前回の記事「フジテレビ鹿内信隆の津軽のルーツ　鹿内為右衛門と鹿内禹平の謎」の調査の過程で、鹿内家以外にも青森県から北海道に渡った先人たちの歴史に触れる機会が何件も持てたことが収穫だった。

　明治維新以降、旧藩境を越えた人々の移住が自由になり、新天地を求め北海道に渡った青森県人は少なくない。
　前回の記事でも触れた木村秀政は南部藩(盛岡藩)の五戸代官の家系であるが、木村秀政が1972(昭和47)年に日本経済新聞社から出版した「わがヒコーキ人生」によれば父の木村秀実が北海タイムスの記者だったことから札幌市で生誕したという(当ブログ関連記事：北海タイムス系だったSTVの青森県での足跡を追う回)。

　鹿内信隆の鹿内家や木村秀政の木村家のようにその後北海道から転出した例もあれば、今も北海道に根付いている人々も数多い。
　青森を離れ数世代に渡って北海道で暮らす人々の多くは、今日では道内に墓地を建立していることが多いのだろうと推測されるが、青森からの移住第一世代のお墓事情は様々だったらしい。
　鹿内信隆の祖父で樺戸集治監の看守だった鹿内禹平の調査の過程で偶然知ったが、釧路集治監で書記を務めた弘前出身の兼平友太郎という人物は死後、標茶に墓が建立され、今も釧路や標茶の人々から墓が大事に管理されているというから、赤の他人なのにありがたいという思いである。

　兼平友太郎のほかにも生涯を閉じた北海道で墓に入った者も多数いることだが、第一世代では郷里の青森の先祖代々の墓に戻った者も少なくない。
　今回の記事で取り上げる先人は、後者である。

　前置きが長くなったが、本記事を書くきっかけとなったのがX(旧Twitter)に投稿された西秀記青森市長のポストである。


　西青森市長は“宮下知事いわく”という文言付きで「青高出身初の知事だそうです。」と宮下宗一郎青森県知事を紹介している。
　青高とは青森県立青森高等学校のことであり、前身は旧制青森県立青森中学校と旧制青森県立青森高等女学校である。西青森市長も宮下青森県知事も青高の卒業生である。

　大日本帝国憲法下のいわゆる官選知事時代(権参事、県権令、県令など含む)の青森県知事には、青森県出身者が一人もいない。
　戦後の公選選挙で津島文治が初めて青森県出身者の青森県知事に就いていて、これまで歴代7人の公選知事の学歴をまとめてみよう。

歴代公選青森県知事の出身校
氏名高等学校
(旧制中学等)		最高学歴
津島文治青森県立農学校
(現：青森県立五所川原農林高等学校)		早稲田大学政治経済学部
山崎岩男青森県立八戸中学校中退
(現：青森県立八戸高等学校)		中央大学
竹内俊吉三田英学校中退
(現：錦城学園高等学校)
北村正哉青森県立野辺地中学校
(現：青森県立野辺地高等学校)		盛岡高等農林学校
木村守男東京都立市ヶ谷高等学校日本大学法学部
三村申吾青森県立八戸高等学校東京大学文学部
宮下宗一郎青森県立青森高等学校東北大学法学部

　意外なことに弘前高校の系統(旧制弘前中学)も青森県知事未輩出で、これは青高系統の結果にも同じことがいえるのだろうが、背景にありそうなのは戦前生まれの津軽出身知事の東京志向の傾向である。
　金木出身の初代公選知事・津島文治こそ五所川原の県立農学校卒だが、竹内俊吉は三田英学校中退、そして木村守男も宮原政人が1982(昭和57)年に発行した「明日をになう燃える政治家25人の顔と理念」によれば浪岡高校からの編入学で都立市ヶ谷高卒だという。
　都立市ヶ谷高は聞きなじみが無いが、東京都教育委員会の昭和34年度版都立学校要覧によれば1950(昭和25)年4月から1958(昭和33)年3月まで8年間存在し、同年4月に都立市ヶ谷商業高(現在の都立大田桜台高)に改称したのだという。

　なるほど。青森高校や前身の青森中学、青森高女の出身者で戦後公選青森県知事は一人もいないようだ。





　が。




　北海道知事は、いる。

道庁赤レンガ
【道庁赤れんが庁舎】

　北海道の公選初代知事は田中敏文である。
　田中敏文は1911(明治44)年生まれだから、鹿内信隆だけではなく当ブログでおなじみの電電公社総裁・米澤滋とも同年の生まれになる。
　旧制青森中学25期で、同期には後に八戸市長になる中村拓道もいたという。旧制青中から旧制弘高、京都帝国大学、九州帝国大学大学院を経て北海道庁に入庁。1947(昭和22)年の北海道初の公選知事選に当選し、3期12年を務めた。
　青森中学時代の田中の足跡は、田中敏文伝刊行委員会が1984(昭和59)年に発行した「田中敏文を偲ぶ」が詳しい。同級生の述懐によれば田中の成績は常に一番か二番だったといい、旧制弘高から京大、九大院に進んだというのも納得である。勉学の傍らスポーツはボート部に所属し、“ごろすけぽんぽん”という同人誌を発行していたという。“ごろすけぽんぽん”は青中の教師の悪口も書いてあったとされ、同級生によれば面白かったと評されている。
　
　田中は道知事勇退後に東京に移住したが、それでも郷里は青森だとし、北海道は「忘れられない第二の故郷」だったという。1982(昭和57)年に東京で亡くなると芝・増上寺で葬儀が行われ、翌1983(昭和58)年1月には札幌の道庁赤れんが庁舎で堂垣内尚弘道知事によって追悼の会も行われたが、墓所は先祖代々の弘前の墓に入ったという。

　確かに「青高」出身初という意味では、新制の青森高校を卒業した宮下宗一郎青森県知事が初になる。
　しかし前身の青森中学出身も含めれば、田中敏文北海道知事が存在したわけである。
　
瀬棚
【せたな町の日本海の沿岸風景(2008年撮影)】

　田中敏文は北海道に渡ったが故郷の青森の墓に戻った人である。

　田中道政3期目の頃、青森県知事として任期が重なった時期がある山崎岩男も、父親が漁場を持っていた関係で北海道の大成(現せたな町)の広福寺で板柳出身の高橋門舟という僧侶の下で修行していた経歴がある。
　山崎は父の郷里の八戸に戻って八戸中学に通ったが、青森県教育庁が1960(昭和35)年に発行した「教育こうほう9・10月号」に山崎が寄稿した述懐によれば、教育勅語と戌申詔書を取り違えるような有様だった校長の排斥運動で退学者が出たことに抗議のストライキを行った結果、首謀者だと目されて山崎まで退学になってしまったのだという。

　教師の悪口を書いた同人誌“ごろすけぽんぽん”が容認された田中敏文と、級友の退学処分に抗議のストライキをしたら容赦なく退学させられた山崎岩男の境遇の違いは、旧制青森中学と旧制八戸中学の校風の違いなのか、たまたまその時の校長の裁量の匙加減だったのか。

　お家それぞれ、お墓それぞれ、学校それぞれ──結局は人それぞれだという話に帰結するのだろうが、戦前に青森から北海道に渡った先人たちのドラマは面白い。

◆引用文献・参考文献・ウェブサイト

・青森県教育庁(1960)「教育こうほう　昭和35年9、10月号」
・木村秀政(1972)「わがヒコーキ人生」日本経済新聞社
・釧路集治監を語る会編(1989)「【釧路集治監の記録シリーズ】(1)墓碑"兼平友太郎"」
・田中敏文伝刊行委員会(1984)「田中敏文を偲ぶ」
・東京都教育委員会(1959)「昭和34年度版都立学校要覧」
・宮原政人(1982)「明日をになう燃える政治家25人の顔と理念」

　

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