(津軽家菩提寺・長勝寺)
長いので分けて箇条書きにすると･･････
◆鹿内信隆の家系の事実関係
・鹿内信隆は北海道出身だが、津軽にルーツがある。
・鹿内信隆の父は鹿内徹で、本籍地が青森県だと確認できる。
・鹿内信隆の祖父は鹿内禹平で、樺戸集治監の看守だったが、1892(明治25)年に38歳で死去した。
・鹿内信隆の長男は鹿内春雄だが、父・信隆より早く1988(昭和63)年に43歳で急死した。
・鹿内春雄には生涯3度の結婚歴があり、それぞれの妻との間に子供がいる。
・鹿内宏明の元の名は佐藤宏明で、信隆の娘の厚子と結婚し鹿内姓に改姓した。
・鹿内宏明は、日枝久らによるクーデターで解任された。
◆不可解な点の多い鹿内信隆による祖父の説明
・鹿内信隆は、祖父は鹿内為右衛門で津軽藩の家老だったなど、その出自の説明はたびたび異なる。
・岸本良信の資料から、幕末時点で鹿内禹平や鹿内為右衛門という名の津軽藩士は確認できない。
・小平霊園の鹿内家の墓の霊標には、1988(昭和63)年没の鹿内春雄と1990(平成2)年没の鹿内信隆の死の間に鹿内禹平の名が刻まれていて、鹿内為右衛門の名前はない。
◆鹿内信隆の弟の徳保は原爆開発をしていた
・鹿内徳保は旧日本軍の原爆開発に携わっていて、鹿内信隆が常務を務めていた日本電子工業が特殊金属研究所の工場を建設した。
・戦後、GHQは戦争犯罪人を処罰し、インパルス通信やテレビジョンなどの研究を禁止した。
・GHQに戦争協力を密告される者もいたことから、鹿内信隆も鹿内徳保との関係をGHQに知られることを恐れていたと思われる。
◆鹿内為右衛門という不可解な説明の理由とは
・鹿内信隆が、祖父について不可解な説明をした理由として、私はいくつかの理由を推測している。
・旧制岩見沢中学の同級生が鹿内信隆には大言壮語癖があったと佐野眞一に証言していて、フジサンケイグループを支配するため自らの出自を誇大化した可能性がある。
・鹿内徳保の原爆開発に関与したことを隠すため、架空の津軽藩家老の孫を自称し、鹿内禹平の孫である鹿内徳保とは無関係だとすることを意図した可能性がある。
◆春雄の死後に本当の祖父の鹿内禹平の名を刻んだ理由とは
・鹿内春雄の死後、鹿内家の墓の霊標に本当の祖父の名である鹿内禹平の名を刻んだ理由は、男系男子による鹿内家の継承を鹿内信隆が望んだからではないかと、私は推測する。
・中川一徳の取材から、鹿内信隆は鹿内春雄の長男(信隆にとって最初の男の孫)が将来、箱根彫刻の森美術館の代表を継承し、フジサンケイグループのトップに立つことを願っていたことが明らかになっている。
・鹿内春雄の死後、フジサンケイグループ議長となった娘婿の鹿内宏明にも子供があり、将来的にはフジサンケイグループのトップの座を巡って春雄の息子と宏明の息子の間でお家騒動の火種となる可能性があった。
・中川一徳の取材から、鹿内信隆は皇室との関係を持つことを願っていたことが明らかになっており、皇位継承に倣った男系男子による鹿内家の継承であれば鹿内春雄の長男(初の男の孫)が継承順位1位でフジサンケイグループのトップに立てるため、根拠強化のために霊標に本当の祖父の名である鹿内禹平の名を刻む結果になったと推測する。
・中川一徳によれば、日枝久は鹿内家の分裂を維持することを意図して鹿内信隆の孫を2人採用したとされ、孫世代によるお家騒動の火種は反鹿内派から弱点として睨まれ、鹿内信隆もお家騒動を危惧していた可能性がある。
(津軽為信菩提寺・革秀寺)
- 目次
■青森に無いフジテレビの問題でよく聞く「鹿内」姓
■何が真実かわからない鹿内信隆が語るルーツの話
■津軽各地の曹洞宗寺院が集積して成立した弘前・禅林街
■鹿内信隆を取材したジャーナリストの書籍を読んでみる
■財界著名人の家系図が発表されていた昭和時代にヒントを見つけた
■鹿内為右衛門という人物の記録は見つけられなかった
■樺戸集治監看守・鹿内禹平という人物の記録はあった
■出自の説明に鹿内禹平を使わなかった謎──箔を付けたかったのか？
■父・徹も「津軽藩」出身を利用していたか
■「津軽藩」で箔をつけるのが目的でないなら……
■原爆開発 鹿内徳保の経歴を隠そうとしたのか
■鹿内徳保と鹿内徹の共通点
■小平霊園の鹿内家の墓の霊標の順序の謎
■霊標に突如刻んだ禹平の名は男系世襲への布石か
■客観的資料から鹿内家と伊佐津家の足取りをまとめてみた
■結局、鹿内為右衛門とか津軽藩家老という話の理由は何だったのか？
■2025-03-03追記 鹿内禹平も為右衛門も藩士ではなかったらしい
■2025-03-12追記 2025年3月4日付東奥日報「東奥春秋」が「鹿内家」を取り上げた
■2025-04-14追記 鹿内信隆と朴正熙韓国大統領の興味深い対談
■2025-04-22追記 中川一徳が、日枝久の企図した「鹿内家の分裂」に言及した
■青森に無いフジテレビの問題でよく聞く「鹿内」姓
フジテレビと中居正広の問題が収まる気配がなかなか見えないが、かつて信隆、春雄、宏明の3代にわたってフジサンケイグループ議長としてフジテレビを支配した鹿内(しかない)姓をテレビで聞く機会もしばしば増えて来たように思う。
鹿内信隆(しかない-のぶたか)は多くの文献で北海道夕張郡由仁町出身だとされているが、「北海道で鹿内姓なら青森と関係ないんだべか」と思う青森県民もいるだろう。
地元民としては、鹿内姓は、八甲田の鹿内仙人こと鹿内辰五郎、ねぶた名人の鹿内一生、元青森市長の鹿内博など青森市に特に多いように感じるが、県内の他地域でも特別珍しい苗字でもないという感覚だろうか。名字由来.netをみると青森市を中心に津軽に広く分布し、あまり多くは無いが下北と南部にもある苗字である。不思議なもので、県境を越えて秋田や岩手に入ると鹿内姓は非常に少なく、県外では青森県からの転出先として人を集める東京都ならそこそこ存在するようだが、日本国内で青森の次に鹿内姓が多いのは北海道である。
青森県のメディア史を研究するにあたって、もはや青森を飛び越えて全国区の人物であるが、鹿内信隆の青森に関わる部分がどういったものかも学んでおきたいと思う。
■何が真実かわからない鹿内信隆が語るルーツの話
実のところ鹿内信隆自身も、青森県にルーツがあることを過去に述べている。自著「鹿内信隆は語る 理想なきものに創造性は生まれぬ」(1986年、講談社)で、「ぼくは北海道の流民の子孫です。もともと津軽の、佐幕派で流された家系なんです。いまでも弘前に行くと私の家の寺がありますが、津軽侯のすぐ隣に私の家の寺がありますから、かなりのものであったことは事実で、維新のときは、佐幕派の中の文人の代表的な人間だったらしいですね。それで北海道樺戸郡、名前は典獄長というんですが、そこに流罪になっているわけです。」と称している。
樺戸で典獄といえば樺戸集治監を連想するが、典獄長とは何だろうか。文字通りなら集治監の長なのかと思うが、北海道集治監(1893)「北海道集治監規則」をみても典獄長という役職は見当たらない。そもそも1881(明治14)年に開設された樺戸集治監の初代典獄は月形潔である。典獄の月形潔より偉そうな典獄長で鹿内という人物がいたら、月形町の名前は今ごろ樺戸郡鹿内町にでもなっていそうなものだが、1919(大正8)年の樺戸集治監廃止まで8代の典獄の中に鹿内姓の人物はいない。
津軽侯のすぐ隣に家の寺があるという鹿内信隆自身の話もどうだろうか。
津軽侯が何を指すか定かでないが、藩祖・津軽為信の菩提寺なら革秀寺(弘前市藤代1丁目4-1)である。革秀寺の隣には寺が無い。
ならば、歴代藩主の菩提寺である長勝寺の隣だろうか。長勝寺のすぐ隣の寺であれば梅林寺か隣松寺か。
もったいぶっても仕方ない。実は寺の謎は鹿内信隆の自著から遡ることおよそ30年前、徳川夢声による「夢声対談集 第6」(朝日新聞社、1955年出版)で鹿内信隆自身が具体的な名称について言及しているので引用する。
「ええ。北海道のタネとしては、わたしくらい古いものはないんです。ぼくの家は津軽藩のお蔵番で、佐幕派だったもんですから、明治政府が佐幕派を転覆させたときに、祖父は北海道へ流罪になったんですよ。弘前の月峯寺というのが先祖のお寺ですが、月峯寺に残ってるぼくのうちの系図をみますと、明治にだんだん近くなるにつれて、縁組みさきがよくなってるんですね。お蔵番といえば、津軽家の財政部長ですから、金銭のほうの権力が大きい。したがって、いい縁組みをしたわけなんです。祖父は金を持っておったから、東京へ遊学に出て、湯島の聖堂で勉強した。幕府が倒れたときに、湯島で勉強したからということで、死一等を減ぜられて、北海道の樺戸(かばと)監獄へ、典獄長という名前で流されたんです。以来、その土地に住みついて、おそらく北海道の半分ぐらいは、ぼくのとこの土地だったらしい。(笑)それをみんな、飲んで食ってなくしちゃったんです。そういうわけで、ぼくくらい生粋の北海道うまれはないですね。佐幕派で北海道へ流されたほどですから、家代々、保守党のチャキチャキです。(笑)」
鹿内信隆が語った寺の名前は月峯寺。そして北海道に流されたのは祖父の代だという。羽間乙彦が1959(昭和34)年に中央経済社から発行した「新財界人物 経営革新のリードオフマンたち」によれば、鹿内信隆の祖父の名は鹿内為右衛門である。
しかし月峯寺という名前の寺は茂森や新寺町はもとより郊外に範囲を広げても弘前市には存在せず、似た名前の月峰院なら茂森の禅林街に存在する。しかも月峰院は禅林街の中で最も奥にある長勝寺から離れた赤門の付近に位置し、とても津軽侯のすぐ隣とは言いづらい位置である。いささか無理のある解釈で、隣の天津院が藩祖津軽為信の祖父・大浦政信由来の寺院なので、それを津軽候の隣と言えば隣かもしれないが……ともあれ1986(昭和61)年、1955(昭和30)年とも、鹿内信隆が津軽藩の佐幕派で北海道に流されたと語る点では共通している。
それにしても、南部藩(盛岡藩)のような賊軍ならいざ知らず、津軽藩は弘前藩も黒石藩も官軍に所属していたのに、佐幕派という理由で北海道に流されるという沙汰が本当にあるのだろうか。実は南部藩出身という可能性も捨てきれず文献調査したところ、新評社が1969(昭和44)年に発行した「新評 昭和44年2月号」の167頁に「先祖は南部藩の家老職、祖父の時代に屯田兵として北海道に移民した血筋を受けている」という記録を見つけたが、鹿内信隆の出自を南部藩だとするのはこの1件のみであるから参考程度にとどめておきたい。
何なら、鹿内信隆自身は旺文社が1971(昭和46)年に発行した「早稲田大学一世紀の足跡」で「私の祖父、鹿内為右衛門は津軽藩の家老であったが、戊辰戦争で多数の藩士とともに北海道に落ち、最後まで官軍に屈しなかった人である。どうやら、私はこの祖父の血を多分に受け継いだようで、岩見沢中学を卒業すると、当然のことのように早稲田の門を叩いたのである。」と語っていて、佐幕派の咎で北海道に流された文人という設定が、戊辰戦争で北海道に渡って最後まで抵抗した藩士という内容に変わっている。
文人なのか武人なのか、津軽ではなく南部なのか──
| 鹿内信隆の出自の情報の変遷 | ||
| 年 | 出自の内容 | 出典 |
| 1955(昭和30) | 津軽藩のお蔵番で佐幕派。祖父は金があったから湯島聖堂に遊学に出たので死一等を減ぜられ、明治維新で北海道の樺戸監獄に典獄長として流された。弘前の月峯寺が先祖の寺。 | 徳川夢声(1955)「夢声対談集 第6」朝日新聞社 |
| 1965(昭和40) | 津軽藩の御蔵番という役職にあったため明治政府に忌避され北海道の樺戸監獄の典獄長という名前で左遷。本来の郷里は弘前で今でも先祖の墓がある。 | 三鬼陽之助(1965)「社長のサラリーマン時代 人生の勝負は紙一重」秋田書店サンデー新書 |
| 1969(昭和44) | 南部藩の家老職、祖父の時代に屯田兵として北海道に移民。 | 新評社(1969)「新評 昭和44年2月号」 |
| 1971(昭和46) | 祖父、鹿内為右衛門は津軽藩の家老であったが、戊辰戦争で多数の藩士とともに北海道で最後まで官軍に屈しなかった。 | 旺文社(1971)「早稲田大学一世紀の足跡」 |
| 1972(昭和47) | 津軽から流された政治犯の末裔 | 草柳大蔵(1972)「この考えはどうだ 現代の45人と草柳大蔵の「日本列島論」」太陽 |
| 1986(昭和61) | 津軽藩の佐幕派の中の文人の代表的な人間で、北海道樺戸郡に典獄長として流された。家の寺は弘前にあり、津軽侯のすぐ隣だからかなりのもの。 | 鹿内信隆(1986)「鹿内信隆は語る 理想なきものに創造性は生まれぬ」講談社 |
| 1988(昭和63) | 祖父・鹿内為右衛門は弘前藩の家老で、明治維新の際、官軍に追われて留萌に逃れた。 | 鹿内信隆(1988)「泥まみれの自画像」扶桑社 |
紹介した以外にも鹿内信隆の出自をめぐっては様々な記録が残っており、上表のようにまとめてみた。もはや何が真実なのかわからないが、とりあえず津軽出自説で論を進めたい。
■津軽各地の曹洞宗寺院が集積して成立した弘前・禅林街
禅林街の寺は、別に津軽藩の家臣など武士階級でなければ檀家になれなかった訳ではない。
二代藩主の津軽信枚の時代、弘前城からみて風水の裏鬼門の方角にあたる茂森に、津軽各地から曹洞宗の寺が集められて成立したとされており、今でもかつての位置に痕跡が残る例もある。月峰院は「新編弘前市史」によれば元々は南津軽郡沖舘村(のちに平賀町を経て現平川市)に創建され、慶長年間(1596〜1614年頃)に茂森に移転してきたとされる。
もともと津軽各地の村々にあった寺の集まりであるから、藩士以外の庶民が檀家というのも普通にあるのである。津軽侯のすぐ隣の寺だからかなりのものだという鹿内信隆の理屈はおかしいことに、津軽の人間なら簡単に気が付くのである。
先祖が茂森の禅林街のいずれかの寺の檀家であった可能性は否定できないが、鹿内信隆自身が語ったご先祖様をめぐる発言が定まらないため、津軽藩の武士でどの程度の階級だったものか、そもそも武家出身なのかも判断できない。
■鹿内信隆を取材したジャーナリストの書籍を読んでみる
鹿内信隆の語った話が二転三転している以上、出自についての客観的な情報を得るために、批判的に書かれた書籍の情報を取り上げてみたい。
ちくま書房から1999(平成11)年に文庫版で発行された佐野眞一著「あぶく銭師たちよ!―昭和虚人伝」によると、鹿内信隆の出生地は同じ北海道でも由仁町や樺戸郡ではなく、留萌郡留萌町(現・留萌市)だという。
留萌は歴史的にも津軽との縁は深く、江戸時代には西蝦夷地警備で津軽藩士が留萌に滞在しているし、津軽からニシンを追って北上したヤン衆の出稼ぎ先でもあった。
佐野眞一(1999)は「鹿内信隆に関する評伝は十指にあまるが、(中略)そもそものルーツは留萌郡留萌町で、鹿内信隆は父・徹、母・モヨとの間の長男として明治四十四年十一月、この地に生まれた。(中略)父の徹は留萌時代、写真技師として写真館を営んでいたが、夕張郡由仁町に移ってからは歯科医の資格をとり、写真館の方は母・モヨにまかされた。」とし、鹿内信隆を取材したジャーナリストや近しい位置にいた関係者も、評伝が十指にあまる状況で出自がよくわからないという評価だったらしい。
【佐野眞一著「あぶく銭師たちよ!―昭和虚人伝」】
中川一徳が2005(平成17)年に発表した「メディアの支配者」も、鹿内信隆が生まれたのは留萌町だとするが、佐野眞一(1999)と異なるのは「信隆の実の親は徹とモヨではなくIといい、六歳の時に養子に出されたことになっている。生まれたのも留萌町である。ただ、両家共に、信隆はたしかに徹、モヨの実子に違いないと信じている。たしかに、I家は信隆の父方の祖母が後妻として嫁いだ先であり、また徹二十四歳、モヨ十八歳の若さで信隆が生まれたことになるから、しばらくI家に預けられたということかもしれない。いずれにせよ幼少期に、信隆は留萌町から由仁町の鹿内家に引き取られた」と、鹿内信隆が戸籍上は養子になっていることを指摘している。
難解だがまとめると、留萌で鹿内徹とモヨの間に生まれた信隆は戸籍上はI家の子となり、6歳で戸籍上は養子という形で実の父母の徹とモヨの元に戻り、留萌から由仁へ転居したということか。
こうした養子に入っていた経緯があるからか、中川一徳(2005)に、かつて鹿内信隆の秘書役から箱根・彫刻の森美術館の専務理事を務めた誉田昭彦の回想として以下のようなエピソードが記されている。
「『産経ではかつて、社会部出身の一部の幹部を中心に鹿内さんの生い立ちにまで遡って調べる動きがあった。反鹿内の気運は産経で折に触れてくすぶっていたから、いつか狼煙をあげるためのネタを集めていたともいえるし、より直接的には自分の身を守るための武器にしようとした者もいた。ありていに言えば、メディアの巨人として脚光を浴びる鹿内というのは出自もはっきりしない、インチキではないのかという見方が背景にあったということです』
ニッポン放送とフジテレビを押さえた信隆が産経に社長として乗り込み、全権を掌握したのは一九六八年のことだが、リストラに大なたを振るったことから、社内には反発と自己保身の思惑が複雑に交錯した。結果的に大多数は恭順することになったが、社会部などには造反の火種が残された。
誉田によれば、秘書室あてに、いわゆる情報屋とも興信所ともつかないところから、信隆の家系を調べた報告書が送りつけられたこともあった。
『あなたはこういう家の出身ですね、と養子の事実が書いてあった。鹿内さんに〚 大変です。こんなものが来ました〛と報告したら、カネを払って処理するようにということだった』」
ニッポン放送とフジテレビを押さえた信隆が産経に社長として乗り込み、全権を掌握したのは一九六八年のことだが、リストラに大なたを振るったことから、社内には反発と自己保身の思惑が複雑に交錯した。結果的に大多数は恭順することになったが、社会部などには造反の火種が残された。
誉田によれば、秘書室あてに、いわゆる情報屋とも興信所ともつかないところから、信隆の家系を調べた報告書が送りつけられたこともあった。
『あなたはこういう家の出身ですね、と養子の事実が書いてあった。鹿内さんに〚 大変です。こんなものが来ました〛と報告したら、カネを払って処理するようにということだった』」
つまり1960年代からフジサンケイグループ内には「鹿内信隆の出自は津軽藩の家老の末裔ではない」と疑う動きがあったということだろう。
しかし佐野眞一(1999)も中川一徳(2005)も留萌時代の父・鹿内徹までの情報はあるが、さらに遡った先祖の話には詳しい言及がない。それ以前の話はフジサンケイグループにはあまり関係ないからだろうとは思うが、青森県人としては津軽から来たというご先祖様がどういうものか興味が湧く。
■財界著名人の家系図が発表されていた昭和時代にヒントを見つけた
令和の現代ではいくら著名人とはいえ家系図を出版しようものなら叩かれそうなものだが、1970(昭和45)年に現代名士家系譜刊行会から刊行された「現代財界家系譜 第3巻」に鹿内信隆の家系図が掲載されているのを発見した。下図は同書259頁記載の家系図を基に、当ブログ管理人が一部編集したものである。
現代名士家系譜刊行会(1970)「現代財界家系譜 第3巻」によれば、鹿内信隆の祖父は鹿内禹平ということになる。
鹿内信隆が祖父だと語っていた為右衛門の名前がどこにも無い。
鹿内信隆自ら「祖父の血を多分に受け継いだ」とまで語っていた祖父・鹿内為右衛門の名前が無いという事実を、どう読み解けばよいかわからない。鹿内為右衛門と鹿内禹平が同一人物なのか、それとも違う人物なのか。おそらくこの家系図に近いものを鹿内信隆の秘書役・誉田昭彦ばかりかフジサンケイグループの反鹿内派も見たのだろうと思うが、彼らも理解ができなかったのではないか。
家系図には中川一徳(2005)で言及のある養子に出されたI家と同じイニシャルの伊佐津家もある。中川一徳(2005)の文章を再掲すると「I家は信隆の父方の祖母が後妻として嫁いだ先であり、(中略)しばらくI家に預けられたということかもしれない。」ということで、鹿内サダは鹿内禹平との婚姻関係解消後、伊佐津富郎に嫁いだということのようだ。(念のため言うと、「現代財界家系譜 第3巻」の家系図によれば鹿内禹平の妻はサダで、伊佐津富郎の妻はサタであり、タの濁点の有無という違いがある。人事興信所(1953)「人事興信録 第17版 上」に伊佐津富郎の長男の伊佐津和平(留萌市功労者)の項があり、それによれば「母サダ」とあるので、鹿内サダと伊佐津サタは単なる誤字で同一人物とみてよいだろう。)
また、鹿内徹が5歳の1892(明治25)年に鹿内禹平は亡くなっているが、伊佐津和平は1893(明治26)年生まれなので、サダは禹平と死別して間もなく1892(明治25)年か1893(明治26)年に伊佐津富郎と再婚したことになる。幼くして禹平を亡くした鹿内徹も伊佐津家育ちだったのだろう。
中川一徳(2005)では「I家」表記だが、鹿内信隆は当時24歳の鹿内徹と18歳のモヨという若い二人の間に生まれたので戸籍上は伊佐津家の子となり、後に実の父母の鹿内家に養子で入ったということらしい。鹿内信隆には養子の事実はあるようだが、伊佐津家も留萌市功労者を輩出するような家系であり、「あなたはこういう家の出身ですね」などという文書が鹿内信隆に回ってきたという誉田昭彦の回想の経緯がよくわからない。
■鹿内為右衛門という人物の記録は見つけられなかった
前述の通り留萌は、西蝦夷地警備やニシン漁のヤン衆など津軽との縁が深い土地である。
留萌市が1970(昭和45)年に発行した「留萌市史」にもそうした記録はあり、津軽出身のヤン衆たちが「一ツうたいましょ憚りながら、おらが国サ……」と網おろし祝いにジョンガラ節を唄った様子が記録されている。
しかし津軽藩によって西蝦夷地警備が行われたのは1810年代前後であるから、鹿内為右衛門が留萌を警備した津軽藩士の一人だとするには古すぎる。鹿内信隆が生まれたのは1911(明治44)年である。
一方で鹿内為右衛門がヤン衆だということなら可能性はある。留萌のニシン漁は江戸時代から昭和30年頃の大凶漁まで盛んに行われた。出典は不明だが、Wikipediaの鹿内信隆のページには「鹿内家は明治初期に南部県より増毛に渡ってきたヤン衆である。」と記載がある。鹿内信隆を調査した先人の中には、鹿内家がヤン衆家系だと突き止めている人もいるのかもしれない。
Wikipediaの出典不明の情報の信憑性はともかく、ヤン衆として鹿内為右衛門が実現した証拠は発見できなかった(Wikipediaの鹿内徹の生年も後述するが、事実より7年も早い1880年の表記となっている。鹿内徹が日露戦争に本当に従軍し写真班に配属されていたなら17歳になり、兵役の下限年齢より下なのは言うまでもない。Wikipediaの当該部分も偽情報が多いだろう。)。
東奥日報社が1933(昭和8)年に発行した「青森県人名録」、1969(昭和44)年に発行した「青森県人名大事典」のいずれにも鹿内為右衛門の名は無い。津軽藩か南部藩か知らないが、鹿内為右衛門が家老職であったなら何らかの名前が載っていて欲しかったが、無い。津軽家の家老からヤン衆になるという話も信じられないが……。
北海道に渡った後の資料にならあるだろうかと色々探してみても鹿内為右衛門が見つからない。
それどころか、留萌でヤン衆を辞めて写真館を開いたなら可能性はあるだろうかと、前出の「留萌市史」で見つけた名前は驚くべきものである。
鹿内信隆が生まれた1911(明治44)年から3年後─1914(大正3)年当時の、留萌町の商業として写真業が3軒あったことが記されていて、その一つが留萌町南大通りの鹿内写真館だが、代表者名が鹿内孝風であり、父・徹とも祖父・為右衛門とも禹平とも異なる。
「現代財界家系譜 第3巻」の家系図にも鹿内孝風という名前は存在しないし、鹿内信隆の生家が留萌の写真館だと言及した佐野眞一(1999)と中川一徳(2005)のいずれにも鹿内孝風についての情報がなく、詳しいことはわからない。
もっとも写真家が雅号を持つ時代だったらしいので、鹿内孝風という名前が鹿内為右衛門か鹿内徹、あるいは家系図上の誰かという可能性はあるのかもしれないが、「留萌市史」も本名ではなく雅号を載せるのだろうかという疑問はある。
私の調査力では鹿内孝風の正体はわからず、鹿内為右衛門というヤン衆が実在したのかどうかは掴めなかった。
■樺戸集治監看守・鹿内禹平という人物の記録はあった
「現代財界家系譜 第3巻」の家系図で鹿内信隆の祖父にあたる鹿内禹平という人物については、調査をしていたら実在したことが発見できた。
内務省警保局 編(1886)「獄務指令録 甲」の1187頁と1189頁に鹿内禹平の名を見ることが出来るので抜粋する。
長野縣下信濃國小縣郡古阿曾村百五十四番地當時
同郡長久保驛新町居住平民谷右衛門次男故看守飯
島十一郎儀本日十七日知来乙農場出役ノ囚徒警護
勤務中本年三月廿五日外役先ヨリ窺隙逃走セシ懲
役終身小川龍三ナル者該農場近傍ノ林間ニ踪跡有
之云々急報ヲ得発報捜索中遂ニ潜匿ノ現場ヲ認メ
仝僚鹿內禹平外壹名ト共ニ捕獲セントスル際何ソ
圖ラン該囚ハ他所ニ於テ窃取セシ刀〓尺ヲ揮ヒ悍
然トシテ拒捕ヲ逞フシ勢制禦スヘカラサルノ止ム
ヲ得サルニ出テ各抜劍ヲ以テ暫ク防禦セシ折��該
四携帶セル所ノ刀ヲ擲チ其刀鎚本人ノ腹部ヲ貫キ
重傷ノ爲メ現場ニ顚倒一時氣絶ニ及ヘリ爾後介抱
ハ勿論百方治療ヲ施セシモ其効ナク仝夜半ニ到リ
終ニ致命致候右ハ職務ヲ蓋シ其任ヲ全フセントス
ルニ際シ不幸ニモ賊手ニ斃レ候段實ニ憫然ノ至ニ
堪ヘス依テ八年一月第三號公達巡査井邏卒死傷ノ
者吊祭扶助療治料規則ニ準シ吊祭及ヒ扶助料共遺
族者即本人實父ヘ給與候樣致度候〓〓〓〓〓〓〓
なんと樺戸集治監から内務省本省宛の上申書に看守の鹿内禹平の名前があった。
内容を要約すると、看守の飯島十一郎が知来乙農場で逃亡中の懲役終身(今でいう無期懲役)の小川龍三を発見し、同僚の鹿内禹平と共に小川を捕獲しようとした際、小川に刀で腹を刺され死亡したので、飯島の遺族の実父に扶助料の給付を願う、という1885(明治18)年4月30日付の上申書である。
鹿内信隆が語った樺戸監獄の典獄長だという話とはだいぶトーンが違うが、看守の鹿内禹平という人物が存在したのは客観的な資料で確認できた。
しかし、樺戸集治監の看守とはいえ鹿内禹平が津軽藩士だったかどうかはわからない。当時の樺戸集治監の看守は採用試験が行われており、北海道集治監規則看守採用規則の条件さえ満たせば旧武士階級でなくても採用されていたからである。無論、試験を受けて採用されるくらいだから、武家の知識階級出身だったら有利だっただろうが、1893(明治26)年発行の「北海道集治監規則」にも典獄長という役職は見つからなかった。
■出自の説明に鹿内禹平を使わなかった謎──箔を付けたかったのか？
鹿内信隆が語った祖父・鹿内為右衛門が実在したかどうかという問題はさておき、鹿内禹平の樺戸集治監看守という客観的にも間違いない経歴を、鹿内信隆が明らかにしなかった理由がわからない。
父・徹が写真館経営から歯科医になっていた話と同じように、鹿内禹平が看守だった話をしてもよいはずなのに、鹿内信隆が鹿内為右衛門が津軽藩の佐幕派の御蔵番だとか言い始めたのはなぜだろう。
一つは、フジテレビや産経新聞社などフジサンケイグループを支配するために、鹿内信隆が自身の神格化のために「先祖は津軽藩の御蔵番」と大言壮語した可能性である。
実際、鹿内信隆の旧制岩見沢中学時代の同級生の松村秀雄氏に取材した佐野眞一(1999)の記録によれば、「鹿内は口は達者な方だったが、その頃から大言壮語癖があった。鹿内の言うことは三割引きで聞いていればいい、というのが仲間うちでの通り相場だった」という。
中川一徳(2005)は、鹿内信隆がフジサンケイグループで独裁を強めるにつれて「歯の浮くような神話が作られた。」と指摘しており、フジテレビの番組で美ヶ原高原美術館に竹村健一と渡部昇一、堺屋太一を集め、渡部に鹿内家を日本の「メディチ家」と称賛させたというものである。
そうした神話のプロローグ(序章)にあたる鹿内信隆自身の出自も、作り替えたのかもしれない。
鹿内信隆が前出の徳川夢声と対談を行った1955(昭和30)年は、大政奉還から88年しか経っておらず、明治はもとより江戸時代生まれの人もまだ生存していた。
この時代に鹿内信隆が「祖父・鹿内禹平は樺戸監獄の典獄長だった」と言おうものなら、「看守だったでしょう」と往時を知る者から指摘があってもおかしくない。実在する鹿内禹平という名前を使って正体が割れてしまうことを避けたのだろうか。
鹿内禹平と鹿内為右衛門は同一人物かもしれないという問題もあるが、それにしても樺戸集治監の看守であったという事実を、典獄長という典獄よりも偉そうな架空の役職で虚飾した理由は何だろうか。やはり自らを神格化──“箔をつけた”ということだろうか。
■父・徹も「津軽藩」出身を利用していたか
出自が津軽藩士だという説明をしたのは鹿内信隆に限らず、父の徹も同じだったらしい。
医学公論社が1956(昭和31)年に発行した「日本歯科医籍録 第4版」に北海道夕張郡の歯科医の名簿があり、由仁町に4人いる歯科医の一人が鹿内歯科医院を経営する父・鹿内徹である。それによれば鹿内徹は1887(明治20)年生まれで、1924(大正13)年に中央医歯校を卒業し歯科医登録されたと記録があり、1956(昭和31)年時点でも本籍地を青森県としている。
さらに遡りヒョーロン・パブリッシャーズが1942(昭和17)年に発行した「日本歯科評論 第二十五號十月號」にも鹿内徹の紹介文があり、「鹿內徹君 津輕藩の出、五月開業したばかりであるが、顯微鏡院時代の人だから相當古い。鑛山の方熱心らしい。」とある。父・徹が歯科医としてよりも鉱山に熱心な「ヤマ師」だという情報は佐野眞一(1999)にもある通りだが、歯科医院を開業したのは1942(昭和17)年5月だという。
「日本歯科評論」で着目すべき点は、鹿内徹の前に記載されているM医師は「岩手の產」、A女医は「旭川出身」、鹿内の後に記載があるH医師は「秋田の產」、U医師は「富山出身」などと出身地が地名で書かれている中、鹿内徹が「津輕藩の出」と、わざわざ旧藩出身という書き方になっていることである。
佐野眞一(1999)によれば、父の徹は歯科医として働く傍ら自ら"鹿内教"の布教活動も行っており、由仁町民にとっては珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)な新興宗教家でもあったという。
高橋敏昭が1986年に発行した「フジサンケイグループの企業戦略」によれば父の徹と母のモヨはクリスチャンだったというが、伊佐津富郎は谷竜平(1914)「日本基督教徒名鑑 一名日本之基督教一覧」(中外興信所)にキリスト教徒としての記載があるので、伊佐津家で育った結果、徹はクリスチャンになったのだろう。
佐野眞一(1999)の表現を借りれば鹿内徹の新興宗教は珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)ということになろうが、鹿内徹の生い立ちを思えば無理はないかもしれない。幼少期に父・鹿内禹平を亡くした時、津軽の月峯院と同じ曹洞宗の葬儀をしたかと思えば、ほどなく母・サダが嫁いだ伊佐津富郎の家族はキリスト教だったのである。禹平の一周忌の年には歌志内で異父弟の伊佐津和平も生まれていて、ついこの間まで寺の坊主が仏様にお経をあげていたと思えば、家にはマリア様の像や十字架があって弟が神の祝福を受けているというような生活に激変したわけで、色々なものが混ざった鹿内教だったというのは無理のないことかもしれない。
ともあれ、父の鹿内徹も、本籍地を青森県のまま変えず出自を津軽藩とすることが自身の「鹿内教」の布教活動や歯科医師としての活動に有利に働くと考えていたのだろうか。
■「津軽藩」で箔をつけるのが目的でないなら……
鹿内信隆がフジサンケイグループを支配するために、祖先が津軽藩出身だという話で箔をつけ神格化を図ろうとした以外で理由があるとすれば何だろうか。
仮説として思うのは、「鹿内家の出自を隠したい」という思いが鹿内信隆にあったかもしれないという点である。
隠したかったかもしれない出自の一つは、ヤン衆家系説である。
繰り返すが、根拠を見つけていないので私は鹿内家がヤン衆家系だったと言うつもりはないし、実の祖父・鹿内禹平は間違いなく樺戸集治監の看守だった。ヤン衆の末裔だからといって恥ずかしいというものでもない。
Wikipediaの情報を鵜呑みにするつもりはないが、留萌に津軽や南部から多くのヤン衆が渡ったことは事実である。もしヤン衆だったとすれば、鹿内禹平ではなく別の鹿内為右衛門という親族が実在したのかもしれない、という仮定での推理である。
実は鹿内信隆が語る北海道のヤン衆像は悲惨そのものであり、ソーラン節に代表される民謡や、“江差の五月は江戸にもない”という諺(ことわざ)や、一攫千金、現代の札幌市の夏のイベントとして有名なYOSAKOIソーランなどの明るく繁華なイメージとは真逆である。
1983(昭和58)年にサンケイ出版から発行された櫻田武と鹿内信隆の共著「いま明かす戦後秘史 下巻」で、鹿内信隆が北海道のニシン漁について語る箇所を引用する。
鹿内「私は北海道だから、網元の勢力がどんなにでかいものか、ほんとうに見て良く知っています。それはもう、いまでいうと何々組の親分というものなんだろうけれども……。とにかく、ニシンを獲る網元なんていうのは、何百人という人間が入る倉庫のように大きな収容施設を持っている。しかも、そのなかのいちばん立派な部分に、その親方っていうのがいて、その親方が警察権も含めて、あらゆる権力の独裁者なんだ。」
櫻田「あれなどににらまれたら、夜逃げするしかなかったんだろうね。」
鹿内「ところが、夜逃げしようと思ってもできないんですよ。」
櫻田「あ、そうか」
鹿内「親方は、その地域社会を全部支配している。」
櫻田「それに、飯場っていうものが強かったからね。」
鹿内「そうなんです。ですから、ぼくは子供のころ、こんな記憶があるんですよ。要するに、北海道というのは未開拓地だったんですから、いまでいうと、中国が運河をつくったりなんかしていて、何百人という人が鍬やモッコを持って歩いているような写真がたくさん出ていますけれども、ちょうどあのとおりでしたよ、北海道の開拓って……。そこで働いている人も、非常に特色のある人で、みんな赤いふんどしをしているんですよ。」
櫻田「ほう。」
鹿内「なんで赤いふんどしをさせているかっていうと、どうせ本州で悪いことをしたとか、食いつめたとか、罪人だとか、そういうのが多いんでしょうけれども、赤いふんどしをして逃亡すると、遠くへ逃げても見えるっていうわけなんだな。どうせ本州で前金をもらって、飲んだり食ったり、ばくちをやったりで、みんな裸になっちゃってるわけだから、北海道では借金のかたに奴隷みたいな生活で働かされているわけでしょう。ですから、逃げそこなうとたたき殺されちゃう。だから、逃げるほうも必死だけれども、捕まえるほうも必死だ(笑)。そういう状況を、ぼくは子供のときに見ていますね。」
櫻田「なるほどね。」
鹿内「ついでにいえば、ニシンの思い出も強烈ですね。ニシンなんて、網で獲るというけれども、ニシンが浜辺にずっとあふれてきたら、畳を海のなかへ投げるんだから……。」
櫻田「ほう。」
鹿内「畳の下にはニシンがいっぱいだからね。畳の上に座っていられるんですよ。」
櫻田「そうかねえ。」
鹿内「ええ。ニシンって、そういうものなんですよ。だから、ニシンが上がってくると私らコメを食う暇がないんですよ。おいしいんだから。ニシンの新しいのは……。もっとも、そんなにたくさん食えるわけはないんで、滓はニシン滓といって肥料にするんですが……。」
櫻田「そうでしたね。」
鹿内「で、昔はリンゴ箱とか石油箱とかいって、いまのようなあんなハイカラなものじゃなくて、こんな(両手を広げて)大きな木の箱ですよ。それへニシンをいっぱい詰めると一箱があの当時の金で十銭だな。」
櫻田「ほう。」
鹿内「十銭っていったら、何百匹入っていたか知らないけれども、もうニシンどきになりますと、夕方になったら町中、ニシンを焼く煙でいっぱいになる。しかも、それがどういうわけか、やっぱり油が強いからなんでしょうね。ニシンを焼く煙って青いんです。」
櫻田「ほう。」
鹿内「どこの家でも、軒下から青い煙が出るんですね。最盛期になると。でも、あれだけ獲れたニシンが、いま一匹も獲れないんです。どこへ行ったのか知らんけど、ぼくら小学生のときは、そういう浜辺で畳で座れるぐらいだったのに……。」
櫻田「あれなどににらまれたら、夜逃げするしかなかったんだろうね。」
鹿内「ところが、夜逃げしようと思ってもできないんですよ。」
櫻田「あ、そうか」
鹿内「親方は、その地域社会を全部支配している。」
櫻田「それに、飯場っていうものが強かったからね。」
鹿内「そうなんです。ですから、ぼくは子供のころ、こんな記憶があるんですよ。要するに、北海道というのは未開拓地だったんですから、いまでいうと、中国が運河をつくったりなんかしていて、何百人という人が鍬やモッコを持って歩いているような写真がたくさん出ていますけれども、ちょうどあのとおりでしたよ、北海道の開拓って……。そこで働いている人も、非常に特色のある人で、みんな赤いふんどしをしているんですよ。」
櫻田「ほう。」
鹿内「なんで赤いふんどしをさせているかっていうと、どうせ本州で悪いことをしたとか、食いつめたとか、罪人だとか、そういうのが多いんでしょうけれども、赤いふんどしをして逃亡すると、遠くへ逃げても見えるっていうわけなんだな。どうせ本州で前金をもらって、飲んだり食ったり、ばくちをやったりで、みんな裸になっちゃってるわけだから、北海道では借金のかたに奴隷みたいな生活で働かされているわけでしょう。ですから、逃げそこなうとたたき殺されちゃう。だから、逃げるほうも必死だけれども、捕まえるほうも必死だ(笑)。そういう状況を、ぼくは子供のときに見ていますね。」
櫻田「なるほどね。」
鹿内「ついでにいえば、ニシンの思い出も強烈ですね。ニシンなんて、網で獲るというけれども、ニシンが浜辺にずっとあふれてきたら、畳を海のなかへ投げるんだから……。」
櫻田「ほう。」
鹿内「畳の下にはニシンがいっぱいだからね。畳の上に座っていられるんですよ。」
櫻田「そうかねえ。」
鹿内「ええ。ニシンって、そういうものなんですよ。だから、ニシンが上がってくると私らコメを食う暇がないんですよ。おいしいんだから。ニシンの新しいのは……。もっとも、そんなにたくさん食えるわけはないんで、滓はニシン滓といって肥料にするんですが……。」
櫻田「そうでしたね。」
鹿内「で、昔はリンゴ箱とか石油箱とかいって、いまのようなあんなハイカラなものじゃなくて、こんな(両手を広げて)大きな木の箱ですよ。それへニシンをいっぱい詰めると一箱があの当時の金で十銭だな。」
櫻田「ほう。」
鹿内「十銭っていったら、何百匹入っていたか知らないけれども、もうニシンどきになりますと、夕方になったら町中、ニシンを焼く煙でいっぱいになる。しかも、それがどういうわけか、やっぱり油が強いからなんでしょうね。ニシンを焼く煙って青いんです。」
櫻田「ほう。」
鹿内「どこの家でも、軒下から青い煙が出るんですね。最盛期になると。でも、あれだけ獲れたニシンが、いま一匹も獲れないんです。どこへ行ったのか知らんけど、ぼくら小学生のときは、そういう浜辺で畳で座れるぐらいだったのに……。」
今や観光資源となることもあるニシン番屋を、鹿内信隆は親方という独裁者が警察権を握る収容施設だと言う。そして親方を何々組の親分と反社会的勢力かのようにいい、ヤン衆は本州から来た博打で破産した者や罪人だとし、借金のかたに働かされる奴隷みたいな生活をしているのを子供の頃によく見たという。
当然ながら津軽から留萌に渡ったヤン衆が皆、鹿内信隆が言うような罪人とか賭博の破産者だったわけはない。
陸奥新報社が1963(昭和38)年に発行した「わがふるさと 新津軽風土記 第5編」が津軽のヤン衆に詳しい。同書によれば、ヤン衆はニシン漁の出稼ぎのために北海道に渡った人々であり、津軽では「"やどいを売る”」(雇いを売る)と言ったという。それはいわゆる出稼ぎであり、漁民だけではなく農民も北海道に渡ったという。明治から大正にかけて北海道に渡った数はおびただしいもので、農閑期とも重なる旧正月ともなれば「やとい」(雇い)を募集するビラが町中にあふれ、青函連絡船も北海道と青森を行き来する人で大賑わいを呈したという。
大半のヤン衆は出稼ぎのために北海道に来た本州の善良な漁民や農民、というのが実像だろう。
鹿内信隆によるヤン衆像はいささか偏っているように思うが、それにしても赤いふんどしとか、ニシンを焼く煙は青いとか、叙述は詳細であり、実際に留萌で幼少期に見聞きした記憶なのだろう。
もちろん鹿内為右衛門が罪人だとか破産者だというつもりは全くないが、鹿内信隆のヤン衆像では先祖がヤン衆だと思われることを忌避したとしてもおかしくはない。
いずれにせよ、鹿内信隆の先祖として鹿内為右衛門が実在すればという前提での仮説である。
■原爆開発 鹿内徳保の経歴を隠そうとしたのか
もう一つ、鹿内信隆が出自を隠すことを意図した可能性があるとすれば、弟にあたる鹿内徳保の経歴である。
鹿内徳保も留萌で1913(大正2)年に生まれたとされ、「現代財界家系譜 第3巻」の家系図の図では伊佐津富郎とサダの間に生まれた子という三本線の描き方になっている。鹿内徳保は鹿内信隆からみると2歳下にあたり、もしかすると鹿内信隆と同じように徹とモヨの間に生まれながら戸籍上は伊佐津家の子として生まれ、後に養子という形で実の両親の鹿内家に入っているのだろうか。
鹿内徳保は1938(昭和13)年に水産講習所(後の東京水産大→現・東京海洋大)を卒業し民間企業に就職後、1940(昭和15)年に青森県立工業試験場技手として鹿内家の先祖の地・弘前で青森県職員になった経歴がある。ほどなく第八陸軍技術研究所からの嘱託で理化学研究所の所属になり青森を離れるのだが──
元日本陸軍技術少佐の山本洋一が1976(昭和51)年に発行した「日本製原爆の真相」によれば、鹿内徳保は日本製原爆の開発に携わっていたという。
山本洋一(1976)「日本製原爆の真相」から鹿内徳保の部分を抜粋し引用する。
「原子爆弾の可能性がみとめられ、日本の陸海軍でも本格的に研究に着手したのは昭和十九年六月初旬、陸軍航空本部が理化学研究所仁科芳雄博士に委嘱して、航空本部から鈴木辰三郎少佐以下中尉七名、少尉四名が仁科研究室に派遣されたときからである(中略)。
昭和十九年五月に、第八陸軍技術研究所は東京第一陸軍造兵廠の電波兵器を製造する第二製造所長小林軍次陸軍少将の希望によって国産低品位ニッケル鉱よりニッケル生産の研究を行うこととなり、鹿内徳保氏を嘱託として理化学研究所飯高研究室において実験に着手をした。
鹿内氏は当時三十一歳の溌剌たる青年で、信州宮川鉱山の低品位ニッケル鉱と取組み、髭ぼうぼうで研究室にとまりこみ、懸命に硫酸化焙焼に努力をした。彼は昭和十三年に農林省水産講習所本科製造科を卒えて、食品工業株式会社につとめたが、昭和十四年このかた地下資源に興味をもち、昭和十五年青森県立工業試験場技手として県下の鉱物調査をし、ウラン鉱をも見出した。
その後に三徳工業株式会社につとめて金属生産にたずさわり、昭和十九年には自ら特殊金属研究所々長となってニッケル鉱の精錬の研究をしていた。(中略)
宮川ニッケル鉱の精錬は、東京帝大工学部冶金学科の小川芳樹博士の協力の下に、長野県諏訪郡茅野の現地に工場をたてることになった。その工場建設には、日本電子工業株式会社があたり、昭和二十年には土地買収も終わっていた。
そのときの日本電子の常務取締役、現在のフジテレビ、サンケイ新聞の社長鹿内信隆氏は、鹿内徳保氏の実兄である。(中略)
理化学研究所飯高研究室の鹿内氏の使用した実験室には、大型X(エックス)線装置があって、仁科研究室の連中もそれを研究に使用するためにしばしば出入した。鹿内徳保氏の研究意欲が自ら原子力に向ったのも当然である。昭和二十年四月ごろに彼の研究が、工業化にうつろうとするときに、わたしは彼から原子爆弾の研究をしようとしていることを打明けられた。
(中略)前にのべた鹿内徳保氏が増富に行って研究するということに私は興味を持っていた。原子爆弾は必ずできる、と鹿内氏は確信していた。できるできないは別として、最後までやろうと鹿内氏は私にいって山に入った。そのときに聞いた鹿内氏の考えかたは、むしろ現在の水素爆弾に近いものであったことは、今では一つのおどろきである。
最後まで原爆に望みをもっていた鹿内氏は、ニッケル精錬の研究で、仁科博士が熱拡散法の実験をしているころに、第八陸軍技術研究所嘱託として、理化学研究所の飯高研究室の一部を借りていた。この鹿内嘱託から私は次の話をきいた。
『私の実験室にあてられた飯高研究室の新館には、電気炉とX(エックス)線装置があったので、仁科研究室の連中がよくきて、何かの原料の焙焼をしていた。仕事をしていた私は、この連中の使っている薬品の瓶のレッテルに硝酸ウラニウムとあるのを見た。弗化ウランを用いてウラン二三五を分離するための、長い熱拡散分離管内の弗化物による腐蝕の状態をしらべるにも七、八人の連中がX線装置を使っていた。しかし、私の数カ月の実験中に一度もここに仁科博士の姿をみることはなかった』
そのころ仁科博士は、すでに電波局長という、おそらく原子爆弾の研究とは関係のない役所の長官についていた。」
昭和十九年五月に、第八陸軍技術研究所は東京第一陸軍造兵廠の電波兵器を製造する第二製造所長小林軍次陸軍少将の希望によって国産低品位ニッケル鉱よりニッケル生産の研究を行うこととなり、鹿内徳保氏を嘱託として理化学研究所飯高研究室において実験に着手をした。
鹿内氏は当時三十一歳の溌剌たる青年で、信州宮川鉱山の低品位ニッケル鉱と取組み、髭ぼうぼうで研究室にとまりこみ、懸命に硫酸化焙焼に努力をした。彼は昭和十三年に農林省水産講習所本科製造科を卒えて、食品工業株式会社につとめたが、昭和十四年このかた地下資源に興味をもち、昭和十五年青森県立工業試験場技手として県下の鉱物調査をし、ウラン鉱をも見出した。
その後に三徳工業株式会社につとめて金属生産にたずさわり、昭和十九年には自ら特殊金属研究所々長となってニッケル鉱の精錬の研究をしていた。(中略)
宮川ニッケル鉱の精錬は、東京帝大工学部冶金学科の小川芳樹博士の協力の下に、長野県諏訪郡茅野の現地に工場をたてることになった。その工場建設には、日本電子工業株式会社があたり、昭和二十年には土地買収も終わっていた。
そのときの日本電子の常務取締役、現在のフジテレビ、サンケイ新聞の社長鹿内信隆氏は、鹿内徳保氏の実兄である。(中略)
理化学研究所飯高研究室の鹿内氏の使用した実験室には、大型X(エックス)線装置があって、仁科研究室の連中もそれを研究に使用するためにしばしば出入した。鹿内徳保氏の研究意欲が自ら原子力に向ったのも当然である。昭和二十年四月ごろに彼の研究が、工業化にうつろうとするときに、わたしは彼から原子爆弾の研究をしようとしていることを打明けられた。
(中略)前にのべた鹿内徳保氏が増富に行って研究するということに私は興味を持っていた。原子爆弾は必ずできる、と鹿内氏は確信していた。できるできないは別として、最後までやろうと鹿内氏は私にいって山に入った。そのときに聞いた鹿内氏の考えかたは、むしろ現在の水素爆弾に近いものであったことは、今では一つのおどろきである。
最後まで原爆に望みをもっていた鹿内氏は、ニッケル精錬の研究で、仁科博士が熱拡散法の実験をしているころに、第八陸軍技術研究所嘱託として、理化学研究所の飯高研究室の一部を借りていた。この鹿内嘱託から私は次の話をきいた。
『私の実験室にあてられた飯高研究室の新館には、電気炉とX(エックス)線装置があったので、仁科研究室の連中がよくきて、何かの原料の焙焼をしていた。仕事をしていた私は、この連中の使っている薬品の瓶のレッテルに硝酸ウラニウムとあるのを見た。弗化ウランを用いてウラン二三五を分離するための、長い熱拡散分離管内の弗化物による腐蝕の状態をしらべるにも七、八人の連中がX線装置を使っていた。しかし、私の数カ月の実験中に一度もここに仁科博士の姿をみることはなかった』
そのころ仁科博士は、すでに電波局長という、おそらく原子爆弾の研究とは関係のない役所の長官についていた。」
旧日本軍による原爆開発の是非を問うつもりはないが、弟・鹿内徳保が日本製原子爆弾の開発に関与し、特殊金属研究所々長としてニッケル鉱の精錬の研究をしていた際の工場建設に携わったのは鹿内信隆の日本電子工業なのである。
佐野眞一(1999)によれば、鹿内信隆は「満州重工業開発総裁の鮎川義介が資本的なバックアップをしていた日本電子工業の設立に参画した。同社はレーダーの開発を急いでいた」とし、中川一徳(2005)によれば同社は「『電波兵器』の開発、製造が事業目的の国策会社」だという。
鹿内徳保は原爆の開発に成功したわけではないし、日本軍が原爆を用いなかったことは明らかではある。
しかし日本電子工業をバックアップした鮎川義介は公職追放され巣鴨プリズンにも投獄されたし、同じように兵器開発を行っていた日本陸軍登戸研究所(第9陸軍技術研究所長)の篠田鐐中将も公職追放に遭っている。鹿内家と同じく青森から北海道に渡った家系という共通点を持つ木村秀政(旧南部藩士家系の父が五戸町出身)も航空機開発に携わったことで公職追放に遭っている。
【山本洋一著「日本製原爆の真相」】
また敗戦後、GHQが我が国に対し原子力、インパルス通信、テレビジョンの研究を禁止していた事実もある。山本洋一(1976)の引用箇所の文末で仁科芳雄が逓信省電波局長になっていたことに言及があるが、同じ逓信省で工務局長だった松前重義(後の電電公社総裁・米澤滋の上司)も公職追放に遭っている(全くの余談だが、仁科芳雄は原爆投下直後の広島市で調査を行い原爆と断定した人物だが、郡司和夫(1981)「電電公社・悪の構図」によれば仁科芳雄の調査には米澤滋も同行しているとされる)。
原爆開発をしていた鹿内徳保と日本電子工業の経営にあたっていた鹿内信隆には関係があり、そうした人物が放送局経営をしようとしている──よからぬ疑惑をたてられれば、日本国内世論はもとよりアメリカからも猛烈な反対が起こることは容易に想像できる。
実際、中川一徳(2005)も「戦争協力の『罪状』をGHQに密告される財界人もいた」と指摘している。
鹿内徳保との関係を密告されたくない鹿内信隆が、家系図に存在しない鹿内為右衛門の孫を自称し、鹿内禹平の孫にあたる鹿内徳保とは他人だと思わせることを企図したのではないか。
あくまでも私の予想である。
■鹿内徳保と鹿内徹の共通点
ここまで読んで下さった方は皆、鹿内信隆の弟・鹿内徳保と、父・鹿内徹が共に地下資源好きである共通点に気が付いたことだろう。
佐野眞一(1999)は鹿内徹を“ヤマ師”と表現し「治療費を稼いでは、その金で金鉱やクローム鉱のヤマ探しをしていた。」とし、中川一徳(2005)も「父親は歯医者と称して実際は“山師”と言ったほうがよく、何をしていたのかもわからないし金鉱をあてたとも聞かない。母親の方は、それほど儲かったとも思えない片田舎の写真館です。それなのに、どうして六人全員が大学に行けたのか。そんな財力がどこにあったのか。実に不思議だった。」と、鹿内徹は山師だが鉱脈を当てることがなく鹿内家が経済的に厳しかったことにも触れている。
鹿内信隆の弟や妹たちが全員、大学に行ける経済的背景が何であったのか、佐野眞一(1999)にも中川一徳(2005)にも明確な説明はない。早大を卒業し倉敷絹織(現クラレ)に入った鹿内信隆か、前出の伊佐津家など親族が仕送りしていた可能性が高いようにも思うが、鹿内徹も何らかの組織から嘱託を受け鉱脈調査をし、細々とした安定収入や、臨時のインセンティブのような大型収入があったのではないか。探したのは何も原爆のためのウランだけではない。鉄や銅など、資源は何でも対象になっただろう。
鹿内徹が鉱脈探しである程度稼いでいることを知っているからこそ、鹿内徳保も鉱脈探しをしたのではないか。まったく根拠資料はないが、いくら何でも北海道生まれの鹿内徳保が1年か2年たらずで青森県内でウラン鉱を見つけ出せるとも思えず、父の鹿内徹と協同で行動していた可能性はないのだろうか。青森県内でウラン鉱脈を探す時など、「津軽藩の出」を自称していた鹿内徹が「先祖は津軽藩の家老」とでも言えば、地元津軽の何も知らぬ民に鉱脈探しの協力をさせる効果は絶大だったのではないか。あくまでも根拠のない想像である。
果たして鹿内徹の山師の話と、1939(昭和14)年頃から地下資源に興味を持ち1940(昭和15)年に青森県職員として青森県内でウラン鉱を探し出したという鹿内徳保の話は、ただの親族間の「血は争えない」という話に収まるものなのだろうか。
【中川一徳著「メディアの支配者」】
論を先述の日本電子工業に戻す。
佐野眞一(1999)も中川一徳(2005)も鹿内信隆への評価は厳しいが、特に中川一徳(2005)は「謎の『日本電子工業』」の項の文末で、「足元が傾きだした会社の一切を投げ出そうとしていた」と、日本電子工業社長としての鹿内信隆の手腕を批判している。
しかし鹿内信隆による日本電子工業の舵取りの如何によっては、鹿内徳保の原爆開発との関連を巷間に晒す危険も負っていたのである。過去に戦争協力企業で原爆を造ろうとしていたなどと、GHQに密告されることだけは絶対に避けなければならなかった日本電子工業を、経営状態はともかくとりあえず無理矢理にでも軟着陸させた鹿内信隆は逆に優秀だったともいえるのではないか。
■小平霊園の鹿内家の墓の霊標の順序の謎
鹿内信隆は1990(平成2)年10月28日に東京・慶應義塾大学病院で病没した。青山葬儀場で行われたフジサンケイグループ葬は明治神宮権宮司が斎主を務める神式で、鹿内家の先祖の寺が属した曹洞宗とも、伊佐津家のキリスト教とも異なる宗教での葬儀だった。
鹿内信隆の墓所も弘前や北海道ではなく、1988(昭和63)年に42歳の若さで先に亡くなった長男・春雄が眠る東京都小平市の小平霊園に納骨された。他人の墓所を明らかにするのは申し訳ないと思うが、鹿内信隆自身が自著・「泥まみれの自画像」(1988年刊、扶桑社)で「小平霊園の中央に眠っている。さる著名な彫刻家に制作してもらったモダンな墓で、かつて『芸術新潮』に取材された」とマスメディアの取材を通じ公表しているのだ。
同所には1964(昭和39)年没の父・徹と1970(昭和45)年没の母・モヨも眠っているが、墓石の横に鎮座する神式の霊標を見ると不思議なことに気が付く。
鹿内家の霊標で、1892(明治25)年9月19日に行年38歳で没したという鹿内禹平は長男・鹿内春雄(1988年没)と鹿内信隆(1990年没)の間に刻まれているのである。
死没の順序としては禹平、徹、モヨ、暁子(長男春雄の2番目の妻)、春雄、信隆、英子(信隆の妻)、キャサリン美津子(春雄の3番目の妻)だが、霊標に刻まれた順序は徹、モヨ、暁子、春雄、禹平、信隆、英子、キャサリン美津子となり、鹿内禹平は1988(昭和63)年の鹿内春雄の死から1990(平成2)年の鹿内信隆本人の死までの2年間に霊標に刻まれたということになる。
明治に没した鹿内禹平を1989(平成元)年前後に突然霊標に刻むという決断は、佐藤家から婿入りした鹿内宏明や、頼近家から嫁いだ鹿内キャサリン美津子ではなく、鹿内家の内情に最も詳しい人物──生前の鹿内信隆の意志によって急ぎ行われたとみるのが自然だろう。既に死んでいた鹿内徹や鹿内春雄には不可能である。
■霊標に突如刻んだ禹平の名は男系世襲への布石か
実在したかどうか客観的な資料が見つからない為右衛門ではなく、最後は実在した祖父・鹿内禹平の名を霊標に刻んだ鹿内信隆の晩年を、私は批判的に断ずるべきだとも思えないが、まったく疑問が無いわけでもない。
老い先長くないことを知った鹿内信隆にとって最大の心配事は、自身の死後に娘婿の鹿内宏明がフジサンケイグループの正統な後継者として君臨できるかどうかであっただろう。鹿内宏明にもご先祖様は津軽藩だという箔をつけてやるため、鹿内信隆はいわば“神頼み”のように津軽出身の祖父の名を霊標に刻もうと思ったのだろうか。
あるいは、鹿内信隆の祖母にあたるサダが伊佐津家に嫁いでいるため、一人で北海道か弘前の元々の鹿内家の墓に入っている本当の祖父・鹿内禹平を気にかけた鹿内信隆が、家族が共に眠る小平霊園に呼び寄せたということであれば、鹿内信隆の人間の温かみを見せられた気もする。
一方で、ふと頭をよぎったのは、文化、芸術活動を通じて鹿内信隆は皇室に繋がる名誉を求めたのではないかという中川一徳(2005)の説である。
鹿内信隆が皇室の男系継承を強く支持し、鹿内家の継承にも同じ考えを持っていたとすればの仮定だが、鹿内禹平の名を明確に霊標に残すことで、鹿内宏明の次のフジサンケイグループの後継者を長男・春雄が暁子との間に遺した孫の鹿内春行氏(1982年生まれ)にという根拠づけをしたい思惑もあったのだろうか。
中川一徳(2005)の著書で鹿内春行氏はH氏という表記だが、2014(平成26)年1月4日付の産経新聞東京版に「【訃報】鹿内英子さん（フジサンケイグループ元議長、鹿内信隆氏の妻）」という訃報記事が掲載された際に「喪主は孫で養子、春行（はるゆき）氏。」と報道を通じ公表されている。
中川一徳(2005)は鹿内信隆を指して「死にゆく老人の胸中に焦燥となってわだかまっているのが、小学一年生になる孫Hの行く末だった。彼は六人いる信隆の孫の一人だが、彼だけがすでに両親を亡くしていた。生母は彼が生まれてまもなく他界し、父親である信隆の長男、春雄は(中略)二年半前に急死を遂げている。本来なら春雄の三番目の妻である鹿内(頼近)美津子の下で養育されるはずだが、複雑な環境を背景に、それほど日を置かずに信隆・英子夫妻の養子になっていた」と説明し、「Hをして美術館及び株彫を将来継承させ、私の遺す私の心をHに看取して欲しい」と遺書に残したという。
5歳の時に月形で鹿内禹平を亡くした鹿内徹が連れ子として歌志内(のち留萌に移転)の伊佐津家に入った境遇と、幼くして両親を失った孫・春行氏の境遇が重なるように鹿内信隆も思ったのかもしれない。
鹿内禹平、徹、信隆、春雄と続いた鹿内家の男系を維持するのは、佐藤家から婿入りした鹿内宏明の系統ではなく春雄の遺児の系統であり、男系維持風に言うならば鹿内信隆以降の家督継承順位が孫世代で最高位にくるのは春行氏になる。
将来、鹿内宏明の子供との間に発生しかねないお家騒動を危惧し、皇室にあやかって男系維持を根拠とし、鹿内為右衛門ではなく実在の祖父・鹿内禹平の名を霊標に刻んだのだとすれば、鹿内信隆のしたたかさというほかない。
■客観的資料から鹿内家と伊佐津家の足取りをまとめてみた
前述の鹿内信隆が養子に入った経緯などは中川一徳(2005)などの書籍を読んでもはっきりとしたことはわからないが、内務省警保局(1886)「獄務指令録 甲」、留萌市(1970)「留萌市史」、人事興信所(1953)「人事興信録 第17版 上」、医学公論社(1956)「日本歯科医籍録 第4版」などの客観的資料と、小平霊園の鹿内家の墓の霊標などから時系列を整理すると鹿内家の足取りや伊佐津家に養子に入った経緯の輪郭が浮かび上がってくる。
津軽からどのように鹿内家が北海道に移転したのか確定情報はないため、先祖がヤン衆なのか津軽藩士なのかはわからない。しかし、1885(明治18)年時点で鹿内信隆の実の祖父・鹿内禹平が月形町の樺戸集治監の看守であったことは確実である。逆に鹿内為右衛門という存在を示す客観的な資料は見つけ出せず、確認できなかった。
1887(明治20)年に鹿内信隆の祖父・鹿内禹平と祖母・鹿内サダの間に、鹿内信隆の父・鹿内徹が生誕している。しかし鹿内徹が5歳の1892(明治25)年、鹿内禹平は38歳で死亡した。
鹿内禹平と死別した鹿内信隆の祖母・サダは歌志内市の伊佐津富郎と再婚し、樺戸集治監所在地の月形町から歌志内市に移転したとみられる。1893(明治26)年には、伊佐津富郎と伊佐津サダ(元・鹿内サダ)の間に、後に留萌市功労者となる伊佐津和平が生まれた。鹿内徹と伊佐津和平は異父兄弟ということになる。
1902(明治35)年に伊佐津富郎と伊佐津和平が歌志内から留萌に転入したことが確実で、この時に伊佐津サダ(元・鹿内サダ)と鹿内徹も留萌市に移転したとみられる。留萌転居時で鹿内徹は15歳、伊佐津和平は9歳だった。
鹿内徹と鹿内モヨが結婚した時期の詳細は確認できなかったが、1911(明治44)年に留萌で鹿内信隆が生誕している。伊佐津富郎と伊佐津サダ(元・鹿内サダ)にとっては信隆が初孫となり(伊佐津富郎と信隆の遺伝的な繋がりは無いが)、このことから戸籍上は伊佐津家(中川一徳のいう「I家」)に生まれた子とされたのかもしれない(伊佐津信隆として生まれたのかもしれない)。
1914(大正3)年時点で留萌市には鹿内写真館が実在したが、代表者は鹿内孝風であり、鹿内家や伊佐津家と何らかの関係はあるのかもしれないが詳細は不明である。
1917(大正6)年になると、実の両親の鹿内徹と鹿内モヨ夫妻が留萌市の伊佐津家から独立して由仁町に転出することになり、戸籍上は伊佐津家の子供ということになっていた信隆が、養子という形で鹿内姓を名乗るようになったのだろう。鹿内徳保も信隆と同じ事情だろう。鹿内禹平の血を継ぐ鹿内徹が、継父・伊佐津富郎の子として伊佐津姓を継ぐのではなく、鹿内姓を継ぐことになったというわけである。
中川一徳(2005)が「両家共に、信隆はたしかに徹、モヨの実子に違いないと信じている」としたのも当然である。信じるも何も、複雑な理由で養子縁組したとかのスキャンダルめいた話では全くなく、若くして鹿内禹平と死別した祖母・サダがまだ幼子だった鹿内徹を連れて伊佐津富郎と再婚したため、伊佐津家で鹿内徹も育ち、そしてやがて信隆が誕生し、徹が継父の伊佐津家ではなく実父の鹿内家を継いだというのが養子の背景にある源流だろう。
■結局、鹿内為右衛門とか津軽藩家老という話の理由は何だったのか？
ここまで長々と自分でも読みにくい長文を書いておいて身も蓋もないが、結局は佐野眞一(1999)が取材した旧制岩見沢中学時代の同級生・松村秀雄の「鹿内は口は達者な方だったが、その頃から大言壮語癖があった。鹿内の言うことは三割引きで聞いていればいい、というのが仲間うちでの通り相場だった」という鹿内信隆の大言壮語が根源なのではないかと自分は考えている。
鹿内信隆は死没2年前の1988(昭和63)年2月にも自著・「泥まみれの自画像」で「為右衛門は弘前藩の家老で、明治維新のさい、官軍に追われて留萌に逃れている」と書いているが、弘前藩が官軍側だったのは火を見るより明らかな歴史的事実であり、とても真実だとは言い難い。
長年の大言壮語で広めてきた出自の内容を年老いて変更することが出来なかったのかと思いきや、「泥まみれの自画像」の刊行直後の1988(昭和63)年4月に長男・鹿内春雄が亡くなると、小平霊園の鹿内家の墓の霊標に鹿内春雄の名が刻まれ、春雄の次には本当の祖父である鹿内禹平の名が刻まれた。鹿内信隆も本当の祖父は為右衛門ではなく鹿内禹平だと知っていたのだろう。
大言壮語した理由は、フジサンケイグループを支配するため津軽家の家老の末裔だったとして箔をつけ自分の誇大性を示す必要があったのか、あるいは出自を隠したかったのか。
出自を隠したかった説に立つと、鹿内信隆のヤン衆像が悲惨そのものであることから、ヤン衆の先祖を隠したかったという一抹の可能性も否定できないが、ヤン衆だったという証拠は発見できなかったし、そもそもヤン衆だからといって恥ずべきことでもない。
フジサンケイグループの反鹿内派が養子の事実を突きつける文書を送りつけた事実はあっても、鹿内信隆が隠したかったのは留萌市功労者を輩出した伊佐津家ではなく、日本製原爆の開発に当たっていた弟・鹿内徳保の方だっただろう。鹿内徳保の原爆開発と、日本電子工業に関連があったなどということは、鹿内信隆は隠し通す必要があったはずである。
実の祖父・鹿内禹平の名を出して正体が割れるより、架空の賊軍側の津軽藩家老・鹿内為右衛門を祖父だと流布していくうちに、大言壮語が膨れ上がって評伝が十指に余る状況になったのではないかというのが私の予想である。
ある意味、鹿内信隆も俗にいう津軽衆の気質にあふれた人だったということではないか。
「えふり」で津軽藩の家老の末裔だなどと言い、北海道の半分は鹿内家の土地だったなどと「あるふり」(過去形なので「あったふり」)をしてみせれば、「おべだふり」で津軽侯の隣に実家の寺があるからかなりのものだったんだ、と津軽の人にはすぐわかるおかしなことを言ってしまい、晩年まで祖父は鹿内為右衛門だと言っていたのに「知らねふり」して霊標に本当の祖父・鹿内禹平の名を刻む。
鹿内信隆が自著・「泥まみれの自画像」でも「私に与えられた悪評の数々には、我ながらヘキエキさせられた」と言っている通り、もうだいぶ、色々な人たちから悪く言われたことだろう。佐野眞一(1999)や中川一徳(2015)の評価をみても鹿内信隆の評価は厳しい。フジサンケイグループで実際に鹿内信隆と接してきた人たちも同じように良い印象を持ってはいないだろうが、津軽衆の気質を酷くこじらせたのが鹿内信隆の人物像かもしれないと思うと、これ以上、悪く言う気持ちにはならないのである。
鹿内信隆が後継者として指名した鹿内宏明は、鹿内信隆の死から2年後の1992(平成4)年、日枝久らによってフジサンケイグループ議長の座を追われ、鹿内家による支配が終焉を迎えたことは万人の知るところである。樺戸集治監の看守だった鹿内禹平の死から数えるとちょうど100年後であった。
ご先祖様が津軽から北海道に渡っていることは確かな鹿内信隆は、様々な厳しい評価はあるにせよ、青森県のメディア史でも屈指の大人物という評価になるのであろう。
■2025-03-03追記 鹿内禹平も為右衛門も藩士ではなかったらしい
X(旧Twitter)で投稿しましたが、鹿内信隆の祖父にあたる鹿内禹平が津軽藩士ではない可能性が高いことを示唆する情報がありましたので追記します。
下記記事公開後、友人から岸本良信公式ホームページに明治元年武鑑を元にした弘前藩の家老と藩士の一覧があると聞いて閲覧したところ、フジサンケイグループ議長だった鹿内信隆の祖父にあたる鹿内禹平はもとより、鹿内為右衛門という藩士もいなかったらしいこともわかりました。https://t.co/QFMQLwSYQT https://t.co/ZWfoCJx0fy
— aomori226 (@aomori226) March 1, 2025
岸本良信公式ホームページの「弘前藩（津軽藩）１」にある、「明治元年武鑑」を基にした幕末の弘前藩に所属した藩士のリストには、鹿内禹平はもとより鹿内為右衛門の名前もないばかりか、鹿内姓の藩士が一人も存在しない。また、同サイトの「黒石藩」にも鹿内姓の藩士は確認できない。
一方で同じ岸本氏のサイトでも、1872(明治5)年に系図の「由緒書」を提出した藩士を基にした「弘前藩（津軽藩）２」の方には鹿内姓の藩士が5名確認できたが、ここにも鹿内禹平も鹿内為右衛門も無い。弘前藩の1、2と黒石藩のいずれにもファーストネームが禹平という人物も為右衛門という人物もない。
鹿内信隆は死没2年前の1988(昭和63)年2月にも「泥まみれの自画像」で「為右衛門は弘前藩の家老で、明治維新のさい、官軍に追われて留萌に逃れている」と称していたが、そもそも本当の祖父であり鹿内家の霊標(小平霊園)に刻んだ鹿内禹平も、実在したのかどうか確認できない鹿内為右衛門のいずれにしても、津軽藩士ではなかったのだろう。
逆に、この岸本良信氏の情報だけ先にあって、内務省警保局(1886)「獄務指令録 甲」が見つからなければ、私もWikipediaの編集者と同じく鹿内家はヤン衆家系が濃厚だろうと推測していたかもしれない(正直に言うと本件調査開始段階では私もヤン衆家系説だと思っていた)……。
祖父・鹿内禹平は津軽で生まれた庶民(その親、つまり鹿内信隆の曽祖父が津軽藩士だという可能性はあるが、鹿内禹平は藩士ではない)で、明治に入って内務省の採用試験を突破し北海道月形の樺戸集治監看守に就職。サダとの間に鹿内徹を儲けるも38歳で死亡。鹿内信隆の述懐から、おそらく元々は茂森の曹洞宗(月峰院？)の檀家だったということだろう。
■2025-03-12追記 2025年3月4日付東奥日報「東奥春秋」が「鹿内家」を取り上げた
2025年3月4日付の東奥日報21面「東奥春秋」欄に、同紙の藤氏による「鹿内家」が掲載された。
同紙はウィキペディアに掲載されている文章を引用して、「津軽藩の御蔵番」とか「南部県」といった内容に疑問を呈し、由緒書で津軽藩にいた鹿内姓が鹿内信隆と関係あるかどうかわからないという点を指摘していて、当ブログ管理人と同じことを東奥日報の記者も思っているらしい。
「津軽藩の御蔵番」は鹿内信隆が実際に喋って本になっているからウィキペディアのせいにもしがたいが、かつて2ちゃんねる管理人だったひろゆき氏が言った「うそはうそであると見抜ける人でないと難しい」がウィキペディアにも言える。Wikipediaだけでなく、文献もときどき嘘を書くが……。
今ごろ、東奥日報の記者も鹿内信隆の自著を読んで、二転三転する出自の説明に出くわしているのだろうか。
現代名士家系譜刊行会(1970)「現代財界家系譜 第3巻」に鹿内家と伊佐津家の関係を示す家系図が載っていて鹿内信隆の祖父の名は鹿内禹平だと示されていること、内務省警保局(1886)「獄務指令録 甲」に鹿内禹平が樺戸集治監の看守であったことが記録されていること、医学公論社(1956)「日本歯科医籍録 第4版」に鹿内信隆の父・鹿内徹の本籍地が青森県と記載されていること、小平霊園の鹿内家の墓の霊標に刻まれているのは鹿内為右衛門ではなく鹿内禹平であることを、東奥日報の藤氏に情報提供したい。
私は推測ながら、“青森県内でウラン鉱脈を探す時など、「津軽藩の出」を自称していた鹿内徹が「先祖は津軽藩の家老」とでも言えば、地元津軽の何も知らぬ民に鉱脈探しの協力をさせる効果は絶大だったのではないか”と書いた。
私は文献調査と小平霊園の鹿内家の墓の霊標から、鹿内信隆の祖父が鹿内禹平で樺戸集治監看守、鹿内徹の本籍も青森県だというところまでは調査したが、あとはプロのジャーナリストの領域だろう。
今も鹿内禹平の親族の子孫が弘前近郊に住んでいるかもしれないし、月峰院の過去帳に鹿内家の記録もあるかもしれない。釧路集治監を語る会が、釧路集治監で書記を務めた兼平友太郎のルーツに迫った記録(釧路集治監を語る会編(1989)「【釧路集治監の記録シリーズ】(1)墓碑"兼平友太郎"」)では、実際に弘前に残った兼平友太郎の子孫に会うところまでいっていて、当ブログのようなクソブログには真似できない圧巻の出来である。
それこそ、鹿内徹の「津軽藩の出」ではないが、関係者に取材するなら当ブログなぞより「東奥日報の記者です」と言う方が効果は絶大なはずである。
東奥日報の藤氏の続報に期待したい。
■2025-04-14追記 鹿内信隆と朴正熙韓国大統領の興味深い対談
1977(昭和52)年にフジテレビで放送されたという、鹿内信隆と朴正熙韓国大統領の対談の動画を視聴した。
この動画の3:07からが興味深く、北朝鮮の金日成国家主席が息子・金正日への後継を進めていることについて「王朝制度ですか」と尋ねた鹿内信隆に、朴正熙韓国大統領が「共産圏における封建制度の再現を試みているのでしょう」と回答しているのである。
朴正熙の怜悧な回答の後、鹿内信隆の「閣下はまあ今年60でございましょう」の問いかけに日本語がわかる朴正熙は一瞬フフッと笑みを見せ、大統領として任期が長くなってきたことや次の大統領選挙の話へと膨らんでいくのだが、鹿内信隆もフジサンケイグループの後継を朴正熙の姿に重ねていたのだろうか。
鹿内信隆はこのあと1980年代に入って長男・鹿内春雄にフジテレビ社長への世襲を進めることになるが、北朝鮮を評した朴正熙の表現を借りるなら「鹿内信隆は株式会社における封建制度の再現を試みた」といえるのかもしれない。
■2025-04-22追記 中川一徳が、日枝久の企図した「鹿内家の分裂」に言及した
「月刊文藝春秋2025年3月号」に中川一徳の寄稿「渾身の告発 フジサンケイグループ代表日枝久への引退勧告」が掲載されたのを読んだ。
中川一徳の寄稿でごく短文ながら、当ブログにとっては驚くべき内容となったのが「一方で日枝は、権力基盤の一層の強化を図るため、フジテレビへのコネ入社を最大限に活用してきた。政治家、官僚、有力スポンサー、電通など広告代理店、そしてグループ内の幹部の子弟から、時々の利用価値に応じて選択した。また、クーデター後の鹿内家の分裂を維持するために鹿内信隆の孫二人を入社させたりもした（一人はフジテレビ子会社）。」
日枝久が鹿内家の分裂を企図していたとは。
鹿内信隆は中川一徳(2005)によれば「一子相伝」を重視し、きょうだい(鹿内徹・モヨの子)から子息をフジサンケイグループに入れてほしいという頼みを断ってきたという。
これは相続でのお家騒動を危惧したからだろうかと思われるが、鹿内信隆の長男、鹿内春雄は生涯3回の結婚し、それぞれ子を儲けている。また、次女の厚子と結婚した鹿内(旧姓佐藤)宏明にも子がいる。
中川一徳のいう、日枝久が採用した孫二人が誰なのかは不明だが、日枝久が鹿内家の分裂を企図したということは、万が一の鹿内家への“大政奉還”の流れを“お家騒動”で潰そうとしたということなのだろう。
私は本稿で、霊標に突如刻んだ禹平の名は男系世襲への布石かと分析した。
鹿内信隆は死没2年前の1988(昭和63)年刊行の「泥まみれの自画像」でも祖父は為右衛門だと語っていたのに、直後に長男・鹿内春雄が亡くなると小平霊園の霊標に突如、実在が確認できる本当の祖父・鹿内禹平の名を刻んでいて、私は鹿内信隆が男系男子による継承を望んだ結果ではないかと推測した。
実の祖父・鹿内禹平の存在を明確にすることで、鹿内禹平ー徹ー信隆ー春雄ー春行氏という男系男子継承の根拠づけをしたかったのではないかと思うのである。
鹿内信隆が、鹿内春雄の長男であり孫の鹿内春行氏を箱根彫刻の森美術館の継承者にしたいという遺書を残したことは中川一徳(2005)でも指摘されているとおりだが、婿養子である鹿内宏明系の孫などとのお家騒動を危惧し、春行氏が将来家督を継承することを願ってていたということなのかもしれない。
日枝久はこの鹿内家の内情を、将来のお家騒動の火種になるものだと捉えていたのだろう。
◆引用文献・参考文献・ウェブサイト
・医学公論社(1956)「日本歯科医籍録 第4版」
・旺文社(1971)「早稲田大学一世紀の足跡」
・岸本良信公式ホームページ「黒石藩」
・岸本良信公式ホームページ「弘前藩（津軽藩）１」
・岸本良信公式ホームページ「弘前藩（津軽藩）２」
・草柳大蔵(1972)「この考えはどうだ 現代の45人と草柳大蔵の「日本列島論」」太陽
・釧路集治監を語る会編(1989)「【釧路集治監の記録シリーズ】(1)墓碑"兼平友太郎"」
・郡司和夫(1981)「電電公社・悪の構図」Yell books
・現代名士家系譜刊行会(1970)「現代財界家系譜 第3巻」
・櫻田武、鹿内信隆(1983)「いま明かす戦後秘史 下巻」サンケイ出版
・佐野眞一(1999)「あぶく銭師たちよ!―昭和虚人伝」ちくま文庫
・産業経済新聞社(2014)「【訃報】鹿内英子さん（フジサンケイグループ元議長、鹿内信隆氏の妻）」産経新聞2014年1月4日付東京版朝刊
・鹿内信隆(1986)「鹿内信隆は語る 理想なきものに創造性は生まれぬ」講談社
・鹿内信隆(1988)「泥まみれの自画像」扶桑社
・人事興信所(1953)「人事興信録 第17版 上」
・新評社(1969)「新評 昭和44年2月号」
・新編弘前市史編纂委員会(1995)「新編弘前市史」
・高橋敏昭(1986)「フジサンケイグループの企業戦略」ぱる出版
・谷竜平(1914)「日本基督教徒名鑑 一名日本之基督教一覧」中外興信所
・東奥日報社(1933)「青森県人名録」
・東奥日報社(1969)「青森県人名大事典」
・東奥日報社(2025)「東奥春秋『鹿内家』」東奥日報2025年3月4日付
・徳川夢声(1955)「夢声対談集 第6」朝日新聞社
・朝永振一郎、玉木英彦(1952)「仁科芳雄 伝記と回想」みすず書房
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・中川一徳(2025)「渾身の告発 フジサンケイグループ代表日枝久への引退勧告」「月刊文藝春秋2025年3月号」
・羽間乙彦(1959)「新財界人物 経営革新のリードオフマンたち」中央経済社
・ヒョーロン・パブリッシャーズ(1942)「日本歯科評論 第二十五號十月號」
・北海道集治監(1893)「北海道集治監規則」
・三鬼陽之助(1965)「社長のサラリーマン時代 人生の勝負は紙一重」秋田書店サンデー新書
・名字由来.net
・陸奥新報社(1963)「わがふるさと 新津軽風土記 第5編」創造
・山本洋一(1976)「日本製原爆の真相」
・由仁町史編集委員会(1973)「由仁町史」
・米澤滋(1977)「私の履歴書」日本経済新聞社
・留萌市(1970)「留萌市史」
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・三鬼陽之助(1965)「社長のサラリーマン時代 人生の勝負は紙一重」秋田書店サンデー新書
・名字由来.net
・陸奥新報社(1963)「わがふるさと 新津軽風土記 第5編」創造
・山本洋一(1976)「日本製原爆の真相」
・由仁町史編集委員会(1973)「由仁町史」
・米澤滋(1977)「私の履歴書」日本経済新聞社
・留萌市(1970)「留萌市史」
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