電電公社マイクロネタは津軽の塔−石崎無線中継所で〆にしたかったのだが、もう一軒、もといもう一件だけお付き合いを。
東北電気通信局編(1982)「東北の電信電話；公社30周年」は電電公社のマイクロ第二東仙札幹線の無線中継所のルートを把握するにあたって第一級の史料だと思っているのだが、240頁の図「長距離ルート図(昭55年度末)」には非常に気になるルートも予定線として記載されているのである。
それは、いわば第2東新札ルート(東京−新潟−札幌)とでもいうべき予定線で、津軽海峡を渡る第4のマイクロ回線ルートである。
秋田以南は既存ルートの増強のようにみえるが(信越、関東管内は記載がないので詳しくわからない)、秋田以北は既存の東新札ルートに並行し津軽海峡を渡るルートである。
具体的な秋田以北の予定無線中継所ルートは、秋田−中石−湯ノ沢−小坂−弘前−上熊石−市浦−白神(北海道)であり、北海道管内の詳細もまた不明である。
【青函圏マイクロ回線網 第2東新札ルート予定図】
ぶっちゃけた話、電電公社やNTTのマイクロウェーブ伝送回線のルートを、一般にも公表された資料から追跡できるのは津軽の塔(石崎無線中継所、第二東仙札幹線)の頃までが限界なのではないかと思っており、ここから先は運よく電電公社やNTTから外に出た図面や資料に出会えた人の世界なのではないかと思う。
私としては、第二東新札の秋田−弘前−市浦−白神は実現しなかったのではないかと推測している。というのは、「東北の電信電話；公社30周年」から3年後の1985年にNTT札幌無線支社が発行した「北海道無線史 続」に記載の長距離マイクロ波方式の図には白神の「し」の字も無いからである。
「北海道無線史 続」には北海道内の予定線の記載もあって、上帯広−帯広木野−上厚内や、北見−紋別山−稚内などを見ることが出来るが、津軽海峡を越える4本目の線や白神無線中継所、白神以北の経路などは全く存在しないことになっているのである。電電公社時代の1980(昭和55)年度末には存在した計画で間違いないが、民営化しNTT元年となった1985年頃には見直されているルートなのではないかというのが私の推測である。
【NTT弘前本町ビル鉄塔】
それでも第二東新札の無線中継所の位置を推定しておこうかと思う。秋田−白神間で、位置が確実にわかる無線中継所は秋田(現NTT秋田支店)と、弘前(現NTT弘前本町ビル)くらいである。ほかの無線中継所は、手書きらしい地図におおよその位置が載っている程度であり、詳細な位置関係はわからない。何せ、電電公社は高瀬川水系の上北郡七戸町に置いた無線中継所に「奥入瀬」と名付けるくらいなので、名称から位置が絞り込めるとも限らない。
国土地理院の地形図とにらめっこしながら電波塔の地図記号を探し、Radio mobileで電波伝搬シミュレーションをし、スーパー地形で地形断面図を取り、位置を予想していこうと思う。
もしも第二東新札が実在するなら、詳細を知っている人にしてみれば馬鹿げた記事だと思うが、お付き合いいただきたい。
まず、「東北の電信電話；公社30周年」で秋田の次の無線中継所として名前が挙がっている中石無線中継所は男鹿半島北岸付近に描かれている。
普通に考えれば男鹿市五里合中石(ちゅういし)に位置するかと思うが、地形図で五里合中石に電波塔の地図記号を見つけることはできないし、過去の航空写真でも電電公社やNTT特有の八角形のステージを持つ鉄塔がまるで見つからない。
男鹿は半島西部の本山・毛無山地区や、寒風山にも電波塔は存在していて、そちらに無線中継所を置いて中石(ちゅういし)と名付ける可能性も否定できない。
ただし、本山・毛無山地区や、寒風山だと男鹿国定公園の指定区域内になってしまう。そこに無線塔を新設するとなれば津軽国定公園内の石崎無線中継所のように景観問題との対決は避けられず、第二の津軽の塔のような男鹿のコンクリートタワーが──などと妄想したくなるが、真藤恒総裁時代に“男鹿の塔”は厳しいだろう。
【第2東新札 秋田−中石推定断面図】
男鹿国定公園の問題から本山・毛無山地区や寒風山は避けて、中石は五里合中石地区周辺を置局候補地にしていたのではないかというのが当ブログの予想である。
地形図上で五里合中石に電波塔は見つけられないが、近隣に所在する秋田県のテレビ放送局の五里合中継局の位置を候補地と予想し、地形断面図を取ってみると上図の通りとなった。秋田の送信高を80m、中石の受信高を120mと推測してシミュレーションしたが、もう少し鉄塔は低くても通信可能な余裕ある地形である。
ここで正しいという自信はあまりないが、ひとまず中石無線中継所の位置を、現在の地デジの五里合中継局の位置だと推定し、次の湯ノ沢無線中継所を予想していこう。
湯ノ沢無線中継所は「東北の電信電話；公社30周年」では能代市東方の旧二ツ井町周辺に描かれていて、二ツ井町には小字名で湯ノ沢が存在する(大字名は小繋)。
地図の描き方だと二ツ井町の湯ノ沢が本命かなと思いつつ、秋田県北で湯ノ沢、表記ゆれも考慮して湯沢、湯の沢も含め検討してみると旧森吉町(現北秋田市)の小又川上流に湯ノ岱川向湯ノ沢という地名があり、湯の沢温泉も同地区に所在する。仮に森吉山系に湯ノ沢無線中継所があったなら、標高的に電波条件は二ツ井より良さそうに感じる。
しかし湯の沢温泉が位置する小又川の右岸には、電電公社が作ったような道筋や無線塔も見えず、ひたすら厳しい地形という感じである。湯の沢温泉とは小又川を挟んで反対の左岸側に目を向けると、森吉山の西側斜面には電波塔も複数あって電波通信には適しているのだろうと思うが、過去の航空写真をみても電電公社やNTTらしい八角形のステージを持つ鉄塔は見えない。
【第2東新札 中石−湯ノ沢推定断面図】
ならば二ツ井の方なのだろうか。
きみまち阪の北方の253.6m高地に無線塔が見え、過去の国土地理院の航空写真やGoogle earthの写真も不明瞭だが、NTTの建屋っぽいものはみえる。ここだという確証はないのだが、「東北の電信電話；公社30周年」の描き方を信じれば、湯ノ沢無線中継所はきみまち阪の上に位置する想定ではなかったか。
中石の送信高を120m、湯ノ沢の受信高を300mと推測してシミュレーションしたが、ここも通信可能な余裕ある地形である。
素直に湯ノ沢無線中継所はは能代市二ツ井町小繋湯ノ沢─きみまち阪だと考えることとしたい。
今回、秋田県内で推定にもっとも苦労したのが小坂無線中継所の位置である。
手前の湯ノ沢無線中継所が二ツ井でも森吉でもとりあえず小坂町内で電波が通る地点はあるが、小坂は県境を越えて弘前に通じる地点がほぼ皆無のような地形なのである。また、素直に受け止めれば鹿角郡小坂町のことだろうが、鹿角市にも大字花輪字小坂があるのが難易度を上げた。
ヒントとして大きかったのは、弘前無線中継所の位置は弘前市大町のNTT弘前本町ビルだろうと推測できたことである。Radio mobileを用いて湯ノ沢と弘前の電波伝搬シミュレーションを実施し、双方と通信可能な地点から候補地を絞り込むこととした。
湯ノ沢と弘前の双方とも見通し内通信が成立し、受信電界強度が高くとれる地点は県境の稜線のごく一部に限られた。当ブログが小坂無線中継所の位置として推定したのは、馬糞森山西方の651m高地である。
現在、国土地理院の地形図や航空写真にも、付近に接近する道路が無いので自信はなかったが、国土地理院が2001年9月に撮影した航空写真(撮影地域：田代岳、整理番号：TO20016Y)をみると古遠部川上流の沢づたいに651mに接近する林道が見えた。既存の林道があることも、電電公社の置局の参考になったはずである。
【小坂無線中継所推定地 651m高地】
あくまでも当ブログの推定なので、ここで正しいかどうか自信は無い。小坂と碇ヶ関を隔てる県境の尾根は坂梨峠を越える国道282号以外に道らしい道もない。しかし弘前と湯ノ沢に電波が通る地点に無線中継所を建てるとなれば、こうした県境の稜線以外に有力な地点はなく、実現するためには難工事が強いられることになったのではないかと思う。
小坂無線中継所は送信高700m、弘前無線中継所は送信高100mと推定したが、湯ノ沢−小坂−弘前は見通しも良好に確保できる地形である。さすがの電電公社もまさか1980年代以降に小坂町中心部に無線中継所を置いて、1960年代の日琉マイクロのように山岳回折によるOH方式回線をやるとは思えない。小坂町中心部周辺に無線中継所を置くと、県境の稜線だけではなく、青森県側に入ってから大鰐の阿闍羅山も弘前への電波を阻害する自然障壁となるので、相当厳しい地区である。
651m高地に置く計画だったかは確証が持てないが、それでも県境の稜線周辺に小坂無線中継所を置く計画だったとみるのが自然ではないかと思う。
弘前の次は、「東北の電信電話；公社30周年」では五所川原市から金木町にかけてのエリアに描かれた上熊石無線中継所であるが、五所川原市は大字毘沙門字上熊石がある。
大字毘沙門の下に付く小字としては上熊石以外にも熊石、中熊石、下熊石、西熊石などがあるようだが、思いっきり津軽平野で、マウンテントップ方式の無線塔を建てるにはどうなのかという地区になる。それこそ、金に糸目をつけず背の高い無線塔を建設するという手法も米澤滋総裁や秋草篤二総裁時代ならあり得るかもしれないが、光ファイバーに置換が始まる時期に実現するだろうかという気がする。第一、それほど立派なNTT鉄塔が五所川原や金木にあったら記憶にあるはずだが、思い浮かばないのである。
【つがる市の岩木川左岸土手から望むNTT東日本五所川原ビルと五所川原市街地】
ちなみに五所川原市にはNTT東日本五所川原ビル(NTT東日本五所川原電話交換所)の立派なマイクロ無線鉄塔が現存する。五所川原は弘前無線中継所のみならず、既存の東新札ルートの黒森無線中継所にも通信可能な地理条件である。根拠となる資料が無く、五所川原の無線鉄塔は近距離市外電話回線用の短距離マイクロ回線だったのではないかと思うが、五所川原に鉄塔があるなら上熊石周辺に無線中継所を建てずに流用しても良いのではないか。
【馬ノ神山も怪しい】
もう一つ怪しいのは、青森の地デジの親局がある馬ノ神山の山頂西方にある無線塔マークである。航空写真を見ると、過去にもこの地点に電電公社やNTTっぽい鉄塔は存在した形跡が見つからず、反射板が現存するのみであるが、Google検索すると「馬ノ神無線中継所(閉業)」なるものも近隣にある。これを上熊石と名付けるのは相当無理があるが、七戸の無線中継所に奥入瀬と命名する組織だからわからない。
【毘沙門牧場南東端付近を候補地と推定】
結局、上熊石無線中継所のヒントも痕跡らしきものも見つからないので、Radio mobileで弘前無線中継所からERP=20Wでシミュレーションしてみることにすると、飯詰集落北方の83.5m高地や、上熊石最東端の毘沙門牧場の南東端が良好な受信電界強度の地点として赤く浮かび上がってきた。
「上熊石」と名付けるくらいだから、飯詰の方ではなく住所が毘沙門上熊石となる毘沙門牧場の方だろうか。標高は80mなので50m鉄塔と仮定して空中線高130mで弘前との断面図をとってみる。
【第2東新札 弘前−上熊石推定断面図】
見通しに問題はなし。ここが上熊石無線中継所だという推定が正しいか自信はないが、日本電信電話公社施設局 編(1978)「電気通信施設 30(12)」に、望月一郎・電電公社建築局特殊建築工事事務所調査役が寄稿した「樽前・石崎コンクリートタワー」内の「無番地の土地や公図のない土地が多く、敷地買収に日時がかかり買収が困難であった」場所は避けたという津軽の塔の土地選定の経緯を考えると、毘沙門牧場が五所川原市営という点は用地確保の面では優位に立てる条件である。下手に民有林に手を出すより、五所川原市が土地交渉相手である方が電電公社やNTTにしても楽だったはずである。
他に上熊石地区で良好に電界強度を得られるポイントもなさそうだし、上熊石無線中継所は毘沙門牧場だと仮定したい。
本州側で最後の第2東新札の無線中継所は市浦無線中継所だという計画になっていた。
次が北海道の白神無線中継所ということだが、1985年にNTT札幌無線支社が発行した「北海道無線史 続」にも白神無線中継所は無かったことになっており、市浦ともども存在しなかっただろうと推測するのだが、推定しやすそうなのは北海道・白神の方である。
吉岡峠を越える国道228号の旧線から分岐する林道を進むと、標高352mの白神岳があり、ここには北海道開発局の白神岳無線中継所が存在する。北海道開発局の無線中継所と同位置だったと推定し、送信高400m、ERP=200WでRadio mobileでシミュレーションしたのか下図である。
【古館牧野付近を候補地と推定】
旧市浦村域で、ポツンと赤い点が出たのが古館牧野の145m高地である。古館牧野もまた五所川原市営の牧場である(当時は市浦村営)。ここ以外で旧市浦村域で白神無線中継所と良好に無線通信できそうな土地は四ツ滝山に連なる深い山中などに限られ、公有地かつ道路も付近まで来ているとなれば市浦無線中継所の位置は古館牧野だったのではないかというのが当ブログの見立てである。
上熊石−市浦−白神の地形断面図も見通し条件に問題はなし。松前の白神から見通しがある市浦の適地が古館牧野くらいしか見つからないので、何となくこれで良い気がするが、根拠はない。
近川−汐首(東仙札)、蓬田−知内(東新札)、石崎−渡島当別(第2東仙札)に続く第4の津軽海峡横断マイクロ回線として第2東新札の市浦−白神が誕生したとすれば、古館牧野と白神岳だったのだろうと思うのである。
前述の通り、北海道に渡った後の白神以北のルートについては、1985年にNTT札幌無線支社が発行した「北海道無線史 続」では無かったことになっており、どのような想定で北上したのか知る由もない。
電電公社後期の米澤・秋草体制時代に計画されながらも、最後の総裁・真藤体制以降で見直され、NTTでは建設に至らなかったのがマイクロ第2東新札なのではないか。
以上のように秋田−中石−湯ノ沢−小坂−弘前−上熊石−市浦−白神の無線中継所の位置の推定を行ってきたが、電電公社が全国に展開したマイクロ回線網がNTTによって光ファイバー網に置換されたのは紛れもない事実である。
角間隆(1985)「NTT情報事典 : 21世紀を拓く情報・通信革命!」(講談社)の163-165頁に日本縦貫光ケーブル伝送路の記載がある。角間隆によれば旭川から鹿児島に至る光ケーブル網が1983(昭和58)年3月に着工し、1985(昭和60)年2月8日に完成したという。
日本縦貫光ケーブル伝送路の東京以北は青森までおおむね東北新幹線沿線各都市に沿うルートで北上し、津軽半島から海底光ケーブルで函館に上陸後、噴火湾も海底光ケーブルで横断し、室蘭−苫小牧−札幌−旭川と至っている。マイクロ回線の第2東仙札幹線の石崎−渡島当別に並行するように津軽半島と松前半島を結ぶ海底光ケーブルが完成し、後に八戸−苫小牧間にも海底光ケーブルが敷設され、市浦−白神という第2東新札ルートの整備が不要と見做されたのだろう。
これでマイクロ回線網は縮小・廃止への流れが一気に進むのかと思いきや、1999(平成11)年8月28日の東奥日報朝刊に掲載された「あおもり１１０山」に、東北一高いNTTの鉄塔として尖岳に位置する125mの今別無線中継所についての記載がある。
【旧NTT今別無線中継所の位置】
残念ながら今別無線中継所は既に廃止、解体済みであるが、「あおもり１１０山」のページに往時の姿を見ることが出来る。
市浦無線中継所は出来なかったが、今別無線中継所が第2東新札の襷を繋ぐ存在になったのだろうか？だとすれば今別と弘前の間の無線中継所はどうなるのだろうか？
詳しい位置もわかるし(標高は約200m)、東奥日報の記事に125mという鉄塔高の情報もあるので、Radio mobileで送信高325m、ERP=20Wとして今別無線中継所のシミュレーションもしてみよう。
【今別無線中継所伝搬シミュレーション】
津軽海峡に向けて開けた北海道方面は好条件であろうが、今別無線中継所はいくら東北一高い鉄塔で125mだとしても、送信高は325m程度にしかならないので、津軽半島の稜線を越えて津軽平野や青森平野に出て行くことが出来ない。
今別無線中継所にとって最も近隣に位置する無線中継所が津軽の塔・石崎無線中継所であるが、平舘山地がそれを阻むので通信不可能な地形である。
本州側で唯一、既存の無線中継所で今別無線中継所に見通し内通信が出来る無線中継所は、東新札ルートの蓬田無線中継所である。
【蓬田−今別推定断面図】
今別無線中継所の設置経緯は資料を見つけられないので不明であるが、東新札ルート蓬田無線中継所から分岐して今別を経由し北海道に渡るという冗長性を持つ回線ルートで、壮大な第2東新札計画を代替するものではないかと思う。
1968年十勝沖地震のような災害で、北海道側の知内無線中継所が機能不全に陥った場合、蓬田無線中継所から第2東仙札幹線の渡島当別無線中継所や石崎無線中継所は見通し外となるため回線は繋がらないが、今別を介することで渡島当別に渡ることは可能になる。また、本州側の石崎無線中継所で不測の事態の際も、渡島当別から今別、蓬田を介して青森統制無線中継所まで渡すことも可能になる。
今別無線中継所を置くことで、東新札⇔第2東仙札の経路切替を可能とし冗長性向上を図ったのではないかというのが私の見立てである。
第2東新札は、東北電気通信局編(1982)「東北の電信電話；公社30周年」で見ることが出来るマイクロ回線の未成線、ということになるのだと思う。
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東北電気通信局編(1982)「東北の電信電話；公社30周年」は電電公社のマイクロ第二東仙札幹線の無線中継所のルートを把握するにあたって第一級の史料だと思っているのだが、240頁の図「長距離ルート図(昭55年度末)」には非常に気になるルートも予定線として記載されているのである。
それは、いわば第2東新札ルート(東京−新潟−札幌)とでもいうべき予定線で、津軽海峡を渡る第4のマイクロ回線ルートである。
秋田以南は既存ルートの増強のようにみえるが(信越、関東管内は記載がないので詳しくわからない)、秋田以北は既存の東新札ルートに並行し津軽海峡を渡るルートである。
具体的な秋田以北の予定無線中継所ルートは、秋田−中石−湯ノ沢−小坂−弘前−上熊石−市浦−白神(北海道)であり、北海道管内の詳細もまた不明である。
ぶっちゃけた話、電電公社やNTTのマイクロウェーブ伝送回線のルートを、一般にも公表された資料から追跡できるのは津軽の塔(石崎無線中継所、第二東仙札幹線)の頃までが限界なのではないかと思っており、ここから先は運よく電電公社やNTTから外に出た図面や資料に出会えた人の世界なのではないかと思う。
私としては、第二東新札の秋田−弘前−市浦−白神は実現しなかったのではないかと推測している。というのは、「東北の電信電話；公社30周年」から3年後の1985年にNTT札幌無線支社が発行した「北海道無線史 続」に記載の長距離マイクロ波方式の図には白神の「し」の字も無いからである。
「北海道無線史 続」には北海道内の予定線の記載もあって、上帯広−帯広木野−上厚内や、北見−紋別山−稚内などを見ることが出来るが、津軽海峡を越える4本目の線や白神無線中継所、白神以北の経路などは全く存在しないことになっているのである。電電公社時代の1980(昭和55)年度末には存在した計画で間違いないが、民営化しNTT元年となった1985年頃には見直されているルートなのではないかというのが私の推測である。
それでも第二東新札の無線中継所の位置を推定しておこうかと思う。秋田−白神間で、位置が確実にわかる無線中継所は秋田(現NTT秋田支店)と、弘前(現NTT弘前本町ビル)くらいである。ほかの無線中継所は、手書きらしい地図におおよその位置が載っている程度であり、詳細な位置関係はわからない。何せ、電電公社は高瀬川水系の上北郡七戸町に置いた無線中継所に「奥入瀬」と名付けるくらいなので、名称から位置が絞り込めるとも限らない。
国土地理院の地形図とにらめっこしながら電波塔の地図記号を探し、Radio mobileで電波伝搬シミュレーションをし、スーパー地形で地形断面図を取り、位置を予想していこうと思う。
もしも第二東新札が実在するなら、詳細を知っている人にしてみれば馬鹿げた記事だと思うが、お付き合いいただきたい。
【中石無線中継所は地デジの五里合中継局付近か】
まず、「東北の電信電話；公社30周年」で秋田の次の無線中継所として名前が挙がっている中石無線中継所は男鹿半島北岸付近に描かれている。
普通に考えれば男鹿市五里合中石(ちゅういし)に位置するかと思うが、地形図で五里合中石に電波塔の地図記号を見つけることはできないし、過去の航空写真でも電電公社やNTT特有の八角形のステージを持つ鉄塔がまるで見つからない。
男鹿は半島西部の本山・毛無山地区や、寒風山にも電波塔は存在していて、そちらに無線中継所を置いて中石(ちゅういし)と名付ける可能性も否定できない。
ただし、本山・毛無山地区や、寒風山だと男鹿国定公園の指定区域内になってしまう。そこに無線塔を新設するとなれば津軽国定公園内の石崎無線中継所のように景観問題との対決は避けられず、第二の津軽の塔のような男鹿のコンクリートタワーが──などと妄想したくなるが、真藤恒総裁時代に“男鹿の塔”は厳しいだろう。
男鹿国定公園の問題から本山・毛無山地区や寒風山は避けて、中石は五里合中石地区周辺を置局候補地にしていたのではないかというのが当ブログの予想である。
地形図上で五里合中石に電波塔は見つけられないが、近隣に所在する秋田県のテレビ放送局の五里合中継局の位置を候補地と予想し、地形断面図を取ってみると上図の通りとなった。秋田の送信高を80m、中石の受信高を120mと推測してシミュレーションしたが、もう少し鉄塔は低くても通信可能な余裕ある地形である。
ここで正しいという自信はあまりないが、ひとまず中石無線中継所の位置を、現在の地デジの五里合中継局の位置だと推定し、次の湯ノ沢無線中継所を予想していこう。
【湯ノ沢無線中継所はきみまち阪付近か】
湯ノ沢無線中継所は「東北の電信電話；公社30周年」では能代市東方の旧二ツ井町周辺に描かれていて、二ツ井町には小字名で湯ノ沢が存在する(大字名は小繋)。
地図の描き方だと二ツ井町の湯ノ沢が本命かなと思いつつ、秋田県北で湯ノ沢、表記ゆれも考慮して湯沢、湯の沢も含め検討してみると旧森吉町(現北秋田市)の小又川上流に湯ノ岱川向湯ノ沢という地名があり、湯の沢温泉も同地区に所在する。仮に森吉山系に湯ノ沢無線中継所があったなら、標高的に電波条件は二ツ井より良さそうに感じる。
しかし湯の沢温泉が位置する小又川の右岸には、電電公社が作ったような道筋や無線塔も見えず、ひたすら厳しい地形という感じである。湯の沢温泉とは小又川を挟んで反対の左岸側に目を向けると、森吉山の西側斜面には電波塔も複数あって電波通信には適しているのだろうと思うが、過去の航空写真をみても電電公社やNTTらしい八角形のステージを持つ鉄塔は見えない。
ならば二ツ井の方なのだろうか。
きみまち阪の北方の253.6m高地に無線塔が見え、過去の国土地理院の航空写真やGoogle earthの写真も不明瞭だが、NTTの建屋っぽいものはみえる。ここだという確証はないのだが、「東北の電信電話；公社30周年」の描き方を信じれば、湯ノ沢無線中継所はきみまち阪の上に位置する想定ではなかったか。
中石の送信高を120m、湯ノ沢の受信高を300mと推測してシミュレーションしたが、ここも通信可能な余裕ある地形である。
素直に湯ノ沢無線中継所はは能代市二ツ井町小繋湯ノ沢─きみまち阪だと考えることとしたい。
【小坂無線中継所は県境の稜線か】
今回、秋田県内で推定にもっとも苦労したのが小坂無線中継所の位置である。
手前の湯ノ沢無線中継所が二ツ井でも森吉でもとりあえず小坂町内で電波が通る地点はあるが、小坂は県境を越えて弘前に通じる地点がほぼ皆無のような地形なのである。また、素直に受け止めれば鹿角郡小坂町のことだろうが、鹿角市にも大字花輪字小坂があるのが難易度を上げた。
ヒントとして大きかったのは、弘前無線中継所の位置は弘前市大町のNTT弘前本町ビルだろうと推測できたことである。Radio mobileを用いて湯ノ沢と弘前の電波伝搬シミュレーションを実施し、双方と通信可能な地点から候補地を絞り込むこととした。
| 小坂無線中継所 位置推定 | |
 |  |
| 湯ノ沢無線中継所受信電界 | 弘前無線中継所受信電界 |
湯ノ沢と弘前の双方とも見通し内通信が成立し、受信電界強度が高くとれる地点は県境の稜線のごく一部に限られた。当ブログが小坂無線中継所の位置として推定したのは、馬糞森山西方の651m高地である。
現在、国土地理院の地形図や航空写真にも、付近に接近する道路が無いので自信はなかったが、国土地理院が2001年9月に撮影した航空写真(撮影地域：田代岳、整理番号：TO20016Y)をみると古遠部川上流の沢づたいに651mに接近する林道が見えた。既存の林道があることも、電電公社の置局の参考になったはずである。
あくまでも当ブログの推定なので、ここで正しいかどうか自信は無い。小坂と碇ヶ関を隔てる県境の尾根は坂梨峠を越える国道282号以外に道らしい道もない。しかし弘前と湯ノ沢に電波が通る地点に無線中継所を建てるとなれば、こうした県境の稜線以外に有力な地点はなく、実現するためには難工事が強いられることになったのではないかと思う。
| 湯ノ沢−小坂−弘前 推定地形断面図 | |
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| 湯ノ沢−小坂 | 小坂−弘前 |
小坂無線中継所は送信高700m、弘前無線中継所は送信高100mと推定したが、湯ノ沢−小坂−弘前は見通しも良好に確保できる地形である。さすがの電電公社もまさか1980年代以降に小坂町中心部に無線中継所を置いて、1960年代の日琉マイクロのように山岳回折によるOH方式回線をやるとは思えない。小坂町中心部周辺に無線中継所を置くと、県境の稜線だけではなく、青森県側に入ってから大鰐の阿闍羅山も弘前への電波を阻害する自然障壁となるので、相当厳しい地区である。
651m高地に置く計画だったかは確証が持てないが、それでも県境の稜線周辺に小坂無線中継所を置く計画だったとみるのが自然ではないかと思う。
【上熊石無線中継所は見当もつかないが……】
弘前の次は、「東北の電信電話；公社30周年」では五所川原市から金木町にかけてのエリアに描かれた上熊石無線中継所であるが、五所川原市は大字毘沙門字上熊石がある。
大字毘沙門の下に付く小字としては上熊石以外にも熊石、中熊石、下熊石、西熊石などがあるようだが、思いっきり津軽平野で、マウンテントップ方式の無線塔を建てるにはどうなのかという地区になる。それこそ、金に糸目をつけず背の高い無線塔を建設するという手法も米澤滋総裁や秋草篤二総裁時代ならあり得るかもしれないが、光ファイバーに置換が始まる時期に実現するだろうかという気がする。第一、それほど立派なNTT鉄塔が五所川原や金木にあったら記憶にあるはずだが、思い浮かばないのである。
ちなみに五所川原市にはNTT東日本五所川原ビル(NTT東日本五所川原電話交換所)の立派なマイクロ無線鉄塔が現存する。五所川原は弘前無線中継所のみならず、既存の東新札ルートの黒森無線中継所にも通信可能な地理条件である。根拠となる資料が無く、五所川原の無線鉄塔は近距離市外電話回線用の短距離マイクロ回線だったのではないかと思うが、五所川原に鉄塔があるなら上熊石周辺に無線中継所を建てずに流用しても良いのではないか。
もう一つ怪しいのは、青森の地デジの親局がある馬ノ神山の山頂西方にある無線塔マークである。航空写真を見ると、過去にもこの地点に電電公社やNTTっぽい鉄塔は存在した形跡が見つからず、反射板が現存するのみであるが、Google検索すると「馬ノ神無線中継所(閉業)」なるものも近隣にある。これを上熊石と名付けるのは相当無理があるが、七戸の無線中継所に奥入瀬と命名する組織だからわからない。
結局、上熊石無線中継所のヒントも痕跡らしきものも見つからないので、Radio mobileで弘前無線中継所からERP=20Wでシミュレーションしてみることにすると、飯詰集落北方の83.5m高地や、上熊石最東端の毘沙門牧場の南東端が良好な受信電界強度の地点として赤く浮かび上がってきた。
「上熊石」と名付けるくらいだから、飯詰の方ではなく住所が毘沙門上熊石となる毘沙門牧場の方だろうか。標高は80mなので50m鉄塔と仮定して空中線高130mで弘前との断面図をとってみる。
見通しに問題はなし。ここが上熊石無線中継所だという推定が正しいか自信はないが、日本電信電話公社施設局 編(1978)「電気通信施設 30(12)」に、望月一郎・電電公社建築局特殊建築工事事務所調査役が寄稿した「樽前・石崎コンクリートタワー」内の「無番地の土地や公図のない土地が多く、敷地買収に日時がかかり買収が困難であった」場所は避けたという津軽の塔の土地選定の経緯を考えると、毘沙門牧場が五所川原市営という点は用地確保の面では優位に立てる条件である。下手に民有林に手を出すより、五所川原市が土地交渉相手である方が電電公社やNTTにしても楽だったはずである。
他に上熊石地区で良好に電界強度を得られるポイントもなさそうだし、上熊石無線中継所は毘沙門牧場だと仮定したい。
【市浦無線中継所は白神無線中継所から推定した】
本州側で最後の第2東新札の無線中継所は市浦無線中継所だという計画になっていた。
次が北海道の白神無線中継所ということだが、1985年にNTT札幌無線支社が発行した「北海道無線史 続」にも白神無線中継所は無かったことになっており、市浦ともども存在しなかっただろうと推測するのだが、推定しやすそうなのは北海道・白神の方である。
吉岡峠を越える国道228号の旧線から分岐する林道を進むと、標高352mの白神岳があり、ここには北海道開発局の白神岳無線中継所が存在する。北海道開発局の無線中継所と同位置だったと推定し、送信高400m、ERP=200WでRadio mobileでシミュレーションしたのか下図である。
旧市浦村域で、ポツンと赤い点が出たのが古館牧野の145m高地である。古館牧野もまた五所川原市営の牧場である(当時は市浦村営)。ここ以外で旧市浦村域で白神無線中継所と良好に無線通信できそうな土地は四ツ滝山に連なる深い山中などに限られ、公有地かつ道路も付近まで来ているとなれば市浦無線中継所の位置は古館牧野だったのではないかというのが当ブログの見立てである。
| 上熊石−市浦−白神 推定地形断面図 | |
 |  |
| 上熊石−市浦 | 市浦−白神 |
上熊石−市浦−白神の地形断面図も見通し条件に問題はなし。松前の白神から見通しがある市浦の適地が古館牧野くらいしか見つからないので、何となくこれで良い気がするが、根拠はない。
近川−汐首(東仙札)、蓬田−知内(東新札)、石崎−渡島当別(第2東仙札)に続く第4の津軽海峡横断マイクロ回線として第2東新札の市浦−白神が誕生したとすれば、古館牧野と白神岳だったのだろうと思うのである。
前述の通り、北海道に渡った後の白神以北のルートについては、1985年にNTT札幌無線支社が発行した「北海道無線史 続」では無かったことになっており、どのような想定で北上したのか知る由もない。
電電公社後期の米澤・秋草体制時代に計画されながらも、最後の総裁・真藤体制以降で見直され、NTTでは建設に至らなかったのがマイクロ第2東新札なのではないか。
【東奥日報に記録がある今別無線中継所の謎】
以上のように秋田−中石−湯ノ沢−小坂−弘前−上熊石−市浦−白神の無線中継所の位置の推定を行ってきたが、電電公社が全国に展開したマイクロ回線網がNTTによって光ファイバー網に置換されたのは紛れもない事実である。
角間隆(1985)「NTT情報事典 : 21世紀を拓く情報・通信革命!」(講談社)の163-165頁に日本縦貫光ケーブル伝送路の記載がある。角間隆によれば旭川から鹿児島に至る光ケーブル網が1983(昭和58)年3月に着工し、1985(昭和60)年2月8日に完成したという。
日本縦貫光ケーブル伝送路の東京以北は青森までおおむね東北新幹線沿線各都市に沿うルートで北上し、津軽半島から海底光ケーブルで函館に上陸後、噴火湾も海底光ケーブルで横断し、室蘭−苫小牧−札幌−旭川と至っている。マイクロ回線の第2東仙札幹線の石崎−渡島当別に並行するように津軽半島と松前半島を結ぶ海底光ケーブルが完成し、後に八戸−苫小牧間にも海底光ケーブルが敷設され、市浦−白神という第2東新札ルートの整備が不要と見做されたのだろう。
これでマイクロ回線網は縮小・廃止への流れが一気に進むのかと思いきや、1999(平成11)年8月28日の東奥日報朝刊に掲載された「あおもり１１０山」に、東北一高いNTTの鉄塔として尖岳に位置する125mの今別無線中継所についての記載がある。
残念ながら今別無線中継所は既に廃止、解体済みであるが、「あおもり１１０山」のページに往時の姿を見ることが出来る。
市浦無線中継所は出来なかったが、今別無線中継所が第2東新札の襷を繋ぐ存在になったのだろうか？だとすれば今別と弘前の間の無線中継所はどうなるのだろうか？
詳しい位置もわかるし(標高は約200m)、東奥日報の記事に125mという鉄塔高の情報もあるので、Radio mobileで送信高325m、ERP=20Wとして今別無線中継所のシミュレーションもしてみよう。
津軽海峡に向けて開けた北海道方面は好条件であろうが、今別無線中継所はいくら東北一高い鉄塔で125mだとしても、送信高は325m程度にしかならないので、津軽半島の稜線を越えて津軽平野や青森平野に出て行くことが出来ない。
今別無線中継所にとって最も近隣に位置する無線中継所が津軽の塔・石崎無線中継所であるが、平舘山地がそれを阻むので通信不可能な地形である。
本州側で唯一、既存の無線中継所で今別無線中継所に見通し内通信が出来る無線中継所は、東新札ルートの蓬田無線中継所である。
今別無線中継所の設置経緯は資料を見つけられないので不明であるが、東新札ルート蓬田無線中継所から分岐して今別を経由し北海道に渡るという冗長性を持つ回線ルートで、壮大な第2東新札計画を代替するものではないかと思う。
1968年十勝沖地震のような災害で、北海道側の知内無線中継所が機能不全に陥った場合、蓬田無線中継所から第2東仙札幹線の渡島当別無線中継所や石崎無線中継所は見通し外となるため回線は繋がらないが、今別を介することで渡島当別に渡ることは可能になる。また、本州側の石崎無線中継所で不測の事態の際も、渡島当別から今別、蓬田を介して青森統制無線中継所まで渡すことも可能になる。
今別無線中継所を置くことで、東新札⇔第2東仙札の経路切替を可能とし冗長性向上を図ったのではないかというのが私の見立てである。
第2東新札は、東北電気通信局編(1982)「東北の電信電話；公社30周年」で見ることが出来るマイクロ回線の未成線、ということになるのだと思う。
◆引用文献・参考文献・ウェブサイト
・角間隆(1985)「NTT情報事典 : 21世紀を拓く情報・通信革命!」講談社
・東奥日報社(1999)「1999年8月28日付朝刊 あおもり１１０山 尖岳」
・日本電信電話公社施設局 編(1978)「電気通信施設 30(12)」
・日本電信電話公社仙台無線通信部(1978)「東北無線史」
・日本電信電話公社東北電気通信局編(1982)「東北の電信電話 公社30周年」
・角間隆(1985)「NTT情報事典 : 21世紀を拓く情報・通信革命!」講談社
・東奥日報社(1999)「1999年8月28日付朝刊 あおもり１１０山 尖岳」
・日本電信電話公社施設局 編(1978)「電気通信施設 30(12)」
・日本電信電話公社仙台無線通信部(1978)「東北無線史」
・日本電信電話公社東北電気通信局編(1982)「東北の電信電話 公社30周年」
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