屋敷林のある景観といえば、富山県の砺波平野が代表例としてよく出てくる。
中学校社会や高校地理でも習う通り、人家の防風が主な役割である。農村地帯は遮るものが無く強い風に晒されがちであり、人家を囲うように発達した屋敷林が防風効果を持つ。
北陸富山から日本海側に北上し、山形県の庄内平野に入ると「ショガキ」という屋敷林に相当する景観が出現する。
ショガキについては三浦修(2006)「山形県庄内平野の屋敷林と冬囲い景観」(東北福祉大学研究紀要)が詳しく、ショガキは庄内平野の文化景観であり、気候景観であると評価されている。
さらに北上すると秋田県八郎潟周辺にも「ショガキ」ないしは「スガキ」という防風垣が出現するといい、先行研究として約70年前の論文になるが高橋恒雄(1953)「秋田県金足村の気候景観と農家」(東北地理)があるという。
庄内のショガキも秋田のスガキも、落葉期に屋敷林の下部に生じる隙間を葦(ヨシ)で塞いで強風から人家を守るのだという。
津軽に入ると、屋敷林としては砺波や庄内、秋田のような重厚な林ではなく、それを補完するように板張りの木壁で強風を塞ぐカッチョが出てくる。
何も知らないでいた頃は、津軽の中でも特に西北五に多いカッチョがいかにも寒々しい冬の象徴という感じがして、そんなに好きじゃなかったのだが、津軽という厳寒の気候ゆえに発達した独特な文化的景観・気候景観だなんて偉い学者の先生に言われたら嫌な気分はしないものである。
数年前からカッチョ観察を続けているわけだが、今日3月19日は絶好のカッチョ日和ということで西北五を巡回してきた。
色々見てきているが、北海道留萌管内や秋田県にもカッチョは存在するようだ。
無論、現地の人が津軽弁と同じようにカッチョと呼んでいるかどうかは不明だが、小平町と男鹿市のものも構造的にはそっくりである。
秋田県八郎潟周辺にあるスガキも研究の舞台が金足村ということなので、今の秋田市内だ。
男鹿の浜間口のような外海に面する漁村では、潮風のせいでろくに屋敷林になる木も生えないので、津軽と同様のカッチョが発達したのだろう。

【藤枝のカッチョ� �
さて、私より先にカッチョに注目している人たちによると、金木(現五所川原市)の藤枝集落は古くからのカッチョと茅葺古民家が複数現存する貴重な存在らしい。
藤枝についてはこちらのサイトが詳しい。

【藤枝のカッチョ�◆�
藤枝はほぼ南北一直線に人家が並ぶ農村地帯で、ほぼ全戸が西側で広大な水田に面するため、強烈な西風が吹きつける地理条件にある。
十三は前潟、磯松や脇元は日本海に船を出さなければカッチョがズラーッと並ぶ景観を見ることが難しいと思うが、藤枝は集落西側の広域農道(こめ米ロード)を走行すれば全戸が西側にカッチョを並べる壮観を一目にできる。
【Google ストビューで見る藤枝のカッチョ】
Googleのストリートビューで、こめ米ロードから藤枝を眺めてみるとこういう感じ。
これが陸上から見れるだけでも貴重だという感じがする。くどいようだが、十三や磯松や脇元でこれを見るには船でないと難しいだろう。

【藤枝のカッチョ��】
藤枝の北部、津鉄の川倉駅にも近いエリアで南を向いて撮影した写真。
それにしても、どうして藤枝のカッチョだけこうやって特別に扱っているかおわかりだろうか。
続きは次回で……
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中学校社会や高校地理でも習う通り、人家の防風が主な役割である。農村地帯は遮るものが無く強い風に晒されがちであり、人家を囲うように発達した屋敷林が防風効果を持つ。
北陸富山から日本海側に北上し、山形県の庄内平野に入ると「ショガキ」という屋敷林に相当する景観が出現する。
ショガキについては三浦修(2006)「山形県庄内平野の屋敷林と冬囲い景観」(東北福祉大学研究紀要)が詳しく、ショガキは庄内平野の文化景観であり、気候景観であると評価されている。
さらに北上すると秋田県八郎潟周辺にも「ショガキ」ないしは「スガキ」という防風垣が出現するといい、先行研究として約70年前の論文になるが高橋恒雄(1953)「秋田県金足村の気候景観と農家」(東北地理)があるという。
庄内のショガキも秋田のスガキも、落葉期に屋敷林の下部に生じる隙間を葦(ヨシ)で塞いで強風から人家を守るのだという。
津軽に入ると、屋敷林としては砺波や庄内、秋田のような重厚な林ではなく、それを補完するように板張りの木壁で強風を塞ぐカッチョが出てくる。
何も知らないでいた頃は、津軽の中でも特に西北五に多いカッチョがいかにも寒々しい冬の象徴という感じがして、そんなに好きじゃなかったのだが、津軽という厳寒の気候ゆえに発達した独特な文化的景観・気候景観だなんて偉い学者の先生に言われたら嫌な気分はしないものである。
数年前からカッチョ観察を続けているわけだが、今日3月19日は絶好のカッチョ日和ということで西北五を巡回してきた。
| 各地のカッチョ景観 | |
![]() | 【上古川のカッチョ】 つがる市柏(旧西津軽郡柏村)。 カッチョは金木以北、十三や脇元が有名だが、イオンつがる柏から目と鼻の先の、つがる市柏上古川にもある。 |
![]() | 【桑野木田のカッチョ】 つがる市柏(旧西津軽郡柏村)。 北津軽郡鶴田町に接する地域。人家だけではなくリンゴ畑を守るカッチョも存在するのである。 |
![]() | 【トタン素材のカッチョ】 つがる市柏(旧西津軽郡柏村)。 上の桑野木田のカッチョに隣接する場所。昔ながらの木の板のカッチョだけではなく、廃材の再利用なのかトタン板を混在させたカッチョも存在する。 |
![]() | 【十三のカッチョ】 五所川原市十三(旧北津軽郡市浦村)。 吉幾三が「津軽平野」で“西風強くて夢も凍(しば)れる”と歌い上げた十三湊もカッチョの本場。県道12号沿いにも見えるが、通りに面さない裏側、つまり西側にはズラーッとカッチョが並んでおり、前潟を船で行けば良く見えるだろう。 |
![]() | 【磯松のカッチョ】 五所川原市磯松(旧北津軽郡市浦村)。 十三から岩木川河口を渡って北上すると、小泊半島を望む磯松集落に入る。日本海に直接面する漁村で、頑丈なカッチョが出現する。 |
![]() | 【脇元のカッチョ】 五所川原市脇元(旧北津軽郡市浦村)。 円錐状の山容が特徴な靄山、地元では脇元岩木山の別名もあり、岩木山から遠く離れた脇元ではお山参詣をこの靄山で行うこともあるという。脇元もまたカッチョ景観が卓越する漁村である。 |
![]() | 【北海道小平町のカッチョ】 北海道小平町(留萌振興局管内)。 2017年11月に沿岸バス豊富留萌線に乗車した際に目撃。先ほどの脇元もかつてはニシン御殿があったとされる集落であり、ニシンを追って留萌まで北上した津軽出身者が持ち込んだものかもしれない。カッチョが青森県外にもあることを初めて知った例である。 |
![]() | 【秋田県男鹿市のカッチョ】 秋田県男鹿市浜間口(旧男鹿中村)。 2022年2月に男鹿半島に行った際に目撃。男鹿市の中でも、男鹿半島北岸の旧男鹿中村の浜間口集落の日本海に面する地域で発見。雰囲気的には磯松とか脇元に似ている漁村であり、日本海から直接吹き付ける西風の強烈さは秋田県でも屈指の地域かもしれない。 |
色々見てきているが、北海道留萌管内や秋田県にもカッチョは存在するようだ。
無論、現地の人が津軽弁と同じようにカッチョと呼んでいるかどうかは不明だが、小平町と男鹿市のものも構造的にはそっくりである。
秋田県八郎潟周辺にあるスガキも研究の舞台が金足村ということなので、今の秋田市内だ。
男鹿の浜間口のような外海に面する漁村では、潮風のせいでろくに屋敷林になる木も生えないので、津軽と同様のカッチョが発達したのだろう。

さて、私より先にカッチョに注目している人たちによると、金木(現五所川原市)の藤枝集落は古くからのカッチョと茅葺古民家が複数現存する貴重な存在らしい。
藤枝についてはこちらのサイトが詳しい。

藤枝はほぼ南北一直線に人家が並ぶ農村地帯で、ほぼ全戸が西側で広大な水田に面するため、強烈な西風が吹きつける地理条件にある。
十三は前潟、磯松や脇元は日本海に船を出さなければカッチョがズラーッと並ぶ景観を見ることが難しいと思うが、藤枝は集落西側の広域農道(こめ米ロード)を走行すれば全戸が西側にカッチョを並べる壮観を一目にできる。
【Google ストビューで見る藤枝のカッチョ】
Googleのストリートビューで、こめ米ロードから藤枝を眺めてみるとこういう感じ。
これが陸上から見れるだけでも貴重だという感じがする。くどいようだが、十三や磯松や脇元でこれを見るには船でないと難しいだろう。

藤枝の北部、津鉄の川倉駅にも近いエリアで南を向いて撮影した写真。
それにしても、どうして藤枝のカッチョだけこうやって特別に扱っているかおわかりだろうか。
続きは次回で……








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コメント一覧
配役は以下。
蘆名盛氏→蟹江敬三
蘆名盛重→市川中車
松本図書頭→乱一世
金上遠江守→山本晋也
猪苗代盛国→西田敏行
猪苗代盛胤→亀田興毅
富田隆実→伊藤リオン
伊達輝宗→フランキー堺
伊達政宗→市川海老蔵
片倉小十郎→羽賀研二
伊達成実→加勢大周
屋代景頼→江夏豊
佐竹義重→新沼謙治
佐竹義宣→松坂桃李
最上義光→麿赤児
上杉不識庵謙信入道→DAIGO
本庄繁長→高木ブー
大宝寺義氏→西岡力也
安東愛季→三船敏郎
大浦弥四郎為信→黒石八郎
主役、始まる前から死んでて草
https://nico.ms/sm25035407