているし人出もけた違いに多いのだが、田名部まつりのお囃子は本当に良い風情だ。
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 会期中、田名部神社の正面に田名部の山車5台が集結し、太鼓や笛でお囃子をかき鳴らし続けるのだという。ねぶたやねぷたなど津軽の祭りの勇壮なお囃子とは異なり、田名部まつりの囃子は優雅でどこか儚げなお囃子だ。
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 二階部分には山車人形が。帰宅後に分かったことだが、こちらは後山の「香爐峯」。新町の組の山車で、ご神体は清少納言だという。ということはこの人形は清少納言か。
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 清少納言の新町の組に続いて、手前から本町・田名部町、柳町、小川町、横迎町の組だろうか。田名部各町の五台の山車が田名部神社前に集結するのだ。
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 田名部神社の正面から続く飲み屋街の路地に下がって、山車越しに神社を望む。本町・田名部町の組の山車の二階には真っ赤な鯛をかかえたえびす様の人形が。右側の角はかちかち山という居酒屋。
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 祭りの夜の田名部神社。青森のねぶた、弘前のねぷた、五所川原の立佞武多、その他の県内各地のねぶた・ねぷたに共通することだが、ねぶた系の祭りは神社との関わりが無いように思う。津軽には「夜宮」があって、神社や寺院の境内に出店が並ぶ祭りが盛んに行われるのは見ているが、街の大きな祭りと神社がセットになるのは津軽の人間からみると珍しく感じる。
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 今では下北=斗南藩の印象が強いように思うが、田名部神社の歴史を見ていくとやはり南部氏との関わりがかなり古くからあるようだ。田名部には城はないが盛岡藩の代官所が置かれ、江戸時代には盛岡の南部の殿様に代わって田名部の代官が祭典の執行に携わっていたという。
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 青森県の旧盛岡藩領域で代官所が置かれていたのは三戸、五戸、七戸、野辺地、田名部の五か所だが、市制施行に至ったのは盛岡から最も離れた田名部のみであり、代官所のあった街に伝わる祭りで現存するものでは田名部まつりが最大規模かもしれない。
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 カラフルなトロピカルジュースの屋台。パチンコ屋のような下品な電飾ネオン看板を使わずとも、人工的な鮮やかな彩りを加えられるトロピカルジュースやかき氷シロップは偉大だ。
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 賑やかな太鼓と笛の音が聞こえるので奥に行ってみると、能舞のようだ。青森県で能舞が見られるとは。


 田名部まつりでは二日目の夜に田名部神社境内で能舞奉納が行われているのだという(動画約3分)。能と歌舞伎は別物だが、下北半島はむつ市奥内や佐井村福浦では歌舞伎も行われていて、普通なら東京や京都でなければ見られない伝統芸能が今も続いているのが興味深い。
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 ひと通り田名部神社境内を見て回ったところで、本殿から見て右側に灯りのついた隠し通路的なものを見つけてしまう。ドラクエだったらこの先にアイテムかストーリーの進展に必要なイベントが隠れている感じだ。行くしかない。
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 その先はご覧の長屋のような飲食店街。戦後の闇市からずっとこんな感じだったのではないか。
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 そして飲食店街の通路を抜けた先もまた細長い飲み屋街が二重に連なっている。やはりむつ市の繁華街の規模は青森県内では主要3市の次だろう。むつと同じくらいの都市規模の五所川原より確実に大きく、むつより規模の大きな十和田と比べても大きい。
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 そんな飲み屋街を抜けて、旧国道279号へ。ちょうど、神輿行列が通り過ぎたところのようだ。祭りが去った後の、遠ざかる囃子の音はたまらない。
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 田名部駅前通りが旧国道279号にぶつかる突き当り。ここには駅前の旅館と同じ「むら井」という名前の服屋と、五十番という中華料理屋が並ぶ。五十番で瓶ビールを頼んで、祭り満喫終了。

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