去る9月21日は敬老の日だったわけだが、恒例という感じで全国各地の地方新聞社やテレビ局などの報道機関が地元の最高齢者についての報道を一斉に行った。
 これを良い機会と捉え、各都道府県ごとの最高齢者の年齢を調査した。

 2020年は明治153年に相当する。
 明治は45年までで、西暦にすると1912年7月30日未明に明治天皇が崩御し即日「大正」に改元されており、2020年7月末で明治終了から108年経過したことになる。

 2020年の敬老の日時点で109歳に達している人は確実に明治生まれであり、108歳の場合も高確率で明治生まれと考えられる。108歳で大正生まれとなるのは1912年7月30日から1912年9月21日までの54日間に生まれた場合のみで、1912年7月29日以前の311日間に生まれた108歳の人は明治生まれとなるからである。

 つまり、もし、最高齢者の年齢が107歳という都道府県があれば、その都道府県には明治生まれがもう居ないことになる。最高齢者が108歳であれば、明治生まれが生きている可能性が高い都道府県ということになり、109歳以上なら確実に明治生まれが生きている都道府県という位置づけとなる。
 結果は以下の通りとなった。

最高年齢

 結論から言うと、明治生まれがもう居ないと考えられる都道府県は2020年時点ではまだなさそうだった。
 しかし、県内最高齢者が108歳とされている富山県と福井県の2県とも、本人や家族の意向で氏名や生年月日等の詳細を非公開としており、この2県の最高齢者とされる108歳の女性に関しては大正生まれである可能性もある。

 愛知県に関しては愛知県や名古屋市などの自治体や、ブロック紙の中日新聞をはじめとする地元マスコミを検索しても愛知県内最高齢者の情報が出てこず、確認できたのは春日井市最高齢者の107歳という情報だけだった(中日新聞に三重と岐阜の情報ならあった)。
 107歳で愛知県最高齢でないことと、県人口全国第4位という規模から考えると愛知県には108歳以上の高齢者がいると推測できるので108としたが、あくまで推計値であって、109歳とか110歳以上の人も愛知県には居るかもしれない。
 (東京都も八王子市に111歳の人がいるとの情報があり、推計値で最高齢者年齢を111としたがそれ以上の年齢の高齢者がいる可能性がある)


最高齢者が男性という県は青森のみ

 女性の方が男性より平均年齢が長いことはよく知られているが、各都道府県別最高齢者の性別を見ると46都道府県で女性が最高齢者となっており、男性が最高齢者という県は青森県のみであった。

 青森県は平均寿命で全国一の短命県ということになっているが、隣の秋田県と岩手県もワースト3の短命県である。
 最高齢者の年齢で見ると秋田が110歳、青森と岩手は109歳であり、短命ワースト3県にも明治生まれは健在である。短命県でも長生きする人は長生きするのである。

スーパーセンテナリアンがいる都道府県は39以上

 100歳以上をセンテナリアン(centenarian)、110歳以上をスーパーセンテナリアン(super centenarian)と呼ぶが、スーパーセンテナリアンが存在する都道府県の数は39であった。
 前述の愛知県にも存在する可能性があり、その場合は40都道府県となる。

 100歳のセンテナリアンから110歳のスーパーセンテナリアンまで生存する統計学的確率は約1‰だそうで、100歳が1,000人居る都道府県なら10年後に110歳のスーパーセンテナリアンが1人生存する計算になる。

 2015(平成27)年の国勢調査によれば全国にスーパーセンテナリアンは146人いたことになっており、その後亡くなった人もいれば新たに加わった人もいるので、今年の国勢調査の結果では約150人〜となるのだろう。

日本に現在115歳以上は2名のみ

 2020年の敬老の日現在の最高齢者は福岡県在住の117歳の女性で、彼女は明治36年1月生まれとなる。
 2020年時点で明治36年生まれが生きているという情報からは、2029年までは明治生まれが生存しているだろうと考えることが可能だが、115歳を超える例は希少で、日本には他に佐賀県の115歳の女性しかいない。

 日本国内に現在150人くらい居ると推測されるスーパーセンテナリアンでも、110歳代後半は2名しかいないと考えるとなかなか奇跡的な存在である。

 日本全体で考えれば、明治生まれの現在100歳代の人で110歳代後半まで生きる人が現れる可能性は十分あると思うが、都道府県単位では間もなく明治生まれの人がいなくなる所も現れてしまうかもしれない。


最後の江戸時代生まれが亡くなって44年が経過

 最後の江戸時代生まれの河本にわが113歳で亡くなった1976年から44年が経過したわけだが、彼女の生年は文久3(1863)年である。
 河本にわが生まれた4年後に大政奉還(1867年)、5年後に明治へ改元(1868年)と考えれば、河本にわより4歳若い1867年生まれの人間が彼女と同じ113歳まで生きれば、最後の江戸時代生まれは1980年まで存在した計算になるが、実際そうなっていない。河本にわより4歳若い江戸時代生まれの人もたくさんいたはずだが、誰も河本にわより長生きできなかったのだ。

 数年後には、奇跡的に110歳代後半まで健在だった明治生まれの誰かが亡くなり、その人より後に生まれた明治生まれの人はもう全員亡くなってしまっており、突然明治生まれがいなくなるという悲しいことが起きるかもしれない。
 現に、明治36年生まれでは福岡の117歳女性が健在だが、彼女より1歳若い明治37年生まれで116歳という人は国内にもう居ない。

 2020年の敬老の日時点で一番若い人でも108歳という明治生まれの人は、9年、10年後にも誰かが健在でいらっしゃると思いたいが、実際に明治生まれの人と会える機会というのは、間もなく、ほとんどなくなってくるのかもしれない。

 世界最高齢記録についてフランスのジャンヌ・カルマンの122歳という記録に疑義が生じ、アメリカのサラ・ナウスの119歳という記録が確実視されている中、もしも120歳まで生きれば人類史上の奇跡になると思うが、明治生まれのご長寿の方にはどうか120歳の記録を打ち立てる人が現れて、今から12年後とかにでも「まだまだ明治生まれは健在ですよ」と言ってほしいものである。

大正生まれの人にも会いにくくなっている

 大正は15年までだったが、西暦に換算すると1926年になる。
 2020年時点で大正15年生まれの人は94歳になるので、大正時代の人に会って話を聞くというのも簡単ではなくなっている。「同居する祖父母や曾祖父母が大正生まれで元気だ」という人なら話は別だが、核家族化も進んでいるし、大正生まれの人と日常的に会話ができているという人は貴重な経験をしているように思う。

 今年に入って、当ブログは昭和20年頃の三沢の日本砂鉄鋼業の専用線や、昭和40年に姿を消した中里の内潟沼について調査を実施したが、なかなか当時を記憶している高齢者に話を聞くということは昭和の出来事でも簡単ではない。
 三沢の方は廃止数年後の子供の頃の記憶がある男性に偶然会うことができ、内潟の方も若い頃にシジミ貝を採りに行った経験がある夫婦に会うことができたが、昭和も10年代以前になると記憶がある人に会うのは簡単ではないだろうと考えている。
 昭和10年(=1935年)生まれでも、2020年には85歳だからほぼ平均寿命に近い年齢だ。85歳でも頭脳明晰な高齢者はいるが、そういう人は決して多くない。

 明治生まれの人が非常に少なくなってきている現実を掘り下げてみて、自分が生まれる前の時代を知る高齢者に話を聞こうと思っても、実はどんどん難しくなってきていることを痛切に感じる。

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