青森市で函館局の遠距離受信が困難となる条件の一つが、函館送信所の送信指向性が青森市に全く向いていないことである。
 アナログ放送時代には多くの家々が函館にアンテナを向けて北海道各局の放送を見ていた東津軽郡蓬田村蟹田町平舘村(現外ヶ浜町)でさえも受信が難しくなっており、当ブログでも昨年8月に記事化した。

 青森市の場合、多くが函館局の電波の見通し距離の限界を超えている地理条件で、指向性云々以前の問題であることも多いのだが、見通し距離内の上磯方面(蓬田、蟹田、平舘)でも函館局が受信困難というのは送信指向性に因るものだろうと考え、今回は平舘と今別の津軽海峡沿岸部で受信実験を実施することとした。

TVHアナログ函館局水平指向性特性図
TVh函館アナログ局送信指向性図】

 上図は地上アナログ放送時代のTVh函館局の送信指向性図である。
 出典は、地上デジタルテレビジョン放送の津軽海峡対岸中継に関する調査研究会が2002年に公表した「地上デジタルテレビジョン放送の津軽海峡対岸中継に関する調査研究報告書」の11頁に掲載された図3-2「送信空中線水平指向特性」の図を引用し、当ブログが文字不鮮明の部分などを見やすくしたもの。
 20年くらい前には普通にインターネット上でも公開されていたのだが、現在はURLが消滅しており、たまたま私が紙で印刷して持っていた資料が手元に残っていたので復元したのである。

 参考までに函館局から青森県庁は178.31°方向、外ヶ浜(旧蟹田)町役場で184.30°方向となる。
 青森市や上磯(蓬田、蟹田、平舘)方面への指向性が悪いのが一目瞭然だ。

平舘・今別沿岸部地名入り
【受信実験を実施した平舘・今別の沿岸部図】

 地デジでの函館各局の送信指向性データが無いので不明だが、1993年に函館で開局したTVhが2007年からアンテナを新しくしたとも思えないので、アナログと地デジで送信指向性はそんなに変わってないだろうとの推測で実験する。
 受信実験を実施したのは上図の通り、旧平舘村の石崎ふ頭から今別町の今別漁港にかけての13カ所で、指向性によってTVhの受信電界強度がどのくらい変わるかを見ていくことにした。
 TVh函館局の周波数は509MHzで、マスプロ電工・LS56の利得が8dB、サイトウコムウェア・AMP-UKのブースター利得が21dB、ケーブルその他の損失が0.6dBとして、AQUOSのFEM画面の受信電力から推定受信電界強度を算出した。
◆受信実験風景

 青森市から国道280号を北上し、旧平舘村から今別町側にかけ順に調査した。

平舘石崎ふ頭
FEM表示画面受信風景
平舘石崎埠頭DSC_0094

 まずは2022年8月の調査でもTVh受信可能となっていた石崎ふ頭である。前回、石崎より南側の平舘漁港などでは受信不可という結果で、石崎から竜飛方面なら受信可だろうと見ている。
 結果、前回調査時より1dBほど受信電力が高いが、異常伝搬による影響などもなくほぼ同値とみてよいだろう。
 当ブログを長く見てくださっている方ならご存知だと思うが、受信実験に使っているAQUOSは受信電力値が7dB下振れするので、FEM画面では-62dBmとなるが+7dBで-55dBmとして算出する。
 推定受信電界強度を計算すると45.8dBμV/mか。

平舘弥蔵釜
FEM表示画面受信風景
平舘弥蔵釜DSC_0097

 続いて弥蔵釜(やぞうかま)で受信。住所的には隣の元宇田にギリギリのところだが平舘漁港(石崎地区)、通称石崎漁港の岸壁である。

 石崎ふ頭と比べ、受信電力が13dBも上がったのがお分かりいただけただろうか。

 石崎ふ頭から弥蔵釜は2km。クルマで2分の距離でこれほど劇的に変わるとは。

平舘元宇田
FEM表示画面受信風景
平舘元宇田DSC_0101

 弥蔵釜から目と鼻の先の元宇田。聞法寺の真向かいでの実施である。
 弥蔵釜から受信電力は2dBほど下がったが、石崎ふ頭よりは11dBも高い値を示している。

平舘弥蔵釜・元宇田の風景
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 閑話休題的に平舘弥蔵釜・元宇田の風景を収めた写真を。
 2022年8月の豪雨災害で寸断した国道280号もだいぶきれいになり、人々が住まう家もきれいになったように見える。
 海も穏やかで綺麗で、心が洗われるようだ。

平舘綱不知
FEM表示画面受信風景
平舘綱不知DSC_0106

 旧平舘村内最後の受信点は綱不知海岸。
 綱不知には集落は無く、平舘最後の元宇田集落と今別の奥平部集落の中間にある海岸である。
 元宇田より1dBだけ受信電力が強いが、ほぼ同値とみてよいだろう。

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国道280号の今別・外ヶ浜町境標識だが……】

 一つ不思議なのは綱不知受信点と目と鼻の先にある今別・外ヶ浜町境標識である。
 Googleストリートビューのリンクはコチラだが、地理院地図でみてもGoogle MAPで見ても、標識の位置は今別と外ヶ浜の町境ではないような気がする。
 1kmほど西の地点が町境のように思うのだが、この標識のせいで「行き過ぎたか」と一瞬混乱してしまった。

今別岩屋観音
FEM表示画面受信風景
今別岩屋観音DSC_0109

 正真正銘の今別町境を越え、鬼泊トンネル東側の岩屋観音付近の空き地での受信。
 弥蔵釜より5dB、石崎ふ頭からだと18dBも強い値が出たが、受信高がこれまでよりも高く海抜8.6mになる。ハイトパターンの関係で少し電界強度が高いのかもしれない。

今別奥平部
FEM表示画面受信風景
今別奥平部DSC_0113

 今別に入って最初の集落となる奥平部の一本木漁港で受信実験する。
 漁港名の一本木というのは、かつて昭和の大合併で今別町が誕生するまで存在した東津軽郡一本木村に由来する。
 受信電力の値も元宇田などと変わらず。

今別砂ケ森
FEM表示画面受信風景
今別砂ケ森DSC_0115

 奥平部の次は砂ケ森の受信点へ。
 船着き場のような場所で実験したので受信高は2.9mと低いのだが、奥平部より4dBも高い結果に。

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【砂ケ森集落の風景】

 津軽弁詩人の高木恭造が「陽コあだネ村」を詠んだ袰月からみて、砂ケ森は高野崎を挟んだ東隣の集落である。砂ケ森も地形的に袰月とよく似ていると感じるが、海への崖の迫り方が緩やかなせいかいくぶん明るく感じられる。
 ほとんどの人家で函館方面にのみアンテナが向いているのが印象的である。

今別高野崎
FEM表示画面受信風景
今別高野崎DSC_0119

 高野崎はこれまでの海岸沿いの集落などと異なり標高が高く、受信高は海抜36mにも達する。
 受信電力もこれまでで最高記録に達し、石崎ふ頭より21dBも強い。一方でBERが唯一E-6を記録しており、どうしたものか。強電界でブースターがノイズになってしまったのか、あるいは同一周波数のTVh福島白符局やはるか遠方のHBC札幌親局あたりの微弱波が混信しただろうか。

今別袰月
FEM表示画面受信風景
今別袰月DSC_0121

 高木恭造が「陽コあだネ村」を詠んだ袰月に到着。受信電力は砂ケ森と同値。
 集落内の国道280号沿いで適地が見つからず、西端の漁港岸壁で受信実験をしたのだが、岸壁にアクセスする道路が酷い穴ぼこで、イタドリが幅員の半分以上まで迫出ている区間もあり、それでいてガードレールもないため肝を冷やした。

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【袰月集落の風景】

 高木恭造が後ア塞がた高ゲ山ネかて潰されで海サのめくるえンたと詠んだ通り、袰月は集落背後に急峻な崖が迫る地形で津軽海峡に面している。
 見ナガあの向の陽コあだてる松前の山コ あの綺麗だだ光コア一度だて俺等の村サあだだごとアあるガジャの一節は、東西南の三方を急峻な崖に囲まれ太陽光が満足に届かない袰月と、対岸の松前に南から太陽が燦燦と降り注ぐ津軽海峡両岸の対比を写実的に描写したものであると思う。
 テレビ放送の電波も東西南の三方から青森の放送波は届かない。
 しかし袰月には向(ムゲ)の松前と同じという陽光が降り注いでいるのは言うまでもない。

今別鋳釜崎
FEM表示画面受信風景
今別鋳釜崎DSC_0123

 袰月へ降る西日を遮る急崖を登って鋳釜崎へ。今回調査した13か所の中で受信高は高野崎に次いで高い27m。
 受信電力は崖の直下の袰月の岸壁より3dB高い結果となった。

今別中宇田川河口
FEM表示画面受信風景
今別中宇田川河口DSC_0127

 今別の町も近づいてくる感じがある中宇田川河口の受信点。この辺りから背後に山が迫る感じも薄くなり、三厩湾に面した平野に移りつつある。
 受信電力は高野崎と並んで最高となる-27dBmにも達した。

今別山崎
FEM表示画面受信風景
今別山崎DSC_0131

 旧国道280号沿いの今別町山崎の海岸。直前の中宇田と打って変わって8dBも落ちるが、それでも弥蔵釜などと同値となる。

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【今別漁港周辺の風景】

 いよいよ今回のゴールの今別漁港に到着。
 なんとマスプロのスカイウォーリーで函館局を受信している家まで見つかって、完全に函館局エリアという風情である。
 大間のように日常的に函館へ通勤・通学・通院するようなことは今別では少ないが、今別のテレビ事情は大間と遜色ないのである。

今別山崎
FEM表示画面受信風景
今別港DSC_0134

 最終的に今別漁港の受信電力は-43dBmというところ。
 中宇田川河口など受信電力が突出して良いところもあったが、今別漁港の値は弥蔵釜から今別にかけての平均的な値ではないかと思う。
◆推定受信電界強度を算出してまとめる

平舘・今別TVh函館局受信データ(2023/6/19)
受信点函館局から電界強度
(dBμV/m)
地名受信高(m)方角(°)距離(km)
平舘石崎ふ頭2.5184.9264.0845.8
平舘弥蔵釜4.6186.3162.9258.8
平舘元宇田5.1186.8062.5656.8
平舘綱不知6.0187.7561.2357.8
今別岩谷観音8.6188.8361.0063.8
今別奥平部4.0190.0260.5157.8
今別砂ケ森2.9191.8660.6561.8
今別高野崎36.1192.2060.5766.8
今別袰月2.5193.1361.5161.8
今別鋳釜崎27.4193.7861.5964.8
今別中宇田6.5194.3564.0966.8
今別山崎6.0195.1765.4858.8
今別漁港4.6196.3666.6857.8

 弥蔵釜から今別漁港にかけてのTVhの受信電界強度は60dBμV/m前後と言えるだろう。

 60dBμV/mといえば地デジのエリアの目安となる受信電界強度の値なので、やはりこの辺りは函館局エリアと言っても差し支えないレベルなのだ。

 そして、高木恭造の詩を借りるなら、指向性さかて潰されでワンセグさのめくるえンた落差の指向性の壁が石崎と弥蔵釜の間にあるのだろう。

 TVh函館局からの方角は石崎ふ頭で約185°、弥蔵釜で186°。
 方角差1°で変わる数値が実際に13dBもあるのかは微妙だと思うが、方角185°付近に指向性による利得減の壁があるのだろう。
 そして本当にそうならば、見通し内なのに平舘漁港(184.6°)や蟹田港(183.6°)や蓬田瀬辺地漁港(183.1°)で函館局の受信が上手くいかないことの説明としても整合性は取れると思うのである。

 TVh函館局から185°の方角より東側では、恵山・大間方面への送信指向性が復活してくるエリアまで受信結果が芳しくないに違いない。
 青森市は県庁で178°の方角なので、やはり指向性的にも相当厳しいのだ。幸畑や新城平岡、田茂木野や雲谷を除いて、青森市に函館波の遠距離受信の成功者がほとんどいなくなってしまったのも頷ける結果である。

平舘今別TVh受信電界強度hannrei
【Radio mobileでシミュレーションした推定受信電界強度図】

 ちなみにこちらが、Radio mobileでシミュレーションした平舘・今別のTVh函館局推定受信電界強度図である。
 実測で今別の山崎とか漁港で少し60dBμV/mを割る結果になったが、シミュレーションでも今別の中心部に近い方は50dBμV/m〜60dBμV/mのオレンジ色なので、当たっているんだな。
 青森市を見てみると、実際より良いシミュレーションになってしまうので信頼度が下がるのだが、平舘や今別でのシミュレーションでは精度が高くて驚いた。


◆今別町散策

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【今別町中心部の風景】

 平舘から高野崎を経て来ると、今別は久しぶりに町っぽい景色に見えるのだが、実際に町の中心部に来ると、外ヶ浜町の蟹田に比べて寂しい感じは否めない。それでも青函トンネル工事が華やかなりし時代には、今別と三厩で13,000人を超えていたというくらいなので、町が大きかったのは何となく伝わってくる。最盛期の今別の商店街は蟹田を凌いでいたのではないか。

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【今別町役場】

 今別町役場もアンテナを2本屋根に取り付けていて、今別局向のアンテナがマスプロの往年の超高性能モデル・LSL20で、函館向が普及型のアンテナというのが面白い。
 実は旧西津軽郡地域某所の当地でAKT秋田局遠距離受信を成功させる際に、今別の人にもお世話になったのである。
 というのは、実際にアンテナ工事を進めている最中に混合対策で入れる予定のバンドパスフィルターのBPF-U21Kの使用を止めた方が良いのではないかという話になり、その際に咄嗟に思い出して連絡した相手が今別出身の人だったのである。

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【もう列車が来ないかもしれないJR今別駅】

 私が今別の人に電話で聞いた内容はHBCとかSTVとか北海道のNHKも普通に映ってますか?」である。
 答えは「北海道も青森も全部大丈夫だよ」であった。
 今別局と函館局は13〜19chにかけてEテレ青森Eテレ函館STVNHK総合青森HBCNHK総合函館TVh隣接が連続しており、それでも混合は深く考えなくて良いという答えを貰えたのは今別の人のお陰なのである。
 バンドパスフィルターのBPF-U21Kを入れなければ29chのAABが28chのRABや30chのATVに隣接障害を与えるのではないかという杞憂は吹き飛び、これでAKTの受信が上手くいったのである。

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国道280号県道14号の交差点は今別・三厩地区随一の交通の要衝】

 今別の北海道遠距離受信者の知見が、当地の秋田遠距離受信の成功にも繋がっているのである。本場・今別や大間から得られるものは多い。
 さて、高木恭造は袰月を若者等ァみんな他處サ逃げでまて 頭サ若布コ生えだえンた爺媼ばりウヂャウヂャてナ ああ あの沖バ跳る海豚だえンた忰等ァ何處サ行たやだバと描写しているが、高木恭造が代用教員として袰月で暮らしたのは101年前の1922(大正11)年のことである。

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【JR東日本の駅がなくなりJR北海道の駅しかなくなるかもしれない今別町】

 101年前の時点で高木恭造に若者が他所に出て行って高齢者しかいないと嘆かれていた袰月も、今でも人々の暮らしは続いているし、袰月にUターンして盛り上げようという人が興した会社があるのもまた事実である。
 今別牛やサーモン養殖や観光振興で、今別に残ろうという若者や他所からの移住者もいるのである。
 新幹線が通っていて最寄りの中核市・青森にも函館にも通勤できるばかりか、東京にも直通しているし、いずれは札幌にも通じるのである。
 新幹線があり、東京や札幌と同じようにテレビ東京系受信可能という好条件の町はそうそうあるものでもない。

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【旧平舘村が設置した松前街道の標柱】

 首都・東京と五大都市の一角の札幌を繋ぐ軸の上にあるという条件が、いつかまた花開く時が来るはずである。
 そう思わせてくれる初夏の平舘・今別の受信実験ツアーであった。 

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