釜臥山で静内中継局の受信実験を実施してから、釜臥山の麓のむつ市大湊の宇田町に移動した。
 自衛隊専用道路を通行できれば釜臥山展望台から宇田町まで8kmで済むところだが、一般人がレジャー目的で通れる道路でもないため、青森県道174号長坂大湊線などを経由し22km。

 50chのNHK総合・室蘭(JOIQ)の甲子園中継(高川学園×日大三高)をお供に進むと、かまふせパノラマラインでは時折途切れながらもIQ静内局が復調し、青森県道4号むつ恐山公園大畑線に入ると受信不可の状態になり、県道174号に折れてしばらく進むと50chで岩手めんこいテレビ(MIT)二戸局に切りかわった。

むつ釜臥山→宇田町
【むつ市 釜臥山と宇田町の位置図】

 次の受信実験の場所は別にどこでも良かったが、交通量が多い幹線道路沿いに駐停車して交通の迷惑をかけるとか、住宅地でアンテナを振り回す不審者になるのは避けたかったので、飛び地開通となっていて交通量僅少であるむつ市宇田町の国道338号大湊バイパスを実験地とした。

 むつ市では、むつグランドホテル、むつパークホテル、ホテルユニサイトむつ、ホテルニューグリーン、プラザホテルむつなどで今でもMITが映ることを確認している。
 ホテルのような高いビルの上にアンテナを置いていたりすれば良いようだが、田名部の飲み屋で聞いた話では、低い土地の住宅地では地デジ化以降はMITが映らなくなっていることも多いらしく、実際にむつ市中心部の田名部や下北駅前などをクルマで走行してもMITはワンセグでも映ったことがない。

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【水源地大橋から望む芦崎湾 二戸局方向は右側】

 宇田町受信点は国道338号大湊バイパスの水源地大橋の東詰で、標高は36m。受信装備は引き続き、アンテナはマスプロ電工・LS56、ブースターはサイトウコムウェア・AMP-UK、ケーブルはマスプロ電工・S5CFB20Mを3m、受信機はSHARP・AQUOS(受信電力値が7デシ下方ずれ)である。

 水源地大橋から二戸局方向に杉の林があったが、杉の木立をものともせずアンテナに飛び込んできて復調する二戸局には閉口した。

むつ市宇田町 二戸6波受信データ(2025/8/16)
FEM表示画面表示値
IBCむつアイビーシー岩手放送(IBC)
二戸局UHF15ch
AntLV=51
POWER=-60dBm
C/N=19dB
BER 4.30E-5
TVIむつテレビ岩手(TVI)
二戸局UHF17ch
AntLV=45
POWER=-58dBm
C/N=16dB
BER 2.86E-4
IATむつ岩手朝日テレビ(IAT)
二戸局UHF19ch
AntLV=55
POWER=-58dBm
C/N=21dB
BER 0.00E-0
QCむつNHK Eテレ盛岡(JOQC)
二戸局UHF21ch
AntLV=36
POWER=-51dBm
C/N=13dB
BER 3.94E-2
QGむつNHK総合・盛岡(JOQG)
二戸局UHF23ch
AntLV=55
POWER=-51dBm
C/N=21dB
BER 0.00E-0
MITむつ岩手めんこいテレビ(MIT)
二戸局UHF50ch
AntLV=52
POWER=-62dBm
C/N=19dB
BER 8.00E-6

 QC以外がフルセグ復調した。

 民放4局の受信電力の平均値が-59.5dBmだが、NHKは-51dBmで8.5dBくらい強い値になっている。NHKの2波のみ青森の上北中継局と同一周波数になっていて、上北の電波も一緒に受信(混信)しているからだろうか。民放より電波が強いのにEテレ(QC)だけワンセグに甘んじているのも、上北局の混信ということなのかもしれない。

 とりあえず水源地大橋(むつ市宇田町)で、めんこいテレビ二戸局の受信電界強度は41.5dBμV/m前後あるのだろう。
  
 ブースターを咬ませれば容易に復調できるレベルということになる。

二戸−むつ水源地大橋
【二戸局−むつ市・水源地大橋 地形断面図】

 水源地大橋は二戸局のUHFの電波の見通し内にある。

 岩手の電波が100km離れた下北半島までおもらし状態になっていることに疑問がないこともないが、折爪岳−むつ間の自然地形があまりにもお利口さんすぎるきらいがある。
 青森県に入ってから、標高300mを越える丘陵の一つもない。唯一引っかかりそうだったのが東北町と野辺地町の境の丘陵地帯だが、ここも90m程度しかなくMITの電波はやすやすと越えてむつまで飛んでくる地形になっている。

 もっとも、この東北・野辺地間の丘陵地帯は野辺地町中心部にとっては近すぎるがために曲者であり、同町でめんこいテレビが映らない原因にはなる。この丘陵地帯が200m級であれば、むつ市もめんこいテレビが映らなかったことだろう。

 東北・野辺地間の丘陵地帯に、日本電信電話公社(電電公社)はマイクロウェーブ伝送回線・東仙札幹線の建設時に甲地無線中継所を置局していて、標高自体は大したことはないが電波伝搬上の重要な地形である。

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【水源地大橋近傍から望む釜臥山のガメラレーダー】

 先ほどまで静内中継局を受信していた釜臥山を拝んでいてふと疑問になったのは、なぜ日本電信電話公社(電電公社)はマイクロウェーブ伝送回線・東仙札幹線の建設時に、釜臥を使わず近川無線中継局を新設し移転したのか、である。
 200MHz帯のVHF電話回線用だが、釜臥無線中継所には1952(昭和27)年8月に完成したばかりの無線鉄塔もあったのである(那須電機鉄工株式会社社史編纂委員会(1973)「那須電機鉄工株式会社四十五年史」)。

 日本電信電話株式会社研究開発技術本部技術情報センタが1954(昭和29)年に発行した「通研月報1954年3月号」によると、マイクロ東仙札幹線の検討時、「東札ルートを全般的にみて東京から折爪(ここまで10〜11中継)まではそう問題は無さそうで、各種の議論も折爪以北についてなされた」といい、折爪から北海道にどの経路で渡るのかは電電公社も頭を悩ませたようだ。
 その難点として「積雪による保守の困難さと思わぬ伝搬上のトラブル」を挙げていて、既存のVHF回線の釜臥無線中継所は候補の名前にも挙がっていない(米澤滋ゆかりのVHF石崎無線中継所は「宇田」として津軽海峡経由ルートとして候補に挙がっていた)。

 「通研月報1954年3月号」では「近川−汐首間が66.5kmという長距離のわりにクリヤランス不足と反射波除去の地形が100m位の反射波通路に対してすれすれの陵線であるため、従来のフェーディング許容範囲13dbを3db位わるとみられている」と、近川無線中継所と汐首無線中継所も理想的な置局ではなかったことを指摘していて、ならば釜臥無線中継所から見通し(クリヤランス)が取れる北海道のどこかに無線中継所を新設しても良いのではないかと思うが、やはり「積雪による保守の困難さ」が敬遠されたのだろう。

釜臥無線中継所(電気通信年鑑 施設篇 昭和24年度)
【釜臥無線中継所(電気通信年鑑 施設篇より転載引用)】

 電気通信省施設局(1949)「電気通信年鑑 施設篇 昭和24年度」に釜臥無線中継所の写真と真冬の厳しさについての記述がある。同書によると、「局舎は軒端にとゞく雪に埋れ、爲めに局舎内は眞暗く電燈はつけ放しである。一番困るのは電池を充電する際であり、電池室はガスの抜道がなく窓の附近の雪を掘取つて窓を開き換氣するのだが、吹雪が吹込んでくる。ガスは室内に沈むのであるが床部の換氣窓は全然役に立たないのである。吹雪ともなれば想像以上で局舎の屋根が一六坪程吹き取られた例もある位である。文字通り雪に埋れた山上で(寫眞一、二参照)保守員は筆舌に盡せない労苦と闘つている」といい、逓信省や電気通信省が保守に大変な労苦を要した既存の釜臥無線中継所を使おうなどという案は電電公社になかったのだ。

 それこそ米澤滋が「私の履歴書」(1977年、日本経済新聞社刊)で語っていたように、電電公社は無線派と有線派が激しい派閥抗争をしていた時代があり、折しもマイクロ東仙札幹線の検討時の総裁は有線派の梶井剛であった。無線派が雪山の釜臥を利用して保守が困難な状況に陥ろうものなら、有線派にとっては格好の批判の標的である。

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【むつ市大湊は二戸局に高利得アンテナを向ける家が複数みられる】

 かくして、近川−汐首は妥協案ではあるが北海道側が汐首無線中継所と決まり、折爪以北は淋代と近川を無線中継所候補地として伝搬試験が行われた。

 1954(昭和29)年1月17日から約20日間の冬季電波伝播試験では電波反射試験を行い、雪面反射の影響調査も「大体普通の状態のときと同じにみなしても大差ないことがわかった」ほか、1954(昭和29)年7月23日〜8月24日にかけて行われた夏季電波伝播試験ではフェージング最繁期の電界変動幅などの試験が実施され、海上におけるKの時間分布などの結果が得られ、成功のうちに一応終了したという(日本電信電話株式会社研究開発技術本部技術情報センタ(1954)「通研月報1954年7月号」)。

 試験地の淋代は聞きなれない名前だが、東北電気通信局(1964)「東北電信電話史資料 昭和後期時代における東北地方の無線のすがた(その一)」によれば「青森県上北郡甲地村」に位置したといい、三沢市の淋代ではなく現東北町淋代から取った名称だろう。言うまでもなく甲地無線中継所の前身である。

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【宇田町で途切れている国道338号大湊バイパス】

 電電公社は折爪から近川まで直接マイクロ回線を通すことをせず甲地無線中継所を設け、後には八戸統制無線中継所、倉石無線中継所など経由地を増やして繋いだが、地デジのMIT二戸局は今日も元気にむつ市まで飛んでくる。

 大湊は北海道の地デジ函館局が受信できる海峡側のように民放5系列受信は叶わないが、MIT二戸局が受信できればとりあえずチャンネルは1つ増える。

 折爪とむつ市を結んだ電電公社のVHF電話回線もNTTのマイクロ東仙札幹線も無くなったが、むつ市では今日も多くの市民が地デジ遠距離受信という形で折爪の電波を受信し続けているのである。

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