2024年の日本シリーズは横浜DeNAベイスターズと福岡ソフトバンクホークスのカードに決まった。
2024年現在の本邦プロ野球は、セ・リーグ、パ・リーグともにペナントレースの順位確定後に各リーグの上位3チームによるクライマックスシリーズ(CS)を行い、CS覇者が日本シリーズに進出する形式であり、横浜DeNAベイスターズはセ・リーグ3位ながら優勝した読売ジャイアンツ(巨人)を、ソフトバンクは北海道日本ハムファイターズを倒して日本シリーズに臨むことが決まった。
クライマックスシリーズ(CS)が導入される前は、セパ両リーグともに優勝チームが日本シリーズに進出していたわけであるが、今から遡ること30年前──1994年はセ・リーグ優勝チームの行方がペナントレース最終戦までもつれる大激戦となった。
ペナントレース序盤から中盤にかけ首位を快走し8月18日にマジックを点灯させた巨人が終盤に失速し、これに対し9月に大きく勝ち越した中日ドラゴンズが猛追をみせ、最終戦までどちらが優勝するのかわからない展開となったのである。
当時、巨人の監督だった長嶋茂雄はこれを「国民的行事」と表現し、実際に国民の大きな注目を集めることとなり、同試合の関東地方の視聴率が48.8%に達する結果となった。
ところが、わが青森県で暮らす人々の多数が、この「国民的行事」から蚊帳の外に置かれたような状況となってしまったのである。
その理由は当ブログを愛読している皆様ならお気づきのことだろう。
1994年10月8日のセ・リーグ最終戦 中日×巨人を放送したのは、フジテレビジョン系列だったからである。
中日×巨人10.8決戦から30周年を迎え、当時の青森県に渦巻いた様々な出来事を東奥日報の記録から振り返りたい。
1994年のペナントレースで首位の巨人は8月25日のヤクルトスワローズ戦(東京ドーム)から9月3日の阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)まで8連敗を喫してしまうなど、終盤で一気に失速した。なんと9月は4勝10敗と大きく負け越してしまったのである。
対する中日の9月の成績は11勝4敗で、9月23日には巨人の優勝マジックを消滅させ、ついに9月末には同率首位となったのである。
【東奥日報1994年10月1日付朝刊15面】
9月30日はプロ野球の試合が無く、同率首位で迎えた10月1日の東奥日報は「8日に中日−巨人戦 セ、パ両リーグ追加日程」と題する小さな記事を載せたのみである。
よもや、10月8日にフジテレビ系列でセ・リーグの優勝を懸けた最終戦 中日×巨人が放映されることになるとは思えない長閑な構成でさえある。
9月前半には巨人の本拠地・東京ドームでの主催試合が7試合あったので、終盤の失速が無ければ青森県の多くの巨人ファンは日本テレビ放送網(NTV)系列の青森放送(RAB)の「劇空間プロ野球」で長嶋茂雄の胴上げを見ることが出来たのかもしれない。
RABでなくても、東京放送(TBS)系列の青森テレビ(ATV)や全国朝日放送(ANB・テレビ朝日)系列の青森朝日放送(ABA)も、横浜スタジアムの横浜戦や神宮球場のヤクルト戦などの放送も一部あったので、フジテレビ系列の放送でさえなければ問題は無かった(1994年当時、テレビ東京系列で巨人戦の放送は無かった)。
9月時点では青森でも長嶋茂雄の胴上げを見れるかもという可能性は十分あったのだ。
10月1日の試合、巨人は東京ドームでヤクルトに、中日はナゴヤ球場で横浜にそれぞれ勝利し、同率首位のまま譲らない。
【東奥日報1994年10月2日付朝刊6面】
10月2日の東奥日報は、「(中)首位譲らず(巨) 中日横浜下し8連勝 巨人槙原3安打完封」と、朝刊6面で大きく取り上げている。
巨人は槙原が3安打完封勝利。分業制が明確になった2020年代では完投すること自体少なくなってきているが、1994年はまだ先発完投型が華という感じであった。
中日の山本昌も完封するかという試合展開だったらしいが、追い上げられる展開で郭源治に継投し、山本昌のセ・リーグ最多勝が決まった。優勝のため一つも星を落としたくない中日の高木監督の執念が記事からも伝わってくるようだ。
しかし巨人も中日も勝ったとなれば、青森県で最終戦がフジテレビ系列という可能性も高くなってくる。別に中日を貶めたいという意図は全くないが、巨人ファンの多い青森県であるから、巨人視点での書き方にはなってしまうことをご容赦願いたい。実際、この後、青森県では大騒ぎに発展するのだ。
10月2日、パ・リーグは常勝軍団・西武ライオンズが一足早く優勝を決めた。
10月3日の東奥日報は、「最後はやはり西武 貫録の制パ」と、朝刊10面の主役は西武ライオンズである。
【東奥日報1994年10月3日付朝刊10面】
セ・リーグの方も巨人、中日ともに勝って同率首位のまま変わらず。しかし中日が9連勝と勢いに乗るのに対し、巨人は試合序盤でヤクルトにリードを許す展開から辛うじて勝ったという感じである。今になって思えば巨人の執念と言うべき逆転劇も、当時は「優勝は勢いのある中日かなあ」というのが正直な感想であった。
【東奥日報1994年10月3日付朝刊16面】
しかし何といってもこの日の主役は西武ライオンズである。
青森県には西武百貨店は無かったが、セゾングループから優勝ご声援感謝セールの広告が掲載されていた。今となっては懐かしの青森松木屋、むつ松木屋、十和田松木屋、WALK八戸という錚々たるメンツが勢ぞろいだ！
1990年代、青森市のデパートは巨人が優勝すれば中三デパート、ヤクルトが優勝すればカネ長武田(ビブレ)が優勝謝恩セールを実施していたが、セ・リーグが巨人・ヤクルトの2強時代だったのに対し、常勝軍団の西武のお陰で松木屋には毎年のように謝恩セールに出かけていた記憶もある。
1994年はヤクルトの優勝可能性が消えた中で、巨人が優勝して松木屋と中三の2デパート謝恩セール同時開催の可能性があるのかどうか。中日が優勝したらどこがセールをやるのだろうか。当時の青森市民は野球に興味が無くても、そんなことを考えていた人も多いのではないだろうかと思う。
「昇竜ストップ」と、10月6日の東奥日報は大きく報じた。
10月4日は巨人の試合が無い中で、神宮球場で行われたヤクルト戦で中日が敗れたのである。
東奥日報は読売に肩入れしないような紙面構成にしているように思うのだが、デカデカと昇竜ストップと見出しにつけるのは、やはり巨人ファンが多い青森県の読者層のこともどこか意識しているのだと思わずにいられない。あまりアンチ巨人だと読者も離れてしまう。
【東奥日報1994年10月5日付朝刊7面】
「実は東奥日報の記者や編集部も巨人ファンだんでねえべが」と思いたくもなるのは、「巨人が五、六日のヤクルト戦に連勝し、中日が六日の阪神戦を落とすと、巨人の四年ぶり二十七度目のリーグ制覇が決まる」と、巨人優勝条件に言及し始めるからである。
ちなみにこの日の記事としては、西本聖の引退や、イチローが3打数2安打で打率.384を記録したこと、伊良部が15勝目を挙げてパ・リーグ最多勝濃厚となったことなども同面に掲載されていることを記したい。
そして、巨人が0.5ゲーム差で首位の状況ながら、長嶋茂雄の胴上げを見ることが実はできないと気が付いた青森県民もそろそろ出始めた頃かもしれない。
10月6日の東奥日報は、「巨人、逃げる」と大々的な見出しで、10月5日のヤクルト戦勝利を報じている。
別にこの日に優勝が懸かっていた訳ではないが、最後のヤクルト2連戦は青森県に系列局を置かないフジテレビ系列での放送だった。北海道文化放送(UHB)や秋田テレビ(AKT)、岩手めんこいテレビ(MIT)など県外の局のエリアに入る一部地域の人だけのお楽しみだった。
【東奥日報1994年10月6日付朝刊9面】
巨人と中日の優勝に直接影響してしまう状況下のヤクルトの野村克也監督の苦悩がひしひしと伝わってくるようなエピソードも記事に書かれていたので紹介したい。
2024年の今日、「ぼやき芸」とGoogle検索すれば筆頭に上がるのは大泉洋であるが、ヤクルト野村監督のぼやきも一級品だった。
神宮球場のヤクルト戦はテレビ朝日も一部放映権を持っていたので青森県でも見ることが出来たが、テレビ朝日は副音声でベンチの野村監督のぼやきを放送したこともあるくらいだ。アンチ巨人に占拠され異様な雰囲気の神宮で巨人に屈辱的な敗戦を喫した野村監督のぼやきが脳内で容易に再生される野球ファンも多いのではないだろうか。
そして青森県民にとっては、やっぱり肝心要のところはテレ朝より資本関係のあるフジにヤクルト戦の放映権が強く存在する現実にぼやきたくなる日であった(別にこの日の放映権をテレ朝から奪ったという訳ではなく、最初からシーズン終盤の大事なところはフジが押さえていたということである)。
10月6日、前夜の異様な雰囲気の神宮での野村監督のぼやきがヤクルトナインを奮起させたのか、巨人を撃破する。
巨人が勝って中日が負けようものなら、神宮で長嶋茂雄の胴上げをまざまざと見せつけられた上、アンチ巨人から痛烈なヤジを浴びることになるのだから、ヤクルトも必死だろう。
【東奥日報1994年10月7日付朝刊11面】
10月7日の朝刊11面では、中日の「高木監督が重ねて辞意」という見出しも目をひく。
終盤に猛追したとはいえ、中日は実は8月までは広島東洋カープの後塵を拝し優勝争いに加われていなかったため、高木守道監督に更迭が告げられていたが、終盤の驚異的な追い上げで優勝争いを演じたことで、球団側から急きょ続投を求められる展開になったわけだ。
こういうエピソードを見ると、中日ナインや高木監督に肩入れしたくなるのだが……
ともあれ、これで巨人か、中日か──ペナントレース最終戦で優勝球団が決まるという前代未聞の日程が決定した。
そして、明日の番組表を見て絶望する青森県民が一斉に出現するのもこの日。10月7日の夕方である。あれ？明日はRABもATVもABAもNHKも野球やんねえのかと。
そしていよいよやってきた中日×巨人10.8決戦の当日の朝刊である。
前日の夕刊テレビ欄を見て野球の放送が無いことに絶望している青森県民も少なくないはずだが、スポーツ欄は淡々と試合の論評を載せているのみ。
【東奥日報1994年10月8日付朝刊11面】
巨人は投手力がカギ、中日は今中の立ち上がりが課題だと見出しに書いていて、凄いなと率直に思ってしまう。その通りの試合展開になってしまうのだから。
朝刊で中日×巨人10.8決戦に触れるのはこのくらいである。スポーツ欄では、高校野球の東北大会で青森山田が東北(宮城)に、青森北が金足農(秋田)にそれぞれ敗れた方を大きく取り上げていて、「厚い"強豪の壁"」と報じている。今だったら、秋田や宮城県勢に負けても厚い強豪の壁なんて書くこともないよなあと思いつつ、東北も金足農も21世紀に入ってからダルビッシュと吉田輝星で甲子園準優勝まで行くと思うと感慨深い。まだまだ青森の野球は弱かった時代であった。
【東奥日報1994年10月7日付朝刊24面】
そして青森の放送局は中日×巨人10.8決戦を放送しないという現実を突きつける当日のテレビ欄である。前日の夕刊の時点では「実は明日になればどこか放送してくれるかも」と淡い期待を抱くこともあったかもしれないが、朝刊が期待を絶望という現実に叩きつける。
RABがおすすめ番組として「芸能人ザッツ宴会テイメント！大復活祭」、ABAが「[新]暴れん坊将軍�坤好撻轡礇襦廚函�フジ系の中日×巨人10.8決戦の裏番組をPRしているのが何とも泣けてくる。
見たいのは欽ちゃんでもマチャアキでも上様でもなく、長嶋茂雄の胴上げだよという声が聞えてきそうだが、RABもATVもABAも、それぞれのキー局の番組を流さないといけない宿命があるのだから放送局を責めても仕方がない。巨人がしっかり独走を維持できていれば、TBSやテレ朝が放映権を持っている試合で長嶋茂雄の胴上げがあった可能性もあったわけで、それならばTBS系のない秋田や岩手朝日テレビ(IAT)開局前の岩手が同じ目に遭っていたかもしれないのだ。
【青森ケーブルテレビ雲谷受信点】
ちなみに我が家は青森ケーブルテレビのお陰で北海道文化放送(UHB)が見れたので、当日を少し思い出してみたい。
夕方の「スーパータイム」の中でも中日×巨人10.8決戦には触れていて、ナゴヤは雨ではないと知っていたが、本当に始まるかどうかドキドキした記憶が鮮明に残っている。
「スーパータイム」が終わって、いつもなら「幽遊白書」が始まる時間に、ナゴヤ球場上空のヘリコプター空撮映像で始まった中日×巨人10.8決戦は、番組冒頭から日本中のお茶の間を異様な雰囲気に一気に引きずり込んだように思う。フジ系がない青森県の一部を除いて。
試合展開は放送開始直後から巨人がリードしていて、ヘリ空撮映像からスコアが表示された直後、我が家では歓声が上がった。しかしまもなく中日が同点に追いつくと、長嶋茂雄は容赦なく先発の槙原を斉藤雅に交代しピシャリ。まさに巨人は投手力の全勢力を注いだのだ。終盤はリリーフの橋本やクローザーの石毛と言った勝利の方程式ではなく、エースの桑田真澄まで投入する。
RABが「芸能人ザッツ宴会テイメント！大復活祭」をやっている頃、9回表の巨人の攻撃で川相のバックスクリーンに直撃したように見える大飛球が判定で三塁打。ホームランを確信した緩慢走塁ではなく全力疾走で3塁を踏んだ川相の走塁や、ほぼ勝利が濃厚というタイミングで長嶋茂雄が審判団に猛抗議を見せたとき、巨人の勝利への執念が中日のそれを上回っているのを子供ながらに確信したのであった。
長嶋茂雄はフジテレビ系列の電波でナゴヤの夜空に舞った。
史上初のペナントレース最終戦で優勝を懸けた一戦は、巨人の勝利で終わった。一夜明けた10月9日の東奥日報朝刊7面の見出しは「落合先制弾 村田、コト―中押し 最後は松井 巨人130試合目の頂点」である。
秋田県出身の巨人・落合博満の「勝ちゃいいんだ」という談話の記事冒頭は「あこがれの長嶋監督がマウンドで宙に舞おうとしている」である。
【東奥日報1994年10月9日付朝刊7面】
青森県含め東北地方は巨人の人気が根強い。宮城県ですら「俺はずっと巨人ファン」という人もいる。長らく我が国の地上波のプロ野球中継がほぼ巨人しか無かったのだから、秋田出身の落合が長嶋巨人に憧れを抱いたのも当然の帰結と言えよう。
お隣の秋田県民は、中日×巨人10.8決戦で、殊勲打を放った地元出身の英雄落合の歓喜の姿も、憧れの長嶋茂雄の胴上げも秋田テレビ(AKT)で視聴することができた。
かつてIBC岩手放送が日本テレビ放送網(NTV)に嫌われ巨人戦をほとんど見れなかった歴史もある岩手県も、開局3年の岩手めんこいテレビ(MIT)が中日×巨人10.8決戦を放送した。
【東奥日報1994年10月9日付朝刊19面】
東奥日報19面は列島各地の巨人ファンや中日ファンの悲喜こもごもの反応を紹介する傍ら、フジテレビ系列での放送だったため視聴が叶わなかった青森県民の悲嘆も記事にしている。
どこでフジが見れるかを東奥日報に電話で聞く者もいたのか。
インターネットが無い時代とはいえ、新聞社に聞く質問ではない気もするが、それだけ県民の関心が高い出来事だったことの裏返しか。それにしても秋田テレビの電波が届く地域として深浦町を挙げているようにも読めるのだが本当だろうか。
【旧深浦町・岩崎村境界付近のアナログAKT推定受信電界強度】
Radio mobileでアナログのAKTの受信電界強度のシミュレーションを行ってみたが、旧深浦町でAKTが映りそうなエリアに人家は無いように思う。艫作地区では映る場所もあったかもしれないが、艫作集落からは離れた地域になる。
青森県内でAKTが映っていたのは、旧岩崎村の一部と、私より早く山岳回折で遠距離受信に成功していた弘前近郊や津軽平野のごく一部の先駆者くらいなのではなかろうか。
いずれにせよ、青森県内では深夜まで数十件という規模で、東奥日報のほかテレビ各局にフジ系を見られなかった県民から“問い合わせ”の電話があったという。
東奥日報の記事を額面通り受け取れば“問い合わせ”となるが、既に試合が終わった深夜にも及んだという電話の中には、もはやただの八つ当たりの電話もあったことだろう。
中日×巨人10.8決戦から10日経った1994年10月18日の東奥日報夕刊の読書投書欄の明鏡欄に、弘前市の男性から「見たかった巨人−中日戦」という投稿が掲載された。
投稿には「夜、野球の始まる時間になったら、県内の民放三局のうち、どこか番組を変更して野球が放映されるのではと期待してしまうほどだった」とあり、直前まで奇跡に期待していた様子である。
【東奥日報1994年10月18日付夕刊7面】
ただ、試合翌日10月9日の記事内でNHK広報部が伝えているとおり、「テレビの放送日程はシーズン前に決まっていて、今さらどうこうできない」というのが現実である。
そして、投稿者の住所が弘前市というのが注目すべき点か。
アナログ時代はなんとかUHBが映る場所もちらほらあった青森市や、めんこいテレビがだだ漏れ状態の八戸市と異なり、アナログ時代の弘前はフジ系視聴の難易度が高かったのは否めない。どうにもならなかった弘前の怨嗟は、この投稿以外にも時折存在している。
1994年に、山岳回折によるAKTの伝搬路や弘前市内の受信可能地点についての当ブログの記事が存在できていれば……。
弘前市民からの「見たかった巨人−中日戦」の明鏡欄への投稿から3日後の朝刊は、同じ津軽地方でも弘前とは条件が違う青森市からテレビ欄に大々的に宣伝を打つ者が現れる。
広告主の名前は青森ケーブルテレビ。
県外のテレビ欄に隣接して、大々的にUHBとTVhの区域外再送信のアピールとともに加入者の声を伝えている。
【東奥日報1994年10月21日付22面】
青森ケーブルテレビは中日×巨人10.8決戦を絶好の商機と捉え一気に勝負に出たのだろう。私が通っていた理髪店はもともと日曜午前はABAで「サンデープロジェクト」をテレビに映していたが、「ケーブルテレビの人から『チャンネルはUHBにして笑っていいともをお客さんに見せて』って言われてるんだよ」と、「いいとも増刊号」を見せてもらって、子供ながらに田原総一朗よりタモリが嬉しかった記憶が懐かしい。
課金してでもUHBを見たいと考えるのは私も同じだが、弘前からは怨嗟の声が東奥日報明鏡欄に上がるのに対し、青森からはケーブルテレビ加入者の歓喜の声が上がるのが対照的であった。
読売ジャイアンツ(巨人)と西武ライオンズによる日本シリーズは1994年10月22日から10月29日までの6戦が行われた。
第1試合で西武の清原はPL時代の戦友桑田とのKK対決でいきなり本塁打を放ち、今回も西武圧勝かと思ったが、4勝2敗で巨人が日本一となった。
西武の清原もまた、巨人に入りたかった選手である。巨人に憧れる選手は日本中にいたのだ。
東京ドームの巨人主催試合はNTV系・RABが「劇空間プロ野球」、西武球場の西武主催試合はテレ朝系・ABAが「ゴールデンナイター」をそれぞれ放送することで、めでたく青森県民も日本シリーズは全試合を地上波で視聴可能であった。
【東奥日報1994年10月9日付7面より再掲】
1994年時点で日テレ系列局かテレ朝系列局のどちらかが無かった県として岩手や富山、福井、山陰、高知、沖縄などがあったが、それらの県で長嶋茂雄の胴上げが見れなかったとか、見れないかもしれないという騒ぎは寡聞にして知らない。というのは、日本シリーズはNHK衛星第1も放送していたからである。日テレ系列局がない沖縄の巨人ファンもNHK衛星第1で無事に長嶋茂雄の胴上げを見ることが出来たのであった。
こうなると、どうしてNHK衛星第1は中日×巨人10.8決戦を放送してくれなかったのかと恨み言もしたくなるが、やっぱりNHK広報部の「テレビの放送日程はシーズン前に決まっていて、今さらどうこうできない」の一言に尽きる。さすがのNHKだって、通常ならとっくに優勝チームも決着し、引退選手の最後の出場機会だったり消化試合だったりする130試合目が、長嶋茂雄の言うような「国民的行事」になるとは思っていないだろう。
巨人の日本一おめでとうセールが青森中三、西武のご声援ありがとうセールが青森松木屋でそれぞれ無事に行われお祭りムードの青森に、戦力外通告─ノンテンダーの知らせが届く。
1994年11月1日の東奥日報夕刊に、東奥日報社がフジテレビジョンに、青森県への新局開局予定はないのかを取材した記事が掲載されたのだ。その内容は、青森県民を絶望の底に叩きつけるものであった。
1994年時点で、フジテレビは新局は岩手めんこいテレビが最後だと東奥日報社に明言しているのである。
私はこの時の東奥日報社の取材に対し、フジテレビが岩手めんこいテレビを最後に置局計画が無いと表明したことが、青森県当局に第4局目をあきらめさせる理由の一つになった可能性があるのかもしれないと思っている。
1988年3月11日の青森県議会定例会(第173回)で八戸市選挙区選出の県議・山田弘志は、第三テレビ局─すなわちABAの開局に向け、エフエム青森の開局時のような訴訟問題が起きないよう県に指導をしてほしいとしつつ、「今第四テレビ局の話もある」と明言していて、ABAに続いての4局目の動きも青森県にはあったらしい。すっかり、八戸の人は岩手めんこいテレビがあるから青森4局目はいらないと思っているのかと思いきや、八戸選出の県議から4局目の話も出てくるのだ。
青森県の民放4局目の芽がいつ潰えたのかは不明なところが大きいが、フジテレビに系列局はもう作らないと言われてしまえば、青森の第四局目構想が失速するのは容易に想像できる。そして、水面下で秘密裏に第四テレビ構想に多少なりとも関与した人たち(財界や県当局)も、東奥日報の取材より先にフジテレビに接触して、同じように「岩手めんこいテレビで最後」という話は聞いていることだろうと推測する。
フジに振られたからといってテレ東に行くのはもっと困難である。岩手に四局目が割り当てられたのは1993年2月だというが、恐らく岩手県と同じタイミングで青森県に対しても郵政省から「四波目はどうする？」と聞かれ、青森県当局は見送る判断をしたのだろうというのが私の予想である。
県の当局や財界が「フジ系の第四テレビは厳しい」と認識しても、県民世論に「絶対に新局を作る」という執念があれば歴史は変わったかもしれないが、東奥日報の取材に対する「岩手めんこいテレビで最後」というフジテレビの宣告は、県の政財界の土台を支える県民世論を打ち砕くのに十分な破壊力だったのではないか。
【東奥日報1994年11月1日付夕刊7面】
実際には1991年開局の岩手めんこいテレビ(MIT)以降で、1997年に山形にさくらんぼテレビ(SAY)、高知に高知さんさんテレビ(KSS)と、フジテレビ系列局が開局していることは万人の知るところである。
SAYとKSSの開局についてはもっと詳しい書物やWEBサイトがあるので多くは触れないが、両方とも県当局(県庁)が新局への出資をするなど積極的だったことは確実である。
山形県知事だった高橋和雄は1996年2月22日の山形県議会定例会(第281号)で、「県民に提供する情報の基本的媒体の拡充となります民放テレビ第四局に出資することといたしました」と、短い文章ながら後にSAYとなる山形県第四テレビへの出資を表明している。
高知県知事だった橋本大二郎は少々熱っぽく、「高知さんさんテレビの開局は、現在民放テレビが二局しかない本県にとりましては、情報の格差の解消を通じて、特に若者の地元への定着などの面で大きな効果が期待できます。それだけに私自身、今回の電波の割り当てが高知県に地上波の新しいテレビ局をつくる最後のチャンスだと考えまして、開局に向けての取り組みを支援してまいりました。今回、予備免許が交付をされ、開局の見通しが立ちましたことを県民の皆様とともに喜びたいと思います。現在、高知さんさんテレビで開局のための施設の建設など各種の準備が進められておりますが、県といたしましても、県民の生活と文化の向上という視点から、具体的な出資の額などを検討してまいりたいと考えております。」と、1996年7月1日の高知県議会定例会(第239回)で情報格差解消と若者の地元定着に絡めて答弁をしている。
【東奥日報1994年11月1日付夕刊より ナゴヤ球場の胴上げ】
結局、県がどれだけ新局誘致に強い執念を持っていたか、に尽きるのか。
とはいえ、県が執念を持っていても、土台の県民世論が「フジテレビがめんこいテレビで最後だと言ってる」と諦観していては動き出すことはできない。
東奥日報の記事によれば岩手のIATも難産だったようだし、実際に福井の第3テレビ、宮崎の第3テレビ、沖縄の第4テレビ(南西放送)のように郵政省から周波数割当を受けながら開局できず消えている例もあるわけで、青森県当局や青森県の財界が躊躇したのも理解できるところである。
それでも、「ネット展開は二十六局目の岩手めんこいテレビで“打ち止め”と考えています。これ以上系列局は増やさない」というフジテレビジョン電波企画部の発言がなければ、青森県も山形県や高知県のように熱心に新局誘致を進めフジ系新局を手にしたかもしれないと思うと、青森県にとって不運な国民的行事「中日×巨人10.8決戦」が起こってしまったことが惜しい。
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2024年現在の本邦プロ野球は、セ・リーグ、パ・リーグともにペナントレースの順位確定後に各リーグの上位3チームによるクライマックスシリーズ(CS)を行い、CS覇者が日本シリーズに進出する形式であり、横浜DeNAベイスターズはセ・リーグ3位ながら優勝した読売ジャイアンツ(巨人)を、ソフトバンクは北海道日本ハムファイターズを倒して日本シリーズに臨むことが決まった。
クライマックスシリーズ(CS)が導入される前は、セパ両リーグともに優勝チームが日本シリーズに進出していたわけであるが、今から遡ること30年前──1994年はセ・リーグ優勝チームの行方がペナントレース最終戦までもつれる大激戦となった。
ペナントレース序盤から中盤にかけ首位を快走し8月18日にマジックを点灯させた巨人が終盤に失速し、これに対し9月に大きく勝ち越した中日ドラゴンズが猛追をみせ、最終戦までどちらが優勝するのかわからない展開となったのである。
当時、巨人の監督だった長嶋茂雄はこれを「国民的行事」と表現し、実際に国民の大きな注目を集めることとなり、同試合の関東地方の視聴率が48.8%に達する結果となった。
ところが、わが青森県で暮らす人々の多数が、この「国民的行事」から蚊帳の外に置かれたような状況となってしまったのである。
その理由は当ブログを愛読している皆様ならお気づきのことだろう。
1994年10月8日のセ・リーグ最終戦 中日×巨人を放送したのは、フジテレビジョン系列だったからである。
中日×巨人10.8決戦から30周年を迎え、当時の青森県に渦巻いた様々な出来事を東奥日報の記録から振り返りたい。
1994年10月1日 セ・リーグ最終戦追加日程が決まる
1994年のペナントレースで首位の巨人は8月25日のヤクルトスワローズ戦(東京ドーム)から9月3日の阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)まで8連敗を喫してしまうなど、終盤で一気に失速した。なんと9月は4勝10敗と大きく負け越してしまったのである。
対する中日の9月の成績は11勝4敗で、9月23日には巨人の優勝マジックを消滅させ、ついに9月末には同率首位となったのである。
【東奥日報1994年10月1日付朝刊15面】
9月30日はプロ野球の試合が無く、同率首位で迎えた10月1日の東奥日報は「8日に中日−巨人戦 セ、パ両リーグ追加日程」と題する小さな記事を載せたのみである。
よもや、10月8日にフジテレビ系列でセ・リーグの優勝を懸けた最終戦 中日×巨人が放映されることになるとは思えない長閑な構成でさえある。
9月前半には巨人の本拠地・東京ドームでの主催試合が7試合あったので、終盤の失速が無ければ青森県の多くの巨人ファンは日本テレビ放送網(NTV)系列の青森放送(RAB)の「劇空間プロ野球」で長嶋茂雄の胴上げを見ることが出来たのかもしれない。
RABでなくても、東京放送(TBS)系列の青森テレビ(ATV)や全国朝日放送(ANB・テレビ朝日)系列の青森朝日放送(ABA)も、横浜スタジアムの横浜戦や神宮球場のヤクルト戦などの放送も一部あったので、フジテレビ系列の放送でさえなければ問題は無かった(1994年当時、テレビ東京系列で巨人戦の放送は無かった)。
9月時点では青森でも長嶋茂雄の胴上げを見れるかもという可能性は十分あったのだ。
1994年10月2日 巨人・中日ともに勝つ
10月1日の試合、巨人は東京ドームでヤクルトに、中日はナゴヤ球場で横浜にそれぞれ勝利し、同率首位のまま譲らない。
【東奥日報1994年10月2日付朝刊6面】
10月2日の東奥日報は、「(中)首位譲らず(巨) 中日横浜下し8連勝 巨人槙原3安打完封」と、朝刊6面で大きく取り上げている。
巨人は槙原が3安打完封勝利。分業制が明確になった2020年代では完投すること自体少なくなってきているが、1994年はまだ先発完投型が華という感じであった。
中日の山本昌も完封するかという試合展開だったらしいが、追い上げられる展開で郭源治に継投し、山本昌のセ・リーグ最多勝が決まった。優勝のため一つも星を落としたくない中日の高木監督の執念が記事からも伝わってくるようだ。
しかし巨人も中日も勝ったとなれば、青森県で最終戦がフジテレビ系列という可能性も高くなってくる。別に中日を貶めたいという意図は全くないが、巨人ファンの多い青森県であるから、巨人視点での書き方にはなってしまうことをご容赦願いたい。実際、この後、青森県では大騒ぎに発展するのだ。
1994年10月3日 パ・リーグは西武ライオンズが優勝する
10月2日、パ・リーグは常勝軍団・西武ライオンズが一足早く優勝を決めた。
10月3日の東奥日報は、「最後はやはり西武 貫録の制パ」と、朝刊10面の主役は西武ライオンズである。
【東奥日報1994年10月3日付朝刊10面】
セ・リーグの方も巨人、中日ともに勝って同率首位のまま変わらず。しかし中日が9連勝と勢いに乗るのに対し、巨人は試合序盤でヤクルトにリードを許す展開から辛うじて勝ったという感じである。今になって思えば巨人の執念と言うべき逆転劇も、当時は「優勝は勢いのある中日かなあ」というのが正直な感想であった。
【東奥日報1994年10月3日付朝刊16面】
しかし何といってもこの日の主役は西武ライオンズである。
青森県には西武百貨店は無かったが、セゾングループから優勝ご声援感謝セールの広告が掲載されていた。今となっては懐かしの青森松木屋、むつ松木屋、十和田松木屋、WALK八戸という錚々たるメンツが勢ぞろいだ！
1990年代、青森市のデパートは巨人が優勝すれば中三デパート、ヤクルトが優勝すればカネ長武田(ビブレ)が優勝謝恩セールを実施していたが、セ・リーグが巨人・ヤクルトの2強時代だったのに対し、常勝軍団の西武のお陰で松木屋には毎年のように謝恩セールに出かけていた記憶もある。
1994年はヤクルトの優勝可能性が消えた中で、巨人が優勝して松木屋と中三の2デパート謝恩セール同時開催の可能性があるのかどうか。中日が優勝したらどこがセールをやるのだろうか。当時の青森市民は野球に興味が無くても、そんなことを考えていた人も多いのではないだろうかと思う。
1994年10月5日 中日が負ける
「昇竜ストップ」と、10月6日の東奥日報は大きく報じた。
10月4日は巨人の試合が無い中で、神宮球場で行われたヤクルト戦で中日が敗れたのである。
東奥日報は読売に肩入れしないような紙面構成にしているように思うのだが、デカデカと昇竜ストップと見出しにつけるのは、やはり巨人ファンが多い青森県の読者層のこともどこか意識しているのだと思わずにいられない。あまりアンチ巨人だと読者も離れてしまう。
【東奥日報1994年10月5日付朝刊7面】
「実は東奥日報の記者や編集部も巨人ファンだんでねえべが」と思いたくもなるのは、「巨人が五、六日のヤクルト戦に連勝し、中日が六日の阪神戦を落とすと、巨人の四年ぶり二十七度目のリーグ制覇が決まる」と、巨人優勝条件に言及し始めるからである。
ちなみにこの日の記事としては、西本聖の引退や、イチローが3打数2安打で打率.384を記録したこと、伊良部が15勝目を挙げてパ・リーグ最多勝濃厚となったことなども同面に掲載されていることを記したい。
そして、巨人が0.5ゲーム差で首位の状況ながら、長嶋茂雄の胴上げを見ることが実はできないと気が付いた青森県民もそろそろ出始めた頃かもしれない。
1994年10月6日 巨人逃げる 神宮球場に殺到するアンチ巨人
10月6日の東奥日報は、「巨人、逃げる」と大々的な見出しで、10月5日のヤクルト戦勝利を報じている。
別にこの日に優勝が懸かっていた訳ではないが、最後のヤクルト2連戦は青森県に系列局を置かないフジテレビ系列での放送だった。北海道文化放送(UHB)や秋田テレビ(AKT)、岩手めんこいテレビ(MIT)など県外の局のエリアに入る一部地域の人だけのお楽しみだった。
【東奥日報1994年10月6日付朝刊9面】
巨人と中日の優勝に直接影響してしまう状況下のヤクルトの野村克也監督の苦悩がひしひしと伝わってくるようなエピソードも記事に書かれていたので紹介したい。
やじに耳栓、ぶ然
完敗のヤクルトはこれで巨人に3連敗。野村監督はあまりに激しいスタンドからアンチ巨人ファンのヤジに、両手で耳栓をして歩いた。
前日は中日を4-1で下し、この日は巨人に零封負け。優勝のカギを握るといわれるヤクルトだが、皮肉にも結果はライバル巨人の優勝をアシストしている格好となっている。
「一生懸命やっているんだが、勝てん。まあ、言い訳は進歩の敵だから」。無安打無得点を免れるのがやっとの1安打敗戦に、野村監督の口は固く結ばれていた。(神宮)
完敗のヤクルトはこれで巨人に3連敗。野村監督はあまりに激しいスタンドからアンチ巨人ファンのヤジに、両手で耳栓をして歩いた。
前日は中日を4-1で下し、この日は巨人に零封負け。優勝のカギを握るといわれるヤクルトだが、皮肉にも結果はライバル巨人の優勝をアシストしている格好となっている。
「一生懸命やっているんだが、勝てん。まあ、言い訳は進歩の敵だから」。無安打無得点を免れるのがやっとの1安打敗戦に、野村監督の口は固く結ばれていた。(神宮)
2024年の今日、「ぼやき芸」とGoogle検索すれば筆頭に上がるのは大泉洋であるが、ヤクルト野村監督のぼやきも一級品だった。
神宮球場のヤクルト戦はテレビ朝日も一部放映権を持っていたので青森県でも見ることが出来たが、テレビ朝日は副音声でベンチの野村監督のぼやきを放送したこともあるくらいだ。アンチ巨人に占拠され異様な雰囲気の神宮で巨人に屈辱的な敗戦を喫した野村監督のぼやきが脳内で容易に再生される野球ファンも多いのではないだろうか。
そして青森県民にとっては、やっぱり肝心要のところはテレ朝より資本関係のあるフジにヤクルト戦の放映権が強く存在する現実にぼやきたくなる日であった(別にこの日の放映権をテレ朝から奪ったという訳ではなく、最初からシーズン終盤の大事なところはフジが押さえていたということである)。
1994年10月7日 巨人が負けて中日が勝った
10月6日、前夜の異様な雰囲気の神宮での野村監督のぼやきがヤクルトナインを奮起させたのか、巨人を撃破する。
巨人が勝って中日が負けようものなら、神宮で長嶋茂雄の胴上げをまざまざと見せつけられた上、アンチ巨人から痛烈なヤジを浴びることになるのだから、ヤクルトも必死だろう。
【東奥日報1994年10月7日付朝刊11面】
10月7日の朝刊11面では、中日の「高木監督が重ねて辞意」という見出しも目をひく。
終盤に猛追したとはいえ、中日は実は8月までは広島東洋カープの後塵を拝し優勝争いに加われていなかったため、高木守道監督に更迭が告げられていたが、終盤の驚異的な追い上げで優勝争いを演じたことで、球団側から急きょ続投を求められる展開になったわけだ。
こういうエピソードを見ると、中日ナインや高木監督に肩入れしたくなるのだが……
ともあれ、これで巨人か、中日か──ペナントレース最終戦で優勝球団が決まるという前代未聞の日程が決定した。
そして、明日の番組表を見て絶望する青森県民が一斉に出現するのもこの日。10月7日の夕方である。あれ？明日はRABもATVもABAもNHKも野球やんねえのかと。
1994年10月8日 静のスポーツ欄、乱のテレビ欄
そしていよいよやってきた中日×巨人10.8決戦の当日の朝刊である。
前日の夕刊テレビ欄を見て野球の放送が無いことに絶望している青森県民も少なくないはずだが、スポーツ欄は淡々と試合の論評を載せているのみ。
【東奥日報1994年10月8日付朝刊11面】
巨人は投手力がカギ、中日は今中の立ち上がりが課題だと見出しに書いていて、凄いなと率直に思ってしまう。その通りの試合展開になってしまうのだから。
朝刊で中日×巨人10.8決戦に触れるのはこのくらいである。スポーツ欄では、高校野球の東北大会で青森山田が東北(宮城)に、青森北が金足農(秋田)にそれぞれ敗れた方を大きく取り上げていて、「厚い"強豪の壁"」と報じている。今だったら、秋田や宮城県勢に負けても厚い強豪の壁なんて書くこともないよなあと思いつつ、東北も金足農も21世紀に入ってからダルビッシュと吉田輝星で甲子園準優勝まで行くと思うと感慨深い。まだまだ青森の野球は弱かった時代であった。
【東奥日報1994年10月7日付朝刊24面】
そして青森の放送局は中日×巨人10.8決戦を放送しないという現実を突きつける当日のテレビ欄である。前日の夕刊の時点では「実は明日になればどこか放送してくれるかも」と淡い期待を抱くこともあったかもしれないが、朝刊が期待を絶望という現実に叩きつける。
RABがおすすめ番組として「芸能人ザッツ宴会テイメント！大復活祭」、ABAが「[新]暴れん坊将軍�坤好撻轡礇襦廚函�フジ系の中日×巨人10.8決戦の裏番組をPRしているのが何とも泣けてくる。
見たいのは欽ちゃんでもマチャアキでも上様でもなく、長嶋茂雄の胴上げだよという声が聞えてきそうだが、RABもATVもABAも、それぞれのキー局の番組を流さないといけない宿命があるのだから放送局を責めても仕方がない。巨人がしっかり独走を維持できていれば、TBSやテレ朝が放映権を持っている試合で長嶋茂雄の胴上げがあった可能性もあったわけで、それならばTBS系のない秋田や岩手朝日テレビ(IAT)開局前の岩手が同じ目に遭っていたかもしれないのだ。
ちなみに我が家は青森ケーブルテレビのお陰で北海道文化放送(UHB)が見れたので、当日を少し思い出してみたい。
夕方の「スーパータイム」の中でも中日×巨人10.8決戦には触れていて、ナゴヤは雨ではないと知っていたが、本当に始まるかどうかドキドキした記憶が鮮明に残っている。
「スーパータイム」が終わって、いつもなら「幽遊白書」が始まる時間に、ナゴヤ球場上空のヘリコプター空撮映像で始まった中日×巨人10.8決戦は、番組冒頭から日本中のお茶の間を異様な雰囲気に一気に引きずり込んだように思う。フジ系がない青森県の一部を除いて。
試合展開は放送開始直後から巨人がリードしていて、ヘリ空撮映像からスコアが表示された直後、我が家では歓声が上がった。しかしまもなく中日が同点に追いつくと、長嶋茂雄は容赦なく先発の槙原を斉藤雅に交代しピシャリ。まさに巨人は投手力の全勢力を注いだのだ。終盤はリリーフの橋本やクローザーの石毛と言った勝利の方程式ではなく、エースの桑田真澄まで投入する。
RABが「芸能人ザッツ宴会テイメント！大復活祭」をやっている頃、9回表の巨人の攻撃で川相のバックスクリーンに直撃したように見える大飛球が判定で三塁打。ホームランを確信した緩慢走塁ではなく全力疾走で3塁を踏んだ川相の走塁や、ほぼ勝利が濃厚というタイミングで長嶋茂雄が審判団に猛抗議を見せたとき、巨人の勝利への執念が中日のそれを上回っているのを子供ながらに確信したのであった。
長嶋茂雄はフジテレビ系列の電波でナゴヤの夜空に舞った。
1994年10月9日 怨嗟の声は東奥日報にも
史上初のペナントレース最終戦で優勝を懸けた一戦は、巨人の勝利で終わった。一夜明けた10月9日の東奥日報朝刊7面の見出しは「落合先制弾 村田、コト―中押し 最後は松井 巨人130試合目の頂点」である。
秋田県出身の巨人・落合博満の「勝ちゃいいんだ」という談話の記事冒頭は「あこがれの長嶋監督がマウンドで宙に舞おうとしている」である。
【東奥日報1994年10月9日付朝刊7面】
青森県含め東北地方は巨人の人気が根強い。宮城県ですら「俺はずっと巨人ファン」という人もいる。長らく我が国の地上波のプロ野球中継がほぼ巨人しか無かったのだから、秋田出身の落合が長嶋巨人に憧れを抱いたのも当然の帰結と言えよう。
お隣の秋田県民は、中日×巨人10.8決戦で、殊勲打を放った地元出身の英雄落合の歓喜の姿も、憧れの長嶋茂雄の胴上げも秋田テレビ(AKT)で視聴することができた。
かつてIBC岩手放送が日本テレビ放送網(NTV)に嫌われ巨人戦をほとんど見れなかった歴史もある岩手県も、開局3年の岩手めんこいテレビ(MIT)が中日×巨人10.8決戦を放送した。
【東奥日報1994年10月9日付朝刊19面】
東奥日報19面は列島各地の巨人ファンや中日ファンの悲喜こもごもの反応を紹介する傍ら、フジテレビ系列での放送だったため視聴が叶わなかった青森県民の悲嘆も記事にしている。
テレビ放映なくファンがっくり [県内]
問い合わせ相次ぐ
「どうして放送しないの」─。プロ野球ペナントレースの最後を飾る大一番、八日の中日−巨人戦は県内テレビ局の放映はなく、テレビ観戦を望む野球ファンから問い合わせの電話が各局に相次いだ。
県内でこのテレビ放送を見られたのは、放映権を持つフジテレビの系列局がある北海道、岩手、秋田の電波が届く、津軽半島と下北半島の北部、県南、深浦町、岩崎村のごく一部と、ケーブルテレビの契約世帯だけ。
NHK広報部によると、「地上波、衛星波とも、テレビの放送日程はシーズン前に決まっていて、今さらどうこうできない」という。
東奥日報社には、「県内で岩手、秋田、北海道のテレビが見られるのはどこか」との読者からの問い合わせがあったほか、県内民放三社、NHK青森放送局にも放映予定を尋ねる電話が数十件あり、深夜まで問い合わせが続いた。青森市内のある青果店経営者(四四)は「最後の最後になってテレビで野球観戦できず非常に残念」とがっくり。ラジオにしがみつき一喜一憂する野球ファンも多かった。
問い合わせ相次ぐ
「どうして放送しないの」─。プロ野球ペナントレースの最後を飾る大一番、八日の中日−巨人戦は県内テレビ局の放映はなく、テレビ観戦を望む野球ファンから問い合わせの電話が各局に相次いだ。
県内でこのテレビ放送を見られたのは、放映権を持つフジテレビの系列局がある北海道、岩手、秋田の電波が届く、津軽半島と下北半島の北部、県南、深浦町、岩崎村のごく一部と、ケーブルテレビの契約世帯だけ。
NHK広報部によると、「地上波、衛星波とも、テレビの放送日程はシーズン前に決まっていて、今さらどうこうできない」という。
東奥日報社には、「県内で岩手、秋田、北海道のテレビが見られるのはどこか」との読者からの問い合わせがあったほか、県内民放三社、NHK青森放送局にも放映予定を尋ねる電話が数十件あり、深夜まで問い合わせが続いた。青森市内のある青果店経営者(四四)は「最後の最後になってテレビで野球観戦できず非常に残念」とがっくり。ラジオにしがみつき一喜一憂する野球ファンも多かった。
どこでフジが見れるかを東奥日報に電話で聞く者もいたのか。
インターネットが無い時代とはいえ、新聞社に聞く質問ではない気もするが、それだけ県民の関心が高い出来事だったことの裏返しか。それにしても秋田テレビの電波が届く地域として深浦町を挙げているようにも読めるのだが本当だろうか。
Radio mobileでアナログのAKTの受信電界強度のシミュレーションを行ってみたが、旧深浦町でAKTが映りそうなエリアに人家は無いように思う。艫作地区では映る場所もあったかもしれないが、艫作集落からは離れた地域になる。
青森県内でAKTが映っていたのは、旧岩崎村の一部と、私より早く山岳回折で遠距離受信に成功していた弘前近郊や津軽平野のごく一部の先駆者くらいなのではなかろうか。
いずれにせよ、青森県内では深夜まで数十件という規模で、東奥日報のほかテレビ各局にフジ系を見られなかった県民から“問い合わせ”の電話があったという。
東奥日報の記事を額面通り受け取れば“問い合わせ”となるが、既に試合が終わった深夜にも及んだという電話の中には、もはやただの八つ当たりの電話もあったことだろう。
1994年10月18日夕刊 弘前からの怨嗟が明鏡欄に
中日×巨人10.8決戦から10日経った1994年10月18日の東奥日報夕刊の読書投書欄の明鏡欄に、弘前市の男性から「見たかった巨人−中日戦」という投稿が掲載された。
投稿には「夜、野球の始まる時間になったら、県内の民放三局のうち、どこか番組を変更して野球が放映されるのではと期待してしまうほどだった」とあり、直前まで奇跡に期待していた様子である。
【東奥日報1994年10月18日付夕刊7面】
ただ、試合翌日10月9日の記事内でNHK広報部が伝えているとおり、「テレビの放送日程はシーズン前に決まっていて、今さらどうこうできない」というのが現実である。
そして、投稿者の住所が弘前市というのが注目すべき点か。
アナログ時代はなんとかUHBが映る場所もちらほらあった青森市や、めんこいテレビがだだ漏れ状態の八戸市と異なり、アナログ時代の弘前はフジ系視聴の難易度が高かったのは否めない。どうにもならなかった弘前の怨嗟は、この投稿以外にも時折存在している。
1994年に、山岳回折によるAKTの伝搬路や弘前市内の受信可能地点についての当ブログの記事が存在できていれば……。
1994年10月21日 商魂たくましい青森ケーブルテレビ
弘前市民からの「見たかった巨人−中日戦」の明鏡欄への投稿から3日後の朝刊は、同じ津軽地方でも弘前とは条件が違う青森市からテレビ欄に大々的に宣伝を打つ者が現れる。
広告主の名前は青森ケーブルテレビ。
県外のテレビ欄に隣接して、大々的にUHBとTVhの区域外再送信のアピールとともに加入者の声を伝えている。
【東奥日報1994年10月21日付22面】
巨人VS中日最終戦
青森では、テレビ中継がありませんでした。
ケーブルテレビ加入者なら
23ch北海道文化放送(フジテレビ系列)で
ご覧になれました。
まだ、加入されていない方は、
今すぐご加入を！
ただいま、秋の新番組がリアルタイムで
ご覧になれます。
■23ch北海道文化放送(フジテレビ系列)
■46chテレビ北海道(テレビ東京系列)
青森では、テレビ中継がありませんでした。
ケーブルテレビ加入者なら
23ch北海道文化放送(フジテレビ系列)で
ご覧になれました。
まだ、加入されていない方は、
今すぐご加入を！
ただいま、秋の新番組がリアルタイムで
ご覧になれます。
■23ch北海道文化放送(フジテレビ系列)
■46chテレビ北海道(テレビ東京系列)
青森ケーブルテレビは中日×巨人10.8決戦を絶好の商機と捉え一気に勝負に出たのだろう。私が通っていた理髪店はもともと日曜午前はABAで「サンデープロジェクト」をテレビに映していたが、「ケーブルテレビの人から『チャンネルはUHBにして笑っていいともをお客さんに見せて』って言われてるんだよ」と、「いいとも増刊号」を見せてもらって、子供ながらに田原総一朗よりタモリが嬉しかった記憶が懐かしい。
課金してでもUHBを見たいと考えるのは私も同じだが、弘前からは怨嗟の声が東奥日報明鏡欄に上がるのに対し、青森からはケーブルテレビ加入者の歓喜の声が上がるのが対照的であった。
1994年10月22日 日本シリーズ開幕
読売ジャイアンツ(巨人)と西武ライオンズによる日本シリーズは1994年10月22日から10月29日までの6戦が行われた。
第1試合で西武の清原はPL時代の戦友桑田とのKK対決でいきなり本塁打を放ち、今回も西武圧勝かと思ったが、4勝2敗で巨人が日本一となった。
西武の清原もまた、巨人に入りたかった選手である。巨人に憧れる選手は日本中にいたのだ。
東京ドームの巨人主催試合はNTV系・RABが「劇空間プロ野球」、西武球場の西武主催試合はテレ朝系・ABAが「ゴールデンナイター」をそれぞれ放送することで、めでたく青森県民も日本シリーズは全試合を地上波で視聴可能であった。
【東奥日報1994年10月9日付7面より再掲】
1994年時点で日テレ系列局かテレ朝系列局のどちらかが無かった県として岩手や富山、福井、山陰、高知、沖縄などがあったが、それらの県で長嶋茂雄の胴上げが見れなかったとか、見れないかもしれないという騒ぎは寡聞にして知らない。というのは、日本シリーズはNHK衛星第1も放送していたからである。日テレ系列局がない沖縄の巨人ファンもNHK衛星第1で無事に長嶋茂雄の胴上げを見ることが出来たのであった。
こうなると、どうしてNHK衛星第1は中日×巨人10.8決戦を放送してくれなかったのかと恨み言もしたくなるが、やっぱりNHK広報部の「テレビの放送日程はシーズン前に決まっていて、今さらどうこうできない」の一言に尽きる。さすがのNHKだって、通常ならとっくに優勝チームも決着し、引退選手の最後の出場機会だったり消化試合だったりする130試合目が、長嶋茂雄の言うような「国民的行事」になるとは思っていないだろう。
1994年11月1日 フジテレビからの宣告
巨人の日本一おめでとうセールが青森中三、西武のご声援ありがとうセールが青森松木屋でそれぞれ無事に行われお祭りムードの青森に、戦力外通告─ノンテンダーの知らせが届く。
1994年11月1日の東奥日報夕刊に、東奥日報社がフジテレビジョンに、青森県への新局開局予定はないのかを取材した記事が掲載されたのだ。その内容は、青森県民を絶望の底に叩きつけるものであった。
"世紀のV決戦" 巨人対中日 見たいのに映らない
県内民放第4局実現は？
日本シリーズも終了、プロ野球シーズンは幕を閉じたが、セリーグ優勝をかけた巨人対中日の“世紀の決戦”(十月八日)が、ネット局の関係でテレビ放映されなかった本県の野球ファン、特に巨人ファンにとっては物足りないシーズンだったのではないか。情報格差を痛いほど思い知らされた出来事だったが、県民の期待を集めている民放第四局の実現は、極めて悲観的な状況にあるようだ。
巨人−中日を中継したのはフジテレビ。本県は系列局がなく、第四民放局のキー局として、ことあるごとに要望の声が上がる。しかし、フジテレビ側は、「ネット展開は二十六局目の岩手めんこいテレビで“打ち止め”と考えています。これ以上系列局は増やさないでしょうね」(電波企画部)と断言する。
「各県へのチャンネル割り当てには、キー局の意向が大きく働く」とある関係者は指摘する。いかに地元の要望があっても、キー局がその地域にマーケットとしての魅力を感じて後押ししない限り、物事は動き出さない─というわけだ。
新規の開局には現在、当初だけで七十億円以上の投資が必要と言われる。本県では広告マーケットが限られている上、景気低迷で既存局すら営業が厳しい状態。現状では開局しても採算を取るのは難しいとされる。
全国的に動き鈍化
お隣の岩手県では昨年二月、民放四局目のテレビ朝日系がチャンネル割り当てを受けたが、開局のめどは立っていない模様。全国的に見ても、バブル崩壊後は新規開局の動きは急激に鈍っている。このような中、沖縄県では、民放第三局となるテレビ朝日系の琉球朝日放送が、既存の琉球放送(TBS系)の社屋に間借りし、社員もすべて琉球放送からの出向で開局(来年十月予定)するという"奇策"まで出た。琉球放送は「当初の投資額は全くの新規開局に比べ三分の一の二十五億円前後で済む」と説明する。
(中略)当面の間、本県では民放三局体制が続き、今回の巨人−中日戦のように「見たいのに見られない」状況は改善されそうにない。
県内民放第4局実現は？
日本シリーズも終了、プロ野球シーズンは幕を閉じたが、セリーグ優勝をかけた巨人対中日の“世紀の決戦”(十月八日)が、ネット局の関係でテレビ放映されなかった本県の野球ファン、特に巨人ファンにとっては物足りないシーズンだったのではないか。情報格差を痛いほど思い知らされた出来事だったが、県民の期待を集めている民放第四局の実現は、極めて悲観的な状況にあるようだ。
巨人−中日を中継したのはフジテレビ。本県は系列局がなく、第四民放局のキー局として、ことあるごとに要望の声が上がる。しかし、フジテレビ側は、「ネット展開は二十六局目の岩手めんこいテレビで“打ち止め”と考えています。これ以上系列局は増やさないでしょうね」(電波企画部)と断言する。
「各県へのチャンネル割り当てには、キー局の意向が大きく働く」とある関係者は指摘する。いかに地元の要望があっても、キー局がその地域にマーケットとしての魅力を感じて後押ししない限り、物事は動き出さない─というわけだ。
新規の開局には現在、当初だけで七十億円以上の投資が必要と言われる。本県では広告マーケットが限られている上、景気低迷で既存局すら営業が厳しい状態。現状では開局しても採算を取るのは難しいとされる。
全国的に動き鈍化
お隣の岩手県では昨年二月、民放四局目のテレビ朝日系がチャンネル割り当てを受けたが、開局のめどは立っていない模様。全国的に見ても、バブル崩壊後は新規開局の動きは急激に鈍っている。このような中、沖縄県では、民放第三局となるテレビ朝日系の琉球朝日放送が、既存の琉球放送(TBS系)の社屋に間借りし、社員もすべて琉球放送からの出向で開局(来年十月予定)するという"奇策"まで出た。琉球放送は「当初の投資額は全くの新規開局に比べ三分の一の二十五億円前後で済む」と説明する。
(中略)当面の間、本県では民放三局体制が続き、今回の巨人−中日戦のように「見たいのに見られない」状況は改善されそうにない。
1994年時点で、フジテレビは新局は岩手めんこいテレビが最後だと東奥日報社に明言しているのである。
私はこの時の東奥日報社の取材に対し、フジテレビが岩手めんこいテレビを最後に置局計画が無いと表明したことが、青森県当局に第4局目をあきらめさせる理由の一つになった可能性があるのかもしれないと思っている。
1988年3月11日の青森県議会定例会(第173回)で八戸市選挙区選出の県議・山田弘志は、第三テレビ局─すなわちABAの開局に向け、エフエム青森の開局時のような訴訟問題が起きないよう県に指導をしてほしいとしつつ、「今第四テレビ局の話もある」と明言していて、ABAに続いての4局目の動きも青森県にはあったらしい。すっかり、八戸の人は岩手めんこいテレビがあるから青森4局目はいらないと思っているのかと思いきや、八戸選出の県議から4局目の話も出てくるのだ。
青森県の民放4局目の芽がいつ潰えたのかは不明なところが大きいが、フジテレビに系列局はもう作らないと言われてしまえば、青森の第四局目構想が失速するのは容易に想像できる。そして、水面下で秘密裏に第四テレビ構想に多少なりとも関与した人たち(財界や県当局)も、東奥日報の取材より先にフジテレビに接触して、同じように「岩手めんこいテレビで最後」という話は聞いていることだろうと推測する。
フジに振られたからといってテレ東に行くのはもっと困難である。岩手に四局目が割り当てられたのは1993年2月だというが、恐らく岩手県と同じタイミングで青森県に対しても郵政省から「四波目はどうする？」と聞かれ、青森県当局は見送る判断をしたのだろうというのが私の予想である。
県の当局や財界が「フジ系の第四テレビは厳しい」と認識しても、県民世論に「絶対に新局を作る」という執念があれば歴史は変わったかもしれないが、東奥日報の取材に対する「岩手めんこいテレビで最後」というフジテレビの宣告は、県の政財界の土台を支える県民世論を打ち砕くのに十分な破壊力だったのではないか。
【東奥日報1994年11月1日付夕刊7面】
実際には1991年開局の岩手めんこいテレビ(MIT)以降で、1997年に山形にさくらんぼテレビ(SAY)、高知に高知さんさんテレビ(KSS)と、フジテレビ系列局が開局していることは万人の知るところである。
SAYとKSSの開局についてはもっと詳しい書物やWEBサイトがあるので多くは触れないが、両方とも県当局(県庁)が新局への出資をするなど積極的だったことは確実である。
山形県知事だった高橋和雄は1996年2月22日の山形県議会定例会(第281号)で、「県民に提供する情報の基本的媒体の拡充となります民放テレビ第四局に出資することといたしました」と、短い文章ながら後にSAYとなる山形県第四テレビへの出資を表明している。
高知県知事だった橋本大二郎は少々熱っぽく、「高知さんさんテレビの開局は、現在民放テレビが二局しかない本県にとりましては、情報の格差の解消を通じて、特に若者の地元への定着などの面で大きな効果が期待できます。それだけに私自身、今回の電波の割り当てが高知県に地上波の新しいテレビ局をつくる最後のチャンスだと考えまして、開局に向けての取り組みを支援してまいりました。今回、予備免許が交付をされ、開局の見通しが立ちましたことを県民の皆様とともに喜びたいと思います。現在、高知さんさんテレビで開局のための施設の建設など各種の準備が進められておりますが、県といたしましても、県民の生活と文化の向上という視点から、具体的な出資の額などを検討してまいりたいと考えております。」と、1996年7月1日の高知県議会定例会(第239回)で情報格差解消と若者の地元定着に絡めて答弁をしている。
【東奥日報1994年11月1日付夕刊より ナゴヤ球場の胴上げ】
結局、県がどれだけ新局誘致に強い執念を持っていたか、に尽きるのか。
とはいえ、県が執念を持っていても、土台の県民世論が「フジテレビがめんこいテレビで最後だと言ってる」と諦観していては動き出すことはできない。
東奥日報の記事によれば岩手のIATも難産だったようだし、実際に福井の第3テレビ、宮崎の第3テレビ、沖縄の第4テレビ(南西放送)のように郵政省から周波数割当を受けながら開局できず消えている例もあるわけで、青森県当局や青森県の財界が躊躇したのも理解できるところである。
それでも、「ネット展開は二十六局目の岩手めんこいテレビで“打ち止め”と考えています。これ以上系列局は増やさない」というフジテレビジョン電波企画部の発言がなければ、青森県も山形県や高知県のように熱心に新局誘致を進めフジ系新局を手にしたかもしれないと思うと、青森県にとって不運な国民的行事「中日×巨人10.8決戦」が起こってしまったことが惜しい。
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コメント
コメント一覧
30年前の10.8決戦にスポットを当ててますが、
当時フジテレビ系地上波全国中継を行っていた
『F1グランプリ』も青森県では、
見られませんでした。
30年前の5月1日・イモラサーキットでの
サンマリノGP、
アイルトン・セナの事故死も
リアタイで知ることはできませんでしたね。
上記のケーブルテレビ区域外再放送
または遠距離受信などで、
UHBやめんこいテレビ、
ごく一部地域でAKTにてリアタイの人、
衛星放送で有料のWOWOWが
当時はフジテレビの協力により
F1中継・予選と決勝のノーカット放送を
実施していたので
それで知った人もいたのでしょうが、
それでも大半の青森県民は
テレビを通じて知ることは難しかったと
思います。
同じ東北なら山形県も当時は難しかったと。
前年の1993(平成5)年4月に
山形テレビがフジテレビ系からテレビ朝日系への
ネットチェンジによりフジ系がなかったので、
仙台放送やAKT、
福島テレビやNSTを遠距離受信などでリアタイ、
またはWOWOWで知ったという人とか。
僕自身は、
秋田出身なのでAKT、
今はradikoでBSNやFM NIIGATAの番組のおかげで
行きたい行きたいと想っている新潟には、
NSTがあるので
当時その両県に在住していた人は
リアタイで知ることが可能でしたが、
見られなかった地域や人のことを考えると
なんだかなあと思うことがあります。
コメントありがとうございます。
なんだかんだで、めんこいテレビの青森県側世帯カバレッジが公称35.8%もあり、めんこいテレビのエリアマップの外側のむつ市あたりでも映りますし、北海道文化放送のエリアと青森ケーブルテレビもあるので、県民の半分くらいの人は見れたと思います。
弘前がほぼダメだったので県内に見れなかった人は結構な数になりましたが、それでも大半ではなかったでしょう。
青森県、山口県は現在もフジテレビ系列局がありません。
山形県は山形テレビ(YTS)のネットチェンジの影響でフジテレビ系列の番組の大半が視聴出来ませんでした。
高知県は当時は民放2局しかありませんでした。
大分県はテレビ大分(TOS)の土曜19時台〜20時台が日本テレビ系同時ネット枠のためです。
10.8決戦の山形県民の反応を山形新聞で調べてみたいと思います。
それでもなんとしても試合の様子を生で捉えたい、と思った私はポータブルラジオを懐に、長袖シャツにイヤホンを通して肘をついた格好で、授業を聞くふりをしながらこっそり観戦という今にして思えばなんとも間抜けなことをしていました。
巨人の選手がタイムリーを打った時には教室のなかで「アッ」という声がいくつか聞こえ…
あれから３０年か、なんて嘆かわしくも懐かしい思い出が蘇りました。
あまり本線に関係のない感想で申し訳ない。
コメントありがとうございます。袖にイヤホンを隠してラジオを聴くは90年代あるあるですね。
生徒も生徒ですが、教師も教師でデーゲームの日本シリーズとか長野オリンピックとか教室でテレビつけるのもありましたね。
記事によると巨人ファンも噴水に飛び込んでてて笑いました。
放送法上は国民の財産である電波をもらってるテレビ局は、開局は促進していくべきと書かれてるはずなので、このインタビューへのフジの回答は本当に残念ですね、現時点ではという注釈があるとは言え。
1つの噂として青森関係選出の某大物国会議員が大のフジ嫌いで何度も上がってきた湧き上がる開局要望を阻止してたという話を見ました、
2002某共催サッカーワールドカップの開催国選定過程や応援番組の露骨な謎行動やいざこざや度重なる誤審によるベスト8進出への疑問で始まった某国嫌ムーブメントなど以前にもそんな人がいるんだなと思いました、テレビ界や芸能界は色々絡み合って闇が深そうですもんね。その大物議員が嫌ってた詳しい理由はよく分からず調べようがないのですが。
本当に興味深い記事ありがとうございました！
コメントありがとうございます。
青森関係選出の某大物国会議員が大のフジ嫌いの噂について、最近調べましたので近々記事化します。