秋田局の遠距離受信ネタより道路ネタの方がアクセス数が伸びるので、今日は多賀台バイパスとかの通称で知られる八戸市北部〜おいらせの道路を。


【地理院地図では灰色のその他の道路扱いの多賀台バイパス】

 仙台市を起点に三陸沿岸部を経由して北上してきた国道45号は、八戸市を抜けて次のおいらせ町に差し掛かろうという八戸市市川町の八戸北バイパス・市川交差点の丁字路で突如右折し、旧百石町中心部方向へ向かっていく。
 市川交差点からはE4A 百石道路に沿って直進しておいらせ町の下田ショッピング東交差点まで繋がる道路もあり、こちらは八戸市周辺では多賀台バイパスなどと呼ばれている。
 無意識に走行していれば多賀台バイパス国道45号八戸北バイパスと思ってしまう人も多そうだが、ここは実は(主要地方道)青森県道8号八戸野辺地線である。

幻の国道45号百石バイパス
【地図はクリックで拡大します】

 道路交通センサスを引っ張り出してくるまでもないが、市川交差点から下田ショッピング東交差点までは多賀台バイパスこと県道8号で直行した方が距離も所要時間も短く、愚直に国道45号を経由して八戸と十和田方面を完走するドライバーは少ないと思われる。
 
 では、なぜ多賀台バイパス国道45号ではないのか?

百石バイパス架橋中
【国土地理院が1987年7月3日に撮影した航空写真を編集】

 1973(昭和48)年、通称・多賀台バイパスに該当する道路が八戸市と百石町の都市計画道路の市川苗振谷地線として青森県から告示され、これが当初は国道45号百石バイパスとなる予定であった。

 地図・空中写真閲覧サービスから国土地理院が1987年7月3日に撮影した航空写真を見てみると、奥入瀬川を幸運橋で渡る国道45号の西側に、奥入瀬川や県道141号市川下田停車場線を跨ぐ架橋工事の様子が映っており、国道45号百石バイパスが建設中であることがわかる。

 当初計画では通称・多賀台バイパス国道45号になり、国道45号八戸北バイパスー百石バイパスと連続して、今の下田ショッピング東交差点まで伸びるはずだったのだ。


E4A 百石道路 起点部の八戸北IC

 ただ、1987(昭和62)年に四全総で八戸市と青森市の間も高速道路で結びましょうという話になり、東北縦貫自動車道八戸線の延伸ルートをどうしようかという話が湧いてくる。

 結果、造りかけの国道45号百石バイパス高速道路に規格変更することになり、1988(昭和63)年11月には建設省青森工事事務所からルート上の地主への通知も行われている。
 こうして、1989(平成元)年に正式に百石道路として着工を迎え、1995(平成7)年に百石道路(八戸北−下田百石)として開通して今日に至っているのである。

 青森県内で四全総一般道規格のバイパスから高速道路規格に変更したというものでいえば、かつて記事化した【未成道】旧国道279号野辺地バイパス
もあったが、探すと色々面白そうである。
 旧国道279号野辺地バイパスは一部が開通したものの残区間が事実上の凍結状態なのに対し、百石バイパス県道8号に引き続き指定され、通称・多賀台バイパスとして2006(平成18)年までに開通をみた。

 とはいえ、これではWikipedia情報と大差がないではないかと。

 一応、小ネタを用意してます。


E4A 百石道路県道141号を跨ぐ堺橋】

 E4A 百石道路高速道路なのに歩道付きの部分がある、と。

 国土地理院が1987年7月3日に撮影した航空写真に写っていた例の架橋途中の部分である。
 一般道規格の国道45号百石バイパスが立体交差で県道141号を跨ぐ予定だった「堺橋」が、歩道付きのまま高速道路に転用されたらしい。
 百石道路を走行する度に橋梁を注意深く見ているのだが、前後の奥入瀬川橋(および第二奥入瀬川橋)や五戸川橋には歩道はなく、ここ「堺橋」だけのようだ。

 本当はGoogleストリートビューではなく現地で撮りたいんだが、高速道路から写真撮るの難しいんだよね。

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