1964年の道北・道東へのマイクロ回線図も作成したことだし、最後は鹿児島から沖縄に向かった日本電信電話公社と琉球電信電話公社によるマイクロ回線網を記事化しようと思う。
まずは南西諸島に入る前に、沖縄テレビ放送(OTV)が使うフジテレビ(CX)系の回線が熊本まで来る経路を日本民間放送連盟の「民間放送十年史」や東京放送(TBS)の「東京放送のあゆみ」、安藤健二の「電電テレビ中継センター(TRC)」、電電公社福岡無線通信部の「九州無線史」などの資料から推測したい。
民放テレビ黎明期の電電公社マイクロ回線網図で掲載したマイクロ回線図から、熊本周辺を抜粋した図を掲載する。
【熊本周辺のテレビマイクロ回線(1964年8月現在)】
東京放送(TBS)の「東京放送のあゆみ」、安藤健二の「電電テレビ中継センター(TRC)」などの資料から、1964年8月末日時点で阪広福幹線(大阪−広島−福岡)の延長で、福岡−熊本間にはTBS系主体の回線と日本テレビ放送網(NTV)系主体の回線が来たことが確実とみられる。
ところが同年1964年10月1日には、テレビ西日本(TNC)がCX系にネットチェンジする。
これを受けて九州朝日放送(KBC)はクロスネットの片翼・CX系を失って日本教育テレビ(NET)系列局へと変貌し、RKB毎日放送は引き続きTBS系のままなので、NTV系は九州で系列局を喪失することになる。
TNCのネットチェンジで、阪広福幹線の延長で熊本まで来たNTV系主体回線もCX系主体回線に変わってしまったとみているのだが、これを裏付ける資料が見つからない。
一方で1964年8月末日時点で、熊本には、1961年開通の四国経由回線(大阪−高知−大分−熊本−福岡−錦−徳山)も入ってきていたので、山口放送(KRY)行のCX・NET混在の回線もきていた。
【北九州市門司区から遠望する山口県下関市】
ここで、当ブログのような極悪非道な奴に61頁前後の記述が酷評されてきた「山口放送三十年史」が名誉挽回だ。「山口放送三十年史」は89頁で「ネット異変で情勢一転(関門テレビ、徳山テレビと同一番組となる)」と題してTNCのネットチェンジに伴う関門地区の扱いを記録しており、「関門地区(北九州)で日本テレビの番組を視聴できるのは当社のみとなり、懸案の番組規制は自然消滅の形となった。」という。
つまり、KRYに課せられたTNCやKBCと同じ番組は1日の1/3以下にしなければならない関門局の免許上の制約が、NTV系をネット受けし続ければ容易に解決できる状況となったのである。
阪広福幹線で東京から八幡に向かっていた回線はTNCに合わせCX系主体の回線に変わってしまったが、KRYはNTV系を四国回りの回線(1961年開通)で受ければよいのである。
【九州周辺 電電公社マイクロ回線普及 簡略化図】
以上のような山口・福岡2県の情勢を考えると、東京からOTVに向かったCX系主体の回線は、阪広福幹線で福岡を経由し、1964年8月当時はNTV系主体の回線だった福岡−熊本間を通過、そして熊本−鹿児島間を通過して南西諸島に渡っていったとみるのが自然だろう。
熊本−鹿児島間は1964年8月時点では南日本放送(MBC)が使うTBS系主体の回線の単線で、1966年に発行された「日本放送年鑑'66」に掲載された「テレビジョン中継回線系統図(昭和41年3月末現在)」でも民放は単線である。
1964年9月に沖縄民放2社がマイクロ回線を受け始めるわけだから、単線であった熊本−鹿児島間は上り(東京方面行)を使わず下り片方向2本(鹿児島・那覇方面行)とする方式でCX系主体の回線とTBS系主体の回線を伸ばしたのだろうと推測する。
九州時点での話が長くなってしまったが、以降、南西諸島方面への本論に移りたい。
日本電信電話公社と琉球電信電話公社によって鹿児島−那覇間のマイクロウェーブ回線網が開通したのは1964(昭和39)年9月1日であり、この日からアメリカ占領下の沖縄のOTVと琉球放送(RBC)が、日本とのテレビ放送同時ネットが可能になった。
【鹿児島・那覇間の日琉テレビマイクロ回線(1964年9月現在)】
電電公社福岡無線通信部の「九州無線史」によれば、1958(昭和33)年にOTV社長、翌1959(昭和34)年7月に琉球電電公社総裁が上京し、それぞれテレビジョン中継線を沖縄まで延長するよう陳情したことに端を発し、日本・琉球両公社間で置局選定ならびに電波伝搬試験を行う話し合いがついたという。
その結果、置局位置は九州本土は大浦無線中継所(鹿児島県川辺郡大浦町)、島しょ部は朝戸無線中継所(鹿児島県名瀬市)、油井無線中継所(鹿児島県大島郡瀬戸内町)、沖縄本島に渡って多野無線中継所(沖縄・名護市)、首里無線中継所(沖縄・那覇市)を経由して那覇に繋ぐことになったという。
【大浦・朝戸間の山岳回折伝搬路断面図】
第一段階として、1961(昭和36)年10月1日に奄美大島まで電話回線開通。テレビ回線は1963(昭和38)年6月にNHK鹿児島放送局の回線が奄美大島の名瀬市まで開通した。
この時、大浦−朝戸間は341.5kmあり、中之島(鹿児島県鹿児島郡十島村)の主峰・御岳の標高930m付近を山岳回折点として、電電公社風にいえばOH(Over Horizon)方式で回線を結んだのである。
第二段階として沖縄本島・那覇まで開通したのは前述の通り1964(昭和39)年9月1日で、電話もテレビも同時に開通した。
奄美大島と沖縄本島の間も、油井−多野間214.5kmはOH方式で、徳之島(鹿児島県大島郡徳之島町)の井之川岳の標高600m付近を山岳回折点として結んだ。
鹿児島−那覇間のマイクロ回線は、NHKのほか、民放共用回線1本でOTVとRBCの回線を賄ったという。
【油井・多野間の山岳回折伝搬路断面図】
ちなみに那覇までマイクロ回線が結ばれたことによる開通記念式典で、池田勇人首相は「これでオリンピックも沖縄でみられます。これは本土からのなによりの贈り物だと思います」と式辞したという。
奄美暫定開通の1963(昭和38)年6月の名瀬の開所式では、地元出身の作家と南日本新聞編集局長との電話会話で「島民にとって、船便と通信は人体の動脈に等しい。その血管がよりよくなったことは何としても心強いものがある。」と語られたといい、奄美や沖縄の人々にとって電電公社マイクロ網の開通が非常に大きな出来事として受け止められた様子が伝わってくる。
ただし、この時の沖縄に開通した回線規格は白黒テレビ用のものであり、沖縄でカラーテレビ放送の本土同時ネットが始まるのは1972年の日本復帰からとなる。
感動をもって受け止められた日琉電電公社マイクロ回線の開通だが、時を追うごとに沖縄でも日本と同じようにカラーのテレビ放送を見たいという思いは強くなっていった。
電電公社福岡無線通信部の「九州無線史」の202頁に、琉球電電の新里善福総裁がカラー化を要望した際の話が、沖縄工事事務所初代所長だった山根信義氏によって寄稿されているので引用する。
見通し外通信──OH(Over Horizon)方式ではカラーテレビ規格を満たせないということで、それでも琉球電電公社は良いと要望したが、日本電電公社が首を縦に振らず、沖縄にはカラー放送をマイクロ回線で送れなかったのである。
山岳回折は確かに見通し外の遠方まで伝搬させる利得作用はあるが、山で回折するときにどうしても減衰はするので、カラーでは品質劣化が耐えられないと日本電電公社は判断したからだ。
【鹿児島・那覇間の電電公社テレビマイクロ回線(1972年5月現在)】
こうした日琉電電公社間でカラー化要望の折衝があった中で、1969(昭和44)年11月21日、日米共同声明で沖縄の日本復帰が決まった。
年が明けて昭和45年1月24日、佐藤栄作首相が「沖縄へカラーテレビジョン回線を作成したい」と表明し、カラー化に向けた回線設計と工事は進行していくことになる。
「九州無線史」の193頁ではこの佐藤首相発言を「鶴の一声にも似た発言」と表現しており、難工事となることを知る現場としては驚きをもって受け止められたのだろうと思うが、電電公社の米澤滋総裁は佐藤首相にLS(Line of Sight)方式──見通し内通信方式のマイクロウェーブ伝送方式でなければ沖縄でのカラーテレビ回線は実現不可だと言明していて、川原田安夫電電公社マイクロ無線部長が「九州無線史」に寄稿した「九州マイクロ波回線の置局選定」(121〜122頁)で「沖縄の日本復帰時までに費用はいくらかかってもよいから突貫工事でこのルートを完成させよ」と総裁命令が下されたと述懐している。米澤電電公社総裁には沖縄本土復帰の日までの実現を目指して着工する心構えがあったようだ。
かくして、電電公社は九州本土の木床無線中継所から永田(屋久島)−十島(悪石島)−名瀬(奄美大島)−油井(奄美大島)−井之川(徳之島)−知名(沖永良部島)−国頭(沖縄本島)をすべて見通し内伝搬のLS方式で結ぶ大工事を敢行し、まさに沖縄復帰の1972(昭和47)年5月15日当日、沖縄でも東京とテレビのカラー放送同時ネットが実現するのである。
【八重山諸島 竹富島の海岸(2007年 ガラケーで撮影)】
さて、1972年時点で沖縄本島まではカラー放送同時ネットが実現したが、先島諸島(宮古、八重山)にはさすがに届かない。
先島諸島については「九州無線史」の184〜187頁で「沖縄における見通し外通信方式」として記述があり、沖縄本島〜宮古間(約280km)では途中に回折できる島がないため1969年7月に対流圏散乱伝搬方式でまず電話回線を開通させ(1979年開通の沖縄本島〜南大東間も同じ)、宮古〜石垣間は球面回折伝搬方式で結んだという。電波伝搬の方式こそ違うが、先島や大東もOH(Over Horizon)方式で開通したということだ。
電話の開通より遅れ、沖縄本島の豊見城と宮古島の平良の間でテレビ回線が開通するのは1975(昭和50)年7月15日という。宮古−石垣間には放送事業者自営の中継回線が元々あったので、八重山にも同日に開通したことになる。
同じOH(Over Horizon)方式回線の一種とはいえ、「九州無線史」の184頁の諸元表によれば、山岳回折方式で結んだ大浦−朝戸(341.5km)や油井−多野(214.5km)のテレビ回線の送信出力が400Wだったのに対し、対流圏散乱伝搬方式で結んだ豊見城−平良(283.3km)は2kWもの出力が必要だったという。
この対流圏散乱伝搬方式による沖縄本島−宮古島のOH回線も、翌1976(昭和51)年12月22日に具志頭(具志頭村)−上野(上野村)間に海底同軸ケーブルが開通してカラーテレビに移行され、テレビ回線としてはわずか1年5か月の運用で幕を閉じ、電話回線用に移行する。また、テレビ回線が開通したとはいえ利用したのはNHK沖縄放送局のみで、民放のOTVやRBCが先島でも沖縄本島と同時ネットになるのは1993(平成5)年まで待たねばならなかった。
以上のように、マイクロ回線を建設した電電公社側の視点からまとめたが、受け手側はどうだろうか。
前述の通り、奄美大島ではマイクロ回線の開通時に地元出身の作家と南日本新聞編集局長が「島民にとって、船便と通信は人体の動脈に等しい。その血管がよりよくなったことは何としても心強いものがある。」と電話で語っている。
九州本土−沖縄間にOH方式回線建設の際、トカラ列島・中之島で試験のため滞在した望月�算瓩隆鷙�(「九州無線史」の168頁)によれば、機材運搬を手伝ってくれた島の青年の結婚披露宴に招かれ、「無線の人」は区長・郵便局長・校長などと並び上座に座らされ、25度の焼酎一升瓶や鯛の活き造りの刺身が回ってくるというもてなしを受けたといい、当時の電電公社職員の複数の記録から、南西諸島の島民がマイクロ回線の開通に期待を寄せていた様子がひしひしと伝わってくる。
島民のみならず放送局でも、OTVは「民間放送十年史」の史録で「待望の日本本土とのマイクロウェーブが完成する。(中略)このマイクロは沖繩を通り、台湾へのび、さらに東南アジアへのびていくだろう」と、かつて海洋を越えアジア各地と貿易をしていた琉球の人々らしい壮大な展望も語っている。
![Uotsuri01[1]](https://livedoor.blogimg.jp/aomori226/imgs/e/5/e5447d18-s.jpg)
【尖閣諸島 魚釣島(出典：内閣官房ウェブサイト)】
電電公社総裁に上り詰めた米澤滋も、通信に対する島民の切実な思いがわかる人だったかもしれないというエピソードが、米澤自身が日本経済新聞に寄稿した「私の履歴書」にある。
米澤は逓信省職員として日本統治時代の台湾への出張中、搭乗した航空機が尖閣諸島・魚釣島に不時着する経験をしている。
1940(昭和15)年2月5日に発生した大日本航空阿蘇号不時着事故の乗客の一人でなのである。
「私の履歴書」の42〜43頁から、米澤の文章を引用したい。
あまり長々と引用すると面白さが減衰してしまうので、興味がある方は米澤滋の「私の履歴書」を読んでほしいと思う。
沖縄にカラーテレビのマイクロ回線を建設した米澤滋電電公社総裁は、尖閣諸島で遭難し、孤島で通信途絶の辛さを経験した人でもあった。
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まずは南西諸島に入る前に、沖縄テレビ放送(OTV)が使うフジテレビ(CX)系の回線が熊本まで来る経路を日本民間放送連盟の「民間放送十年史」や東京放送(TBS)の「東京放送のあゆみ」、安藤健二の「電電テレビ中継センター(TRC)」、電電公社福岡無線通信部の「九州無線史」などの資料から推測したい。
民放テレビ黎明期の電電公社マイクロ回線網図で掲載したマイクロ回線図から、熊本周辺を抜粋した図を掲載する。
東京放送(TBS)の「東京放送のあゆみ」、安藤健二の「電電テレビ中継センター(TRC)」などの資料から、1964年8月末日時点で阪広福幹線(大阪−広島−福岡)の延長で、福岡−熊本間にはTBS系主体の回線と日本テレビ放送網(NTV)系主体の回線が来たことが確実とみられる。
ところが同年1964年10月1日には、テレビ西日本(TNC)がCX系にネットチェンジする。
これを受けて九州朝日放送(KBC)はクロスネットの片翼・CX系を失って日本教育テレビ(NET)系列局へと変貌し、RKB毎日放送は引き続きTBS系のままなので、NTV系は九州で系列局を喪失することになる。
TNCのネットチェンジで、阪広福幹線の延長で熊本まで来たNTV系主体回線もCX系主体回線に変わってしまったとみているのだが、これを裏付ける資料が見つからない。
一方で1964年8月末日時点で、熊本には、1961年開通の四国経由回線(大阪−高知−大分−熊本−福岡−錦−徳山)も入ってきていたので、山口放送(KRY)行のCX・NET混在の回線もきていた。
ここで、当ブログのような極悪非道な奴に61頁前後の記述が酷評されてきた「山口放送三十年史」が名誉挽回だ。「山口放送三十年史」は89頁で「ネット異変で情勢一転(関門テレビ、徳山テレビと同一番組となる)」と題してTNCのネットチェンジに伴う関門地区の扱いを記録しており、「関門地区(北九州)で日本テレビの番組を視聴できるのは当社のみとなり、懸案の番組規制は自然消滅の形となった。」という。
つまり、KRYに課せられたTNCやKBCと同じ番組は1日の1/3以下にしなければならない関門局の免許上の制約が、NTV系をネット受けし続ければ容易に解決できる状況となったのである。
阪広福幹線で東京から八幡に向かっていた回線はTNCに合わせCX系主体の回線に変わってしまったが、KRYはNTV系を四国回りの回線(1961年開通)で受ければよいのである。
以上のような山口・福岡2県の情勢を考えると、東京からOTVに向かったCX系主体の回線は、阪広福幹線で福岡を経由し、1964年8月当時はNTV系主体の回線だった福岡−熊本間を通過、そして熊本−鹿児島間を通過して南西諸島に渡っていったとみるのが自然だろう。
熊本−鹿児島間は1964年8月時点では南日本放送(MBC)が使うTBS系主体の回線の単線で、1966年に発行された「日本放送年鑑'66」に掲載された「テレビジョン中継回線系統図(昭和41年3月末現在)」でも民放は単線である。
1964年9月に沖縄民放2社がマイクロ回線を受け始めるわけだから、単線であった熊本−鹿児島間は上り(東京方面行)を使わず下り片方向2本(鹿児島・那覇方面行)とする方式でCX系主体の回線とTBS系主体の回線を伸ばしたのだろうと推測する。
九州時点での話が長くなってしまったが、以降、南西諸島方面への本論に移りたい。
【OH方式で整備された日琉マイクロ回線】
日本電信電話公社と琉球電信電話公社によって鹿児島−那覇間のマイクロウェーブ回線網が開通したのは1964(昭和39)年9月1日であり、この日からアメリカ占領下の沖縄のOTVと琉球放送(RBC)が、日本とのテレビ放送同時ネットが可能になった。
電電公社福岡無線通信部の「九州無線史」によれば、1958(昭和33)年にOTV社長、翌1959(昭和34)年7月に琉球電電公社総裁が上京し、それぞれテレビジョン中継線を沖縄まで延長するよう陳情したことに端を発し、日本・琉球両公社間で置局選定ならびに電波伝搬試験を行う話し合いがついたという。
その結果、置局位置は九州本土は大浦無線中継所(鹿児島県川辺郡大浦町)、島しょ部は朝戸無線中継所(鹿児島県名瀬市)、油井無線中継所(鹿児島県大島郡瀬戸内町)、沖縄本島に渡って多野無線中継所(沖縄・名護市)、首里無線中継所(沖縄・那覇市)を経由して那覇に繋ぐことになったという。
第一段階として、1961(昭和36)年10月1日に奄美大島まで電話回線開通。テレビ回線は1963(昭和38)年6月にNHK鹿児島放送局の回線が奄美大島の名瀬市まで開通した。
この時、大浦−朝戸間は341.5kmあり、中之島(鹿児島県鹿児島郡十島村)の主峰・御岳の標高930m付近を山岳回折点として、電電公社風にいえばOH(Over Horizon)方式で回線を結んだのである。
第二段階として沖縄本島・那覇まで開通したのは前述の通り1964(昭和39)年9月1日で、電話もテレビも同時に開通した。
奄美大島と沖縄本島の間も、油井−多野間214.5kmはOH方式で、徳之島(鹿児島県大島郡徳之島町)の井之川岳の標高600m付近を山岳回折点として結んだ。
鹿児島−那覇間のマイクロ回線は、NHKのほか、民放共用回線1本でOTVとRBCの回線を賄ったという。
ちなみに那覇までマイクロ回線が結ばれたことによる開通記念式典で、池田勇人首相は「これでオリンピックも沖縄でみられます。これは本土からのなによりの贈り物だと思います」と式辞したという。
奄美暫定開通の1963(昭和38)年6月の名瀬の開所式では、地元出身の作家と南日本新聞編集局長との電話会話で「島民にとって、船便と通信は人体の動脈に等しい。その血管がよりよくなったことは何としても心強いものがある。」と語られたといい、奄美や沖縄の人々にとって電電公社マイクロ網の開通が非常に大きな出来事として受け止められた様子が伝わってくる。
ただし、この時の沖縄に開通した回線規格は白黒テレビ用のものであり、沖縄でカラーテレビ放送の本土同時ネットが始まるのは1972年の日本復帰からとなる。
【カラーテレビ回線の整備】
感動をもって受け止められた日琉電電公社マイクロ回線の開通だが、時を追うごとに沖縄でも日本と同じようにカラーのテレビ放送を見たいという思いは強くなっていった。
電電公社福岡無線通信部の「九州無線史」の202頁に、琉球電電の新里善福総裁がカラー化を要望した際の話が、沖縄工事事務所初代所長だった山根信義氏によって寄稿されているので引用する。
「昭和39年の東京オリンピックをきっかけに国内ではカラーテレビの視聴者が急増し、マイクロ回線の方も昭和41年には本土側が北は北海道から南は九州の鹿児島まで、すべてカラー化工事が完成したのに対し、鹿児島から沖縄までの既設の見通し外回線だけはカラーテレビが伝送できないということから、沖縄側のカラー化に対する要望は急激に高まっていた。このため昭和42年に琉球電電公社総裁の新里さん(故人)が上京されて、当時技師長だった黒川さん(故人)にカラー化について強く要望された。そしてその完成までは暫定的に、在来の見通し外回線で例え品質は悪くてもよいからカラーテレビの映像を伝送することについても要請された。
私は当時保全局の伝送無線課長として、たまたまこの件に関係したのであるが、黒川さんはこの要請に対し、見通し外回線ではカラーテレビの伝送規格を満足することができず、公社としてはそのようなものをサービスに提供するわけにはゆかないということで、はっきりとお断りになった。このようなことがあってから昭和44年の秋に沖縄返還の話が進展し、45年1月には佐藤首相より本土復帰に関連して、カラーテレビ伝送路を政府の援助により建設することが発表されるに至ったのである。」
私は当時保全局の伝送無線課長として、たまたまこの件に関係したのであるが、黒川さんはこの要請に対し、見通し外回線ではカラーテレビの伝送規格を満足することができず、公社としてはそのようなものをサービスに提供するわけにはゆかないということで、はっきりとお断りになった。このようなことがあってから昭和44年の秋に沖縄返還の話が進展し、45年1月には佐藤首相より本土復帰に関連して、カラーテレビ伝送路を政府の援助により建設することが発表されるに至ったのである。」
見通し外通信──OH(Over Horizon)方式ではカラーテレビ規格を満たせないということで、それでも琉球電電公社は良いと要望したが、日本電電公社が首を縦に振らず、沖縄にはカラー放送をマイクロ回線で送れなかったのである。
山岳回折は確かに見通し外の遠方まで伝搬させる利得作用はあるが、山で回折するときにどうしても減衰はするので、カラーでは品質劣化が耐えられないと日本電電公社は判断したからだ。
こうした日琉電電公社間でカラー化要望の折衝があった中で、1969(昭和44)年11月21日、日米共同声明で沖縄の日本復帰が決まった。
年が明けて昭和45年1月24日、佐藤栄作首相が「沖縄へカラーテレビジョン回線を作成したい」と表明し、カラー化に向けた回線設計と工事は進行していくことになる。
「九州無線史」の193頁ではこの佐藤首相発言を「鶴の一声にも似た発言」と表現しており、難工事となることを知る現場としては驚きをもって受け止められたのだろうと思うが、電電公社の米澤滋総裁は佐藤首相にLS(Line of Sight)方式──見通し内通信方式のマイクロウェーブ伝送方式でなければ沖縄でのカラーテレビ回線は実現不可だと言明していて、川原田安夫電電公社マイクロ無線部長が「九州無線史」に寄稿した「九州マイクロ波回線の置局選定」(121〜122頁)で「沖縄の日本復帰時までに費用はいくらかかってもよいから突貫工事でこのルートを完成させよ」と総裁命令が下されたと述懐している。米澤電電公社総裁には沖縄本土復帰の日までの実現を目指して着工する心構えがあったようだ。
かくして、電電公社は九州本土の木床無線中継所から永田(屋久島)−十島(悪石島)−名瀬(奄美大島)−油井(奄美大島)−井之川(徳之島)−知名(沖永良部島)−国頭(沖縄本島)をすべて見通し内伝搬のLS方式で結ぶ大工事を敢行し、まさに沖縄復帰の1972(昭和47)年5月15日当日、沖縄でも東京とテレビのカラー放送同時ネットが実現するのである。
【先島にも伸びたTVマイクロ回線】
さて、1972年時点で沖縄本島まではカラー放送同時ネットが実現したが、先島諸島(宮古、八重山)にはさすがに届かない。
先島諸島については「九州無線史」の184〜187頁で「沖縄における見通し外通信方式」として記述があり、沖縄本島〜宮古間(約280km)では途中に回折できる島がないため1969年7月に対流圏散乱伝搬方式でまず電話回線を開通させ(1979年開通の沖縄本島〜南大東間も同じ)、宮古〜石垣間は球面回折伝搬方式で結んだという。電波伝搬の方式こそ違うが、先島や大東もOH(Over Horizon)方式で開通したということだ。
電話の開通より遅れ、沖縄本島の豊見城と宮古島の平良の間でテレビ回線が開通するのは1975(昭和50)年7月15日という。宮古−石垣間には放送事業者自営の中継回線が元々あったので、八重山にも同日に開通したことになる。
同じOH(Over Horizon)方式回線の一種とはいえ、「九州無線史」の184頁の諸元表によれば、山岳回折方式で結んだ大浦−朝戸(341.5km)や油井−多野(214.5km)のテレビ回線の送信出力が400Wだったのに対し、対流圏散乱伝搬方式で結んだ豊見城−平良(283.3km)は2kWもの出力が必要だったという。
この対流圏散乱伝搬方式による沖縄本島−宮古島のOH回線も、翌1976(昭和51)年12月22日に具志頭(具志頭村)−上野(上野村)間に海底同軸ケーブルが開通してカラーテレビに移行され、テレビ回線としてはわずか1年5か月の運用で幕を閉じ、電話回線用に移行する。また、テレビ回線が開通したとはいえ利用したのはNHK沖縄放送局のみで、民放のOTVやRBCが先島でも沖縄本島と同時ネットになるのは1993(平成5)年まで待たねばならなかった。
【若き日に尖閣諸島に渡った米澤滋電電公社総裁】
以上のように、マイクロ回線を建設した電電公社側の視点からまとめたが、受け手側はどうだろうか。
前述の通り、奄美大島ではマイクロ回線の開通時に地元出身の作家と南日本新聞編集局長が「島民にとって、船便と通信は人体の動脈に等しい。その血管がよりよくなったことは何としても心強いものがある。」と電話で語っている。
九州本土−沖縄間にOH方式回線建設の際、トカラ列島・中之島で試験のため滞在した望月�算瓩隆鷙�(「九州無線史」の168頁)によれば、機材運搬を手伝ってくれた島の青年の結婚披露宴に招かれ、「無線の人」は区長・郵便局長・校長などと並び上座に座らされ、25度の焼酎一升瓶や鯛の活き造りの刺身が回ってくるというもてなしを受けたといい、当時の電電公社職員の複数の記録から、南西諸島の島民がマイクロ回線の開通に期待を寄せていた様子がひしひしと伝わってくる。
島民のみならず放送局でも、OTVは「民間放送十年史」の史録で「待望の日本本土とのマイクロウェーブが完成する。(中略)このマイクロは沖繩を通り、台湾へのび、さらに東南アジアへのびていくだろう」と、かつて海洋を越えアジア各地と貿易をしていた琉球の人々らしい壮大な展望も語っている。
![Uotsuri01[1]](https://livedoor.blogimg.jp/aomori226/imgs/e/5/e5447d18.jpg)
電電公社総裁に上り詰めた米澤滋も、通信に対する島民の切実な思いがわかる人だったかもしれないというエピソードが、米澤自身が日本経済新聞に寄稿した「私の履歴書」にある。
米澤は逓信省職員として日本統治時代の台湾への出張中、搭乗した航空機が尖閣諸島・魚釣島に不時着する経験をしている。
1940(昭和15)年2月5日に発生した大日本航空阿蘇号不時着事故の乗客の一人でなのである。
「私の履歴書」の42〜43頁から、米澤の文章を引用したい。
「客室の荷物はみんな海中に捨てたはずだが、私のカメラがどういうわけか、機内に残っていて、遭難機をバックに九死に一生の記念撮影をした。この写真はあとで新聞に掲載された。
飛行機の蓄電池を利用して、信号灯を作り、救助に備えた。しかし家族や関係方面に、「全員無事」ということを伝えるすべはなかった。こうしたときの人間の心理は不思議なもので、救助には来てくれると確信していたものの、ロビンソン・クルーソーのことなどを思い出して、やはり心細い限りであった。夜になって、雨が降り出し風も出て来た。みんなで、岩穴を見つけて、身をかくしたが、入り口から雨が天井伝いに入ってきて、しずくになり、背中までぬれてしまった。」
飛行機の蓄電池を利用して、信号灯を作り、救助に備えた。しかし家族や関係方面に、「全員無事」ということを伝えるすべはなかった。こうしたときの人間の心理は不思議なもので、救助には来てくれると確信していたものの、ロビンソン・クルーソーのことなどを思い出して、やはり心細い限りであった。夜になって、雨が降り出し風も出て来た。みんなで、岩穴を見つけて、身をかくしたが、入り口から雨が天井伝いに入ってきて、しずくになり、背中までぬれてしまった。」
あまり長々と引用すると面白さが減衰してしまうので、興味がある方は米澤滋の「私の履歴書」を読んでほしいと思う。
沖縄にカラーテレビのマイクロ回線を建設した米澤滋電電公社総裁は、尖閣諸島で遭難し、孤島で通信途絶の辛さを経験した人でもあった。
◆引用文献・参考文献・ウェブサイト
・青木貞伸編著(1981)「日本の民放ネットワーク : JNNの軌跡」JNNネットワーク協議会
・四国電気通信局(1973)「四国電信電話事業史 : 公社発足20年」
・東京放送社史編集室(1965)「東京放送のあゆみ」
・永森四郎(1960)「日本の電信電話(少年産業博物館 ; 25)」ポプラ社
・日本電信電話公社福岡無線通信部(1984)「九州無線史」
・日本民間放送連盟(1961)「民間放送十年史」
・日本民間放送連盟(1966)「日本放送年鑑 1966(昭41)年版」
・山口放送株式会社(1987)「山口放送三十年史」
・米沢滋(1977)「私の履歴書」日本経済新聞社
・琉球放送株式会社(1965)「琉球放送十年史」
・青木貞伸編著(1981)「日本の民放ネットワーク : JNNの軌跡」JNNネットワーク協議会
・四国電気通信局(1973)「四国電信電話事業史 : 公社発足20年」
・東京放送社史編集室(1965)「東京放送のあゆみ」
・永森四郎(1960)「日本の電信電話(少年産業博物館 ; 25)」ポプラ社
・日本電信電話公社福岡無線通信部(1984)「九州無線史」
・日本民間放送連盟(1961)「民間放送十年史」
・日本民間放送連盟(1966)「日本放送年鑑 1966(昭41)年版」
・山口放送株式会社(1987)「山口放送三十年史」
・米沢滋(1977)「私の履歴書」日本経済新聞社
・琉球放送株式会社(1965)「琉球放送十年史」
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