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 津軽自動車道
が開通して以来、めっきり走ることが減ってしまった国道101号を久しぶりに流しているとき、25kmポスト付近で急停車。自分の目を疑うとはこのことか。
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 おいおい、いつの時代の五所川原だよ。
 あまりの懐かしさに「〽懐かし五所川原われら集えり よき師よき友 敬愛のかいな固く組み いざいざいざ いざや行かむ 若人われら」と県立五所川原高等学校の校歌を国道101号沿いで熱唱してしまう。まあ30年から40年は前のものだろう。
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 鶴田町大字鶴田字相原のホンダセンターナリコーってのにおっさんいきなり大興奮である。
 その昔、ホンダはベルノクリオプリモナリコーの4チャネルだと本気で思っていた西北五キッズは俺だけではないはず。今のHonda cars青森西である。とっくに本社も鶴田から五所川原に移転済みだ。
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 地図を拡大してみよう。だいぶ長いこと紫外線を浴び続けていることもあり、塗装はだいぶ色あせてしまい、一部消えている道路や文字、線もあるが、なんとかわかる。
 この地図を見ると、リベットというか釘の位置から中三がかつて西北病院が袂にあった湊大橋の向こう、松島団地方面にあったのかと勘違いしそうだが、往年の位置関係を覚えていれば消えた線も見えてくる。元・西北五キッズの特殊能力である。
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 看板に広告を掲載していた企業をみていこう。和島組と松山プロパンは2019年も健在だ。一方で、カメラのオームラはどうだろう。五所川原市旭町2番地だと、外崎タクシーの並びにあったと思われるが、恥ずかしながら元・西北五キッズの私の記憶にはない。ただ、旭町2といえばロータリーの一角だ。厳密には面していない店も含めるが、ロータリーといえば金正堂本店、藤吉郎、牛亭といった「ハレ」の場にあたる店が集結していた。
 それにしてもオームラのすこぶる新切が気になる。
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 私に急ブレーキを踏ませたのはこれ。丸友ですわ。懐かしすぎて「〽懐かし五所川原われら集えり よき師よき友 敬愛のかいな固く組み いざいざいざ いざや行かむ 若人われら」と県立五所川原高等学校の校歌を国道101号沿いで熱唱してしまう。商都・五所川原にあった百貨店3店舗のうちの一つだ。
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 いいよなあ。丸友のロゴが県内の百貨店の中で私は最も好きだ。子供ながらに、丸友に連れて行ってもらってお行儀良くして、褒美にクリームソーダを勝ち取れると嬉しかった。
 五所川原にはデパートがほかに中三マルキ飛島があったが、再建中とはいえ中三は弘前に生きているし、マルキ飛島は名前こそ失ったがELM(エルムの街)にDNAを引き継いでいる。
 丸友だけが、夢なのだ。
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 そして、その隣で色が剥げてんのかと思ったこれ、よく見ると…五所川原中三(本店)じゃねーか!!
 かつて支店として青森、弘前、秋田、盛岡、二戸に店舗網を拡大した五所川原きってのデパートだ。1996(平成8)年に復活した立佞武多を見ることが出来た唯一のデパートなのだ。
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 残念なことに中三は創業の地である五所川原に今は店舗がない。東日本大震災直後に盛岡店で爆発事故が発生し、破産を経て今は青森店も休業中だ。オレンジ色の中三を見て、1990年代以前の賑やかな五所川原記憶が蘇ってくる。
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 で、丸友だの中三だのより、腰抜かしそうになったのがこれ。
 五所川原さ、肉のハナマサあったんずな!?
 中央自動車学校前??湊のモータースクールのことか???
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 もンのすごーーーく、フォントも牛の絵も、肉のハナマサに似てる。しかしハナマサが30年も40年も昔から五所川原にあったとは思えない。東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城、栃木、新潟ぐらいしか展開していなかったはず。青森や秋田や、仙台はおろか札幌にもなかったのに。

 これのことだよね。
 ハナマサじゃなく、ハナマン
 鶴田の亀田から国道339号で湊に入ると左手にあった焼肉屋。
 昔はハナマンから十川を渡った先の五能線のガードが低くてクランクになってて、トラックとかバスがいると詰まるところだったんだよなあ。

 と話は脱線したが、五所川原のハナマサとは何だったんだろうか。
 カメラのオームラの広告で、「親切」ではなく「新切」と書くぐらいだから、看板屋が誤植した可能性はある。
 が、牛の絵があまりにも似てるので、やはりハナマサ「青森だからばれねえべ。ヤッテマレ」とあやかろうとして勝手に名乗って、バレて怒られてハナマンに変えたような気もしないでもない。

 ハナマサは不明だが、五所川原市さん、この広告看板、取っとけば将来的に歴史的な財産になるかもよ?

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