前回の秋田県側で陣場岳の山岳回折を狙ってみたの記事の作成時に、秋田県大潟村の八郎潟干拓地を地理院地図で眺めていて気が付いたのだが、大潟村は干拓地だから標高がマイナスの地域が普通に広がっているのだった。

 海や湖などの水域を人工的に陸地化する方法としては埋め立てもあるが、埋め立ては土砂を水域にぶち込んで埋めて陸地化するものだ。
 埋め立ては土砂を入れるため標高が上がり、例えば、もともと低湿地である東京の江戸川区や江東区の内陸部には海抜ゼロメートル地帯が広がっているのに対し、沿岸部の埋立地の方が標高が高いという逆転現象もみられる。

 一方で干拓は水域の水を抜く方法で、水はなくなっても元の地形のまま周辺より窪んだ状態が残るため、海に近い低地で干拓を行った場合は八郎潟のように標高がマイナスとなる場合もある。


 もしかして内潟沼の跡地もマイナス標高になっていないか?
 


 内潟沼(青森県北津軽郡)の話の記事では、現時点で公表されている空中写真から内潟沼のソイルマークは見つけられなかったとしたわけだが、国土地理院の自分で作るを駆使すれば内潟沼の痕跡を地図上に表現できるのではないかと考えたのである。

 上記の国土地理院のYoutube動画では標高0m、2m、5mで色を変える作業としているが、内潟沼跡地はかなり真ったいらで勾配を感じにくい地形になっているので、今回は標高を細かく0mから2m以上までを0.5m刻みの6段階で設定し作成してみたのである。
 
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内潟沼周辺拡大図
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内潟沼・十三湖周辺図

 蝶のような形の内潟沼の跡が見えるではないか。
 上図のGIFアニメ2枚ともクリックで拡大するのでぜひご覧いただければと思う。

 やはり内潟の陸地化の方法は干拓であったので、もともと水が溜まっていた沼の部分は微妙に窪んでいるのだろう。
 愎劫况(1950)「愎劫竸綮沙餮残敢妻鷙霏莪跚法廚任脇盂磴凌綽爾1mとされていた通り、相当浅い水域だったらしく、色別標高図で最低標高を低く設定しても-1mより低い標高の場所は見えてこなかったが、沼の東側には標高-0.5mを下回る場所も僅かながら存在した。

 中里中心部のやよい寿司の主人が内潟のシジミ貝採りのことを「ヤマセが吹くと潟の水が西の方に引くので、ズボンを捲くって潟に入った」と語っていたが、確かに内潟沼は東側の方が深かったようで、水が引いたときに入っていたという話も理にかなっている。

 あってはならないことだが、万が一、日本海の大津波や岩木川水系の大氾濫で十三湖周辺の低地が水浸しになるようなことがあれば、水が引いていく過程で往年の内潟沼の跡地に水が残って見えるという時期もあるのかもしれない。

 僅かな窪みながら、今も内潟沼の地形は痕跡があるのだった。

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